騎士団
騎士団からの急な受注で、インドルとはあまり話ができなかった。
「精霊に訊いておくけど、答えが必ず返ってくるとは限らないからね」
そう言い残して行ってしまった。
期待していたので少し残念……。精霊だったら何か分かると思っていたのに。
正門から町に出ると、マロンが走って来た。
「タクトくん! よかった……無事だったんだね……!」
「マロンさん! あれ、宿は?」
「それどころじゃないでしょ! とにかく怪我もないみたいだね……」
マロンは俺の腕にしがみつくと、ほっと胸をなでおろした。
本当に心配してくれていたみたいだ。
「どうしてタクトくんを連れて行ったのかしら……うちの宿への嫌がらせ……? でも、城に連行するなんて初めてだわ」
スカウトされて現隊長ぶっ飛ばして、騎士団の申し出を断ってきた、なんて言ったら宿を追い出されるかな……。
リアクは嫌なやつだったけど、俺を相手にしてても得られるものはないだろうし、口約束だけど宿には手は出さないって言ってたからな。
「い、いやー。なんか、人違いだったみたいですよ」
「ええっ、そうなの? もう、人騒がせな奴らね!」
「それより、トロ店長は怪我していないですか?」
「平気平気! やられ上手だから。いま、裏門のほうでタクトくんが出てこないか待っているはずよ」
そうして三人で宿に戻ると、今日使用される予定だった仕入れの箱が山積みになっていた。この世界に冷蔵庫なんていう文明の利器はない。消費しないと食材はダメになる。
働こうとする俺にトロもマロンも休むよう気遣ったが、夕方の酒場だけ開店してもらうよう頼んだ。でないと、俺が罪悪感で押し潰されそうだ。
俺を大切にしてくれるトロとマロンに出会えて本当によかった。これから先、もしも彼らの生活を脅かすような者が現れれば、そのときは絶対に俺が守る。
◇
騎士団しか昇ることを許されていない、城の最上階の軍略会議室にて──。
ガイア帝国を中心とした地図が、大きな台座の盤上に広げられていた。
白銀の鎧の騎士たちが囲む中に、リアクも末席ながら参列する。
突然、ドンッと拳を台座に叩きつける者がいた。その男は赤い瞳で地図を睨む。
「共和国だとぉ……一国じゃ弱ぇから、手を組んできやがったか! 雑魚が!」
苛立ちを募らせるのは、一人だけ真っ黒な鎧を身にまとった、赤髪のダンケルクだ。
「ダンケルク様、それだけではなく、共和国のやつらは我がガイア帝国にスパイを放っているそうですよ……。敵国の捕虜が私の拷問でやっと口を割りました……クックックッ……」
騎士が集まる中、鎧ではなく灰色のチュニックをきた男が不気味に笑う。
「ロトン。そのスパイ、誰か分かったんだろうな?」
ダンケルクは眉間にシワを寄せたまま、ロトンと呼んだ男に目をやる。
「その捕虜は知りませんでした。そして、死んでしまった……。もっと捕虜を連れてきていただかないと……。まぁ、大体の目星はついていますが……クックックッ」
まどろむようなロトンの細い目は、騎士たちを一巡してリアクをじっと捉える。
重苦しい殺気の波に、リアクの額からふつふつと汗が浮き出てきた。
(ま、まずい……。ハッタリだ落ち着け!)
気持ちを切り替えたリアクは、いつもの冷笑を湛えた涼し気な表情に戻る。
リアクは共和国側のスパイだった。
(何十年という時と、血反吐を吐く思いをして、やっと中枢の騎士団に入り込んだんだ! こんな序盤でボロを出すわけにはいかない! 仲間を殺戮してきたコイツらの弱みを握るまでは、絶対に耐えてやる!)
ロトンは腰に装着したサイドポーチから、手投げナイフを取り出す。手練の騎士たちに緊張が走った。
そのうちの老騎士がロトンを指差して、注意した。
「おい、忘れているようだがここは軍略会議室だぞ。刃を見せるなど、無礼……」
老騎士が見ていたロトンの姿は、突然煙のように消えた。
次の瞬間に、老騎士の前に座するロトン。音もなかった。
「あなたこそ、私の『暗殺者』のジョブをお忘れなきよう。私は騎士ではありません。私はただ、裏切り者に制裁を与えるだけです……クックックッ……」
「うっ……」
細長い腕が伸びていて、老騎士の喉元にナイフの切っ先があてられていた。
「あなた、目で追えてなかったでしょう……?」
ナイフでもてあそぶように老騎士の肌を撫でると、ロトンはダンケルクに顔を向ける。
「こんな弱い騎士は殺していいですか?」
「だめだ、地図が血で汚れて面倒だ。あとにしろ」
ダンケルクの答えに、老騎士は顔を真っ青にして膝から崩れた。