最大級
イガンデの雄叫びを皮切りに、俺は風の魔法を唱える。なんとなく、火の魔法は重装備の相手には効果が薄い印象があった。
「大きな風の魔法を発現させたまえ!」
突進してくるイガンデに向かって、突風が吹く。
巨漢の突撃は急速に勢いを無くした。
「む、ぐぐっ!」
ゴゴゴッ!!
白線が螺旋状に描かれ、幾重にも重なる。
顔を庇うイガンデの腕をかまいたちが傷つけた。
「すごい……」
風が吹き荒れる轟音のなかで、不思議なことにマーリーの声がはっきりと聞こえた。
さきほどまでは無関心だった彼女は、体を僅かに傾けて、スラクトに耐えるイガンデを興味深く観察していた。
バアァン!
と、広間の扉が風圧で開き、城の中を風が激しく駆け巡る。
見物の兵士は強風にあおられて、門戸まで吹き飛ばされた。しかし、イガンデは常人を凌駕した握力と腕力で、石畳を穿って掴んでいた。
「く、くそっ!」
近づくこともままならないイガンデは、苛立ちを露わにする。
遠巻きの兵士でさえ耐えられないのに、さすが隊長といったところだ。
ところで、セラクトと違って、スラクトって放出の時間が長いな。これ……切れたときにイガンデが突進してきそうだ。いまのうちに……。
「風の精霊よ。魔力と引き換えに……」
俺はもう一方の手を掲げる。
「……え?」
俺以外の広間の人間が声を合わせて驚いたが……なんで驚くのか分からない。
魔法の詠唱には時間がかかるし、相手を足止めできている今がチャンスなのだから、今のうちに唱えるのが自然だと思うが……。
俺は掲げていた手を振り下ろし、イガンデを指さす。
「巨大な風の魔法を発現させたまえ!」
中位で耐えられるのなら、最大級しかないだろう。
……それに一回唱えてみたかったし。
だが、唱えた瞬間、後悔した。
発射されたのは、ドーナツ状の白い輪。バブリングみたいな可愛いものじゃない。石畳を根こそぎ削りながら、イガンデに迫った。
その輪に触れれば、どんなものでも粉砕する恐ろしい魔法だったのだ。
イガンデは直感的に、先のスラクトの風で吹き飛ばされることを選んだ。
「ぐおおおーー!」
広間を抜けて、正門まで飛ばされると頑丈な門に激しくぶち当たる。そしてイガンデは失神してしまった。
サラクトの輪は石壁を削り、貫通すると丸い穴が壁にできる。外に出ても、なお前進して、防衛壁に綺麗な円を描いて消えた。
「……危なっ!」
別に命まで取ろうと思ってなかったので、外れてくれて思わず安堵のため息がでる。
ガラガラと開いた穴のうえから、灰色のレンガが落ちて崩れた。
その音にビクッと体を強張らせるリアク。
「……君の実力は分かった。ち、ちょっと考えさせてもらおうかな……まさか、イガンデがあんな、攻撃する前に倒されるなんて……」
ある意味、攻撃されたらマズイから先手を打たせてもらったんだけどね。
騎士団がどれぐらい強いのか分からないが、リアクはサラクトにビビったみたいだ。
「隊長になる件は、断ってもいい?」
「そ、そうだね。ちょっと、僕のプランも考え直さないといけないな……」
俺の問いに小さい声で答えると、兵士たちに目をやった。
「今回の件については、箝口令を敷く! もし他言したものは、重罪だぞ!」
兵士たちは背を伸ばして、敬礼した。
「それじゃ、俺は帰るから。もう、宿にも手を出さないでよ」
「分かった。約束する」
その言葉を鵜呑みにはできないが、引き出せるのはここまでだろう。
倒れたイガンデの横の扉を開けて、城の外に出た。
「師匠! はあ、やっと追いつきました!」
こちらに向かって走って来たのはウォーザリだ。
「いやはや、城内に連れて行かれたとあって、すぐ追いかけたんですが、門番がしつこくて……たんまり賄賂を取られましたわ。カッカッカッ!」
「え、なんでそこまでして、ついて来たんですか?」
「いやいやいや、またまたまた……」
ウォーザリは敷地内のある方向を指さす。
「城内にせっかく入れたんじゃないですか。火の精霊ヴルカに会われるんでしょ?」