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敗北

 ──ガイア帝国、王宮。


 帝王が眠る住まいは、城とは別の広大な庭園にある。

 その庭園は、外界とを隔てるために高い鉄柵で囲まれ、その柵の支柱一つひとつに緻密な装飾が施されていた。


 敷地内に入った者は死罪。華美な鉄柵は、そう忠告するためでもあった。


 庭園の中央には天を突くかの如く作られた宮殿があり、絶えず水が噴き出る噴水がそれを囲んでいる。

 大理石の柱と石畳で作られ、魔法使いの使用人たちが毎日磨き上げる宮殿は、太陽の光を浴びると輝き、来訪者の目をくらませた。宮殿は太陽王になぞられたガイア王の象徴でもあったのだ。


「俺がお前たちを集めた理由は、分かっているな?」


 その宮殿の一室。

 煌びやかな刀剣がたくさん壁に飾られ、大小のさまざまなナイフがガラス張りの台に収められている。その輝く装飾だらけの部屋には似つかわしくない、重苦しい空気が、跪く騎士団たちを押し潰していた。


 集合させられた騎士団員は二十名。そこには、リアクの顔もあった。

 ダンケルクは、自分の背丈ほどの大剣を肩にのせて、一段高い上座から彼らを睨む。


「先の戦は大負けだ。初めての撤退。ガイア帝国創立以来の汚点」


 苛立ちながら大剣で肩を叩き、右に左に壇上を行き来した。


「最初に撤退したのは、第五分隊……だったな?」


 戦における騎士団員の役割は、いくつかの分隊を指揮することだった。


 第五分隊を指揮していた若い騎士団員は顔を上げる。

 その顔は頑強な四角い骨格で構成され、屈強な戦士であることを物語っていた。しかし磨き抜かれた大理石の床に映る彼の顔は、どこか歪んで見えていた。


「ハッ、私です」

「ああ、じゃあお前に命令する」


 ダンケルクは何かを探すと、ナイフの陳列台からダガーを手にした。ダガーの刃は波打っていて、刺されたときの痛みと傷口を大きくするための工夫が施されている。


「これで、明日の演習前にみんなの前で自害しろ」

「……」


 若い騎士団員の前に投げられたダガーが、耳を(つんざ)く鋭い音を立てる。

 他の団員が固唾をのんで見守る中、若い騎士団員は意を決して帯刀した剣の柄に手を回した。


「ふざけるなっ! 死ねっ!」


 大きく踏み込んで抜刀した剣をダンケルクに向ける。


 帝国の大敗で誰かが責任を取らなければならない。そして最初に白羽の矢が立つのが自分であることを、この団員は予期していた。

 ひと振りに迷いはない。

 刃が、横を向いているダンケルクの首元に近づく。


 いつか反逆の騎士が現れる、リアクはそう踏んでいた。それゆえ、きな臭さを感じた時、ダンケルクの動きに全神経を集中させていた。

 そして、半身で構えたダンケルクをみて確信する。


(完全にダンケルクの不意をついた。届くぞ、反逆の剣先)


 一歩遅れて、騎士団員の誰もがそう思った。

 

 しかし──まぼたきの一瞬にも満たない刹那。

 握っていたはずの剣は若い騎士団員の視界から消えて、大剣を振り終えたダンケルクの赤いふたつの瞳が、団員を捉えていた。


 若い騎士団員の背中で、吹き飛んだ刀身の落ちる音がした。


 リアクはダンケルクの技を目に焼き付けた。


(速すぎる! ……もはや、人間業ではない。おそらくは何かしらの魔法か……)


「無駄なあがきはやめろ。やっぱ自害は無理か。ギロチンにすっか、その代わり妻子ともギロチンにかける。……どうする? 自害か家族そろってギロチンか」

「……うぐぐっ!」


 握りしめた拳で床を叩くと、男は悔しそうに歯ぎしりをした。


「自害する! その代わり、妻子は助けてくれ!」

「分かった、じゃあ……ギロチンな」

「なっ……!」

「斬りかかってきた奴の言うことなんか聞くわけねーだろ」

「貴様……どこまで腐っているんだ!」


 若い騎士団員は拘束され、部屋から連れ出された。


 再び、沈黙が残った者を支配した。


「他にも問題がある。マーリーがいなくなったことで、有能な戦士の確保が難しくなった」


 じろりとダンケルクはロトンに視線を送る。

 『暗殺者』として特別扱いだったロトンも、壁際で騎士団員のように跪いた。


「緊急事態ということで、兵士を大量に雇うことにした。まずは商人どもがたんまり稼いでいるだろうから、関税を倍にして、金や宝石類は押収する。そのあとは町の奴らから金品類を徴発だな。まあ、それはどうでもいいが……」


 ダンケルクはもう一本、飾られた短剣を手にする。


「ロトン!」


 振りかぶるとロトンに向かって投げた。

 ナイフの扱いに慣れているロトンは、刃を握って受け止める。


「マーリーの後を追っていたのは、お前の手下と聞いているんだが。その手下どもはどこにいるんだ?」

「たしかに……私の部下が消えたのは事実です。しかし、マーリーと関連があったことは初耳です……」


 いつもは謎の笑みを口元に浮かべるロトンが、笑顔を消して真一文字に口を結んでいた。


「俺はこの情報を聞いたとき、思ったんだが、仮にお前が共和国のスパイだったら、どれだけ探してもスパイは見つからないよな?」


 ダンケルクは肩を怒らせて大声を上げた。


「さっさとスパイを見つけろ!! お前もギロチン送りにするぞ!!」


 広間全体に広がったダンケルクの怒号は、ランプを揺らし、宮殿の回廊奥深くまで響いた。



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