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マーリー

 マーリーを空室に運び、ベッドに寝かせた。

 ローブは薄く、濡れて肌に張り付き、背中の傷と足の泥を除けば、シーツの白と見間違えるほどの白い肌が透けて見える。


 運ぶ時、否が応でも触れるマーリーの肌。そして初めて気付かされる。


 華奢な体のわりに、胸がおっきいな!

 背負って空室まで移動するさなか、背中に残る弾力ある感触。ベッドに横にしてみて、それが何だったかを改めて知った。


 しかしこんな状況でもエッチな発想をしてしまうというのは、哀しいかな……男の(さが)というものだ。


「危ない危ない……何を考えてんだ俺! トロとマロンを呼んでこないと」


 呼びに行こうとした矢先に、トロとマロンが俺を探しにやってきた。


「タクトくん、いったい何が……あ、ああーっ!」


 トロはベッドの上のマーリーを見つけると目を丸くして驚いた。


「この子、どうしたの!? 怪我をしてるじゃない!」


 マロンがマーリーの背中にある刺し傷にすぐに気付く。


「たぶん、城から逃げて来たんだと思う。その子はマーリーっていう名前で、俺をこの世界に転移させた人なんだ」

「この子が噂の『召喚師』なのか……」


 驚いているトロを尻目に、マロンは急いで厨房から清潔な布とお湯を持って来た。


 ちなみに、この世界に治癒の魔法はない。そうウォーザリの本に書いてあった。


「とりあえず服を脱がせて、傷を消毒しないと」


 そして、じっとマロンは俺とトロを睨む。


「ほらほら、男はさっさと部屋から出て行って! まったくもう、言わなくても分かってるでしょ」


 トロと一緒に食堂で待っていると、処置を終えたマロンが降りて来た。


「怪我よりも熱のほうが問題ね」

「安静にしておくしかないな。しばらくは寝かしておこう」


 トロはいったんマーリーを宿に置いておくつもりだ。


 マロンは腕を組んで渋い顔をする。


「無料で泊めておくの? 食事も?」

「え、え? まあそうだな……」


 トロの甘さに、裏の経営者のマロンが目覚めた。


「あの子、マーリーさんだっけ? 何も持ってなかったみたいですけど。お金払わないとなると、二重でマイナスになるのよ。本当は客が入る部屋だし、料理はタダで食べさせないといけないし」


 と、そのとき客間に続く廊下の床が軋む。

 ふらりと現れたのは、紺色の寝巻きに着替えたマーリーだ。


「助けてくれてありがとうございます」


 マーリーは恭しく頭を下げる。

 マロンはギョッとして口を手で覆ったが、マーリーにはしっかりと聞こえていたようだ。


「どうか、少しの間だけここに居させてください。検問所の警戒が解かれたら、すぐに出ていきます。ここにいる間は働きますので、どうかお願いします」


 もう一度、深々と頭を下げた。みんな口を閉ざして食堂が静かになる。

 変な間を埋めるように、トロが口を開いた。


「とにかく、まずは体を回復させないと。働くかどうかは、後の話だ。早く部屋に戻って寝なさい」


 むん、と胸を張って、トロは威厳を漂わせる。たぶん店長を演じているのだろう。

 しかし、だいぶん後退した頭の生え際を何度も掻いて、舐められないように大きく見せようとしているのはバレバレだ。


 すると、突然グーっとマーリーのお腹が鳴った。


「……お腹が空いているのかね?」


 トロの問いに、またグーっと鳴って答える。食堂には、俺たちが食べていた料理が並んでいた。


「いえ……お腹は空いてません。部屋に戻りたいと思います」


 グーグーお腹を鳴らせながら、回れ右する。


 絶対お腹すいてるやん!


 と、思ったが、まだ出会ったばかりの女性にそこまでツッコめない。


「マーリーさん! マーリーさん! ご飯は余ってるから食べていいよ! いや、食べて行かない?! 余っちゃったから、食べて行かない?!」


 部屋に戻ろうとするマーリーをトロが追いかけた。そしてなんとか連れ帰って来た。


「いいんでしょうか? 働いてもいないですし、お金もないのですが、食事を頂いてもいいのでしょうか?」

「大丈夫、大丈夫! なんか悪いね、余り物で、ハハハ!」


 先ほどまでの店長の威厳は、数分で剥げ落ちた。


「温かいシチューを持ってくるからね! お腹いっぱい食べていいんだよ」


 マーリーは俺たちが座っていたテーブルにつく。トロと対照的に、マーリーに感情の変化はない。

 ずっと目を伏せたままで、無気力な表情だ。


「ひとつ聞いてもいいかな?」


 俺はどうしてもマーリーに聞きたいことがあった。


「はい」

「この世界に俺を召喚したのはキミなんだよね。だったら、逆に元の世界に戻すことは出来るの?」

「それは……」


 マーリーは言い淀むと、声を震わせた。


「ごめんなさい。もとに戻すことはできないんです……!」


 うつむいているマーリーの手の甲に、涙がいくつも落ちる。


「い、いや、ダメもとで聞いただけだから……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……私は、自分が助かるために沢山の人を犠牲に……」


 泣いているマーリーの前に、トロがシチューをついで持って来た。


「さあ、まずは食べて元気にならないと!」


 ニッコリと笑うトロの顔を見たマーリーは泣くのをやめた。

 湯気を上げるシチューの美味しい香りに誘われて椀ごと口に運ぶ。

 そして、夢中で熱いシチューを飲み干す。


「おいしい……!」


 大きな瞳をいっそう輝かせて、マーリーはシチューを初めて食べたかのように驚いた。



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