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好機

 ウォーザリの言うことはもっともで、折角のチャンスを自らふいにする必要はない。


「確かあの長屋ではないでしょうか?」


 走って先導を始めるウォーザリについていく。まるで部活の後輩みたいで、たった一日なのにすっかり弟子が板についている。


 長屋のなかは大きな炉釜と一体化していて、炉釜に近づけば近づくほど古い建屋になっていく。どうやら炉を中心に増改築を繰り返してきたんだろう。


 あちこちで金属音と男たちの声が聞こえ、赤い銑鉄が煌々と男たちの顔を照らす。

 型どられた鋼鉄は水をかけられると、蒸気を上げて屋内を一気に曇らせた。


「あの人に聞いてみましょう!」


 ウォーザリが騒音に負けじと大声を張る。

 四十代ぐらいの貫禄がある男が金床に向けてハンマーを振るっている。

 ウォーザリはその男が鍛冶場に詳しいと踏んだようだ。


「ここの親方に話を聞きたいのだが」


 汗だくの男がウォーザリにちらりと目をやった。


「そんな暇はないよ」

「ここを仕切ってるのはインドルという親方じゃろ?」


 ウォーザリはそっと1ゴールドを金床の横に置くと、男はハンマーで長屋の奥を指す。


「インドル親方なら、祠にいると思うぜ」


 ハンマーの先は岩盤の壁になっていた。よく見れば、横穴式住居みたいになっていて鍛冶屋の男たちが休んでいるようだ。


 いくつかの洞穴のなかで、特に大きく掘られた岩窟が長屋と軒を連ねている。

 ウォーザリと一緒に辺りを見回しながら入ってみるが、誰もいない。


「おーい、失礼するよ」


 洞穴の中は火の精霊のお陰なのか、床から熱を感じた。

 正面には祭壇のようなものがあり、食べ物や衣服なんかの捧げ物が目につく。


「誰もいないではないか」


 ウォーザリはそう言って、祭壇を物色すると「ヒッ」と短く声を上げた。

 捧げ物と思っていた小さな服が、ぐるりと反転した。


「……ふああっ……」


 顔を上にしたのは、幼い女の子だ。

 真っ赤な髪を肩まで伸ばし、褐色の肌にエキゾチックな緑色のイヤリングをつけていた。

 寝返りをうち背伸びをすると、そのまま固まって寝息を立てる。


「なんでこんなところに子供が……」

「いや、この子は『人柱』ですな」

「『人柱』?」

「精霊とは通常、直接会話できないものですが、稀に精霊と会話できる者がいるのです。そのような特異な能力を持つものを『人柱』と呼んでおります。『人柱』は自在に精霊の力を借りることができるので、こうやって重役に就くことが多いんでしょうな」

「へぇ〜」


 ということは、魔法を弱くするカギはこの子が握っているのか。


 しげしげと見ていると、洞穴の入口から兵士が入ってきた。


「インドル! 起きろっ!」

「……んんっ?」


 二重瞼で起きたインドルは、大きなあくびをした。


「騎士団長からロングソードを十本、プレートメイルを五着用意しろとのことだ」

「ん、もうっ! 起きて早々うるさいなあ」


 不機嫌なインドルに構うことなく、兵士は手紙をインドルに手渡した。


「いいかっ! 十日後には完成させておけとのことだ! 確かに伝えたからな!」

「ええ〜っ! ふざけるなー! 無理に決まってんだろ!」


 不機嫌に拍車をかけて、インドルは足をバタバタさせて祭壇の上の服や毛布を蹴りまくった。

 兵士が去ると、インドルは俺達を睨む。


「なに! 誰! ここ私んちなんだけど!」

「あ……いや、一応、声を掛けて入ってきたんですが」


 インドルの気持ちは痛いほど分かる。


「じつは、タクト様が精霊にお尋ねしたいことがありまして……」

「あ、御神託ってやつ? うちそういうのやってないんで、ちょっと忙しいからまた今度ね」


 インドルは祠の中央にある小さな扉に向かって正座し、小さな手を合わせる。急に扉の中が赤く明滅すると、丁寧な仕草で扉を開けた。


「おお……精霊の血脈か……」


 思わずウォーザリがため息をもらす。

 真っ赤なルビーのような宝石が発光し、マグマのように脈打っているように見えた。


 インドルは神妙な面持ちで手をハスのように開けば、光り輝く紅蓮の炎が血脈から両手の中央に据えられる。

 ぐるっと体を捻って、後ろに光を投げると炉釜の火入れ口に吸い込まれた。


 扉を閉めて祈った後、祭壇をトンと降りて、鍛冶場に出る。


「おら〜! 火を入れたぞ! 今からロングソード十本、プレートメイル五着作るぞ〜!」


 その声を聞いた長屋の男たちは顔を上げ、洞穴にいた男たちも顔を出す。


「「「「ええ〜っ!? 今から〜!?」」」」


 男どもの悲鳴が長屋にこだました。


「しょうがないだろ! 生きていくためだ! 歯をくいしばんな!」


 幼いたどたどしい言葉だが、妙に迫力がある。


「子どもなのに、ほんと親方みたいだ……」

「やはり、精霊の力でしょうな……おそらく四十いや、五十ぐらいは若返っておりますな……」

「えっ! インドルって五十代ってこと!?」


 ウォーザリと俺の会話が耳に入ったのか、インドルは眉を吊り上げたままこちらを向く。


「アンタたちは仕事の邪魔だね。早く帰っ……」


 と、俺に目を合わせた瞬間、ふっと顔の表情が緩んだ。


「あら、あなた……魔力が……なんかおかしいね。いったいどれだけあるのかしら……」

「え、何か視えるんですか?」


 インドルは素足でひたひたと近づいてくる。


「まあ、『人柱』ってものは、魔力に共鳴するぐらい、魔力に近い存在だからね……視えるのは当たり前さ」


 俺の上着の裾をインドルが引っ張る。どうやら俺に屈めと合図しているようだ。

 膝を折ると、瞳をのぞきこんだり、口を開けさせられたりする。


「うわ〜どこまでも魔力でいっぱいだね。こんな火の力が強い魔力場で、魔法使われたら城内が吹き飛んじゃうよ」

「あの……じつは、魔法を使うと全部、威力が桁違いでして……もっと弱くする方法がないかお聞きしたいのですが……」

「う〜ん。そうだねぇ……古代の魔法に、魔力の放出量を強めるものがあったと思うんだけど、その逆もあったと思うんだよねぇ……」

「そ、それをぜひ教えて下さい……!」


 それさえあれば、宿屋で今より活躍できること間違いなしだっ!


「うー……ん。なんだったかしらねぇ……やっぱり五十年も生きていると忘れちゃうわよね」


 インドルは小さな頭をかしげた。


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