珍客
今日のチェックインが始まってすぐ、一台の幌馬車が宿前に停まった。
「お、珍しい。商人かな」
木製のカウンターからトロは身を乗り出して、御者台から降りてくる者に笑顔を向ける。
ここ最近、町の出入りが少なくなり宿の収入が減ってきている。特に連泊することが多い商人は大事な顧客だったのに、冒険者や吟遊詩人のほうが多い。
彼らは帝国主義におかれているこの町が珍しく、戦争というリスキーな状況下を楽しんでいるようで、一泊の一見さんなのだ。
「ようこそ、四つ角の宿へ。お客様は何名様ですか?」
フード付きのマントに口元までスカーフを巻いた性別不明の者が、指を三つ立てる。
「何泊でしょうか」
手を開いて五連泊を示す。
俺はそれを見届けて、幌馬車から客が降りたのを確認すると、厩舎場に馬と荷台を移動させた。
三人とも同じ格好の商人だった。
いままでの商人とは明らかに違う。巡商はたいていがおしゃべりで、帳簿係のトロには町の景気や客の入りなんかを聞くものだ。
彼らにとってそれは貴重な情報にもなるはずだが……。
昼時のピーク。食堂のほうはいつもどおり満席だ。
看板娘のマーリーのおかげ、というとマロンに殺されるが、まあもともと地元の人たちが昼飯を食べに来ていたので、来訪者の影響は受けにくいのだ。
「タクト。マロン様が卵を三十個だそうです!」
「おっ! 了解!」
マーリーに言われて、俺は籠をもつ。
すっかりマーリーも宿屋の仕事に慣れた。マロンの指導ありの笑顔ではあるが、不自然さがなくなった。たぶん本当に心から笑っているんだろうな。
しかし、俺よりも生活魔法が上手いし、マロンより可愛……人気だし。明らかに俺より適性が高いよな……。マジで早く生活魔法を使えるようにならないと、俺リストラされるかもしれん。16でリストラとか笑えん……。
そんなことを考えながらバザールの広場につくと、俺は時間帯を間違えたのかと思った。
普通は、ところ狭しと色とりどりの露天がひしめき合っているはずなのに、通路側に数えるほどしか見当たらない。
「おや、タクトくんじゃない。卵だろ?」
「あ……おばちゃん。これ、どうしたの?」
「聞いてないのかい? ……王様の命令でね、関税が倍になったから共和国側の仕入れがストップしてんのさ」
「ええっ……。それでこんな閑散としているの?」
おばちゃんは城に向けて眉をしかめる。
「ほんとに何を考えているんだか……。商人たちの金銀も輸入禁止とかいって、取り上げているらしいわよ。そんなんじゃ、もう二度と商人たちは来ないんじゃないかしら……」
「これが続いたら、本当にこの町で商売することはできなくなるかも……」
「まあ、でもね、ここだけの話。大商人と言われた王商ギールがいるからね……」
「王商ギール?」
俺が持ってきた籠を受け取ったおばちゃんは、卵をつめながら、声のトーンを少し落とす。
「あんた、敵国同士が今まで何事なく商売できていたのは王商ギールのおかげさ」
まあたしかに、帝国が共和国を攻めている中、バザールに並んでいる品のほとんどは、帝国外からの輸入品だ。国は敵対しているはずなのに、行商人は無関係に交易を続けていた。それが王商ギールのおかげということか。
「王様がとんでもない関税をかけたのは、王商ギールへの宣戦布告みたいなものよ。ガイア王に尻尾を振るのか、盾突くのか……まあ私らにはどうしようもないんだけどねぇ……はい。おまけのリンゴ」
「え、品薄なんですよね……大丈夫ですよ」
「いいのよ。リンゴは帝国産でいっぱいあるからね。酸っぱいんだけど……」
俺はおまけのリンゴをポケットにしまって、食堂に戻った。