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接近戦

 王商ギールってたしか、帝国の商売を牛耳っていて、最近ガイア王が喧嘩売ったんだよな。そんな人物が帝国領の宿屋に来てまで何をやってるんだろう。


 俺はロトンから離れて、帝国とは敵対しているギールに背を向けた。

 インドルも信用しているようだし、背中を見せても後ろから襲われることはないだろう。


「まさかスパイがインドル、あなただったとは……マーリーを手引したのもあなたなんですね……」


 ロトンの錆びついて乾いた声が静かな室内に響く。


「……」

「まあ、早合点しても良くないですね。もしかすると、もっとスパイはいるのかもしれませんし……インドルを拷問して吐かせることにしましょう……クックックッ」


 何度聞いても慣れない気色悪い笑い声が耳に残る。


 ロトンは室内に入ると、ゆらりと体をまっすぐ伸ばした。思っていた以上に背が高く、やはり手は異様に長い。

 ギールの手下二人は、ロトンの側面を挟むように立ち回った。


「さすが王商ギール……ただのボディガードとはいえ、かなりの手練ですね。お二人からの殺気をジンジン感じます」

「暗殺者ロトン、お前のような非道な男を騎士団が利用するとはな。正式に加入させずとも、手足のように使う帝王は、やはり地に堕ちたようだ」

「非道とは失礼な。私は常に最良の手を選んでいるだけですよ」


 ロトンは肩を少しだけ落とすと、両腕をクロスする。目をギラつかせた次の瞬間、鳥が羽ばたくように勢いよく両腕を広げた。

 両側で構えていた男二人に何かが投げられる。一人はかわしたが、もう一人はそれを額に当たるすんでで受け止めた。

 しかし、額から血が流れ落ちる。握っていたのはナイフだ。


「うぐぐっ」


 血を流した一人は膝をついて床に倒れた。そして、かわしたもう一人がロトンに斬りかかる。

 刃が激しくぶつかる音がした。

 ロトンはくるりと手首を返して短刀を持ち変えながら、一歩踏み込むと、ギールの手下も身を翻して横に逃げスウェイする。

 サイドポーチからダガーより細身な、カミソリのようなものを指の間に三本挟むと、ギールに向かって投げた。

 ギールはじっと見ているだけで微動だにしない。


 パキンッ!

 

 倒れていた手下が額から血を流しながら、空中のカミソリを叩き落とした。


「……まだ生きていたのですか……危ない危ない」


 ロトンは油断していたことが嘘か本当か分からない道化のような笑みを見せる。投げ終わった手に、ブーツの側面に装着していたダガーを握る。


 俺はロトンが凶悪な人物であることが戦い方を見ていてなんとなく分かった。

 もちろん俺は高校生だし、戦闘経験が豊富なわけじゃない。でも、ロトンの一撃一撃になんの迷いもないことだけは分かる。


 相手が同じ人間だと思っているフシがないのだ。

 無慈悲で、獰猛。


 目的のためならなんでもするし、自分がやられることなんて想定していない。それがロトンの戦法なのかわからないが、まだまだ余裕があるように思えた。


 隙と見た手下は、武器を手に取ろうとするロトンに二人がかりで襲いかかる。

 かがむような態勢になったロトンは、マントを掴んで小さくなった。


 なにか来る──そう思っても、飛びかかった二人は地面を蹴り上げて回避はできない。そんな一瞬に、激しい閃光がロトンを中心に拡がる。


「……ぐっ!!」


 二人の手下は反射的に目を瞑るしかなかった。


 それと同時に、鼻をつく煙が室内に蔓延した。


「目くらましか! みな、煙を吸うな!」


 煙を吸うなと言われても……。俺は袖で口を押さえた。

 しかし手下やギールは、煙が来る前に大きく息を吸って、息を止めた。俺とは違って対応力が違う。次来るロトンの一手に備えているわけだ。


 閃光の後は白煙が充満し、視界が悪くなる。一歩先も見えないような中、ロトンの声が聞こえた。


「ギールにインドル……また会いましょう」


 それだけ言って、ロトンは窓から出ようとする気配があった。


 マズイ。このまま逃げられると兵隊を連れてきて、インドルが捕まる可能性がある。幸い俺には見向きもしなかったが、マーリーを発見されたらとんでもないことになるだろう。

 しかし……ロトンの逃亡を防ぐにしても、俺の魔法だと部屋にいる全員を巻き込む可能性があった。俺が使えるのは、不完全で桁外れな魔法ばかりだ。

 

 ロトンのうっすらした影が窓から消えると、ギールの手下もそれを追う。


「……すぐに宿を発つぞ。検問所が閉鎖される前に帝国を出る」


 ギールはフードとスカーフを巻く。手下の残った一人は、部屋にもどり準備を始めた。

 インドルはギールの言葉に頷くと、俺のもとに駆け寄ってきた。


「これ、あんたにやるよ。もうアタシには必要のないものだから」


 手渡されたのは2つのカギだった。


「これは?」

「鍛冶場のカギだよ。あそこには火の精霊様が住まわれているから、あんただったら御信託が聞けるかもしれない。何かに困っていたんだろ?」

「え、ええ……でもいいんですか?」

「ああ……名残惜しいが、もうあの鍛冶場に戻ることはないだろう。もう一つのカギは裏口の門のカギだ。門番からどうにか買い取ったときは、たんまり賄賂をやったもんだが……それも使うことはないしな」

「共和国に行くんですね」

「共和国にも火の精霊様はいらっしゃるからな」


 部屋から戻ってきたギールは、インドルに視線を落とす。

 話している暇はない、といった様子だ。


「分かりました。ありがとうございます」


 俺がそう言うと、インドルは俺の肩をばんばん叩いた。


「達者でな」


 インドルとギールは静かに宿を出ると、手下が用意した幌馬車に乗り込み、夜闇へ消えていった。

 


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