有意義な土曜日 3
配信者が使うマイクって高いよね
カフェに入るなんていつぶりだろう?飛鳥は
1人呑気にそんなことを考えながら、自分の目の前に来るパスタを待っていた。
「・・・」
「いい加減機嫌を直して下さい」
「なぁに、その言い方。私が怒ってるみたいじゃん」
「現に怒ってますよね・・・」
あの後、お互いのお腹が鳴り始めたので適当に
雰囲気の良さそうな店へと入り、今に至っている。
「・・・」
気まずい。目の前の義姉は、黙々とグラタンを
頬張っている。チーズとかいい具合に焦げていて、見てるだけのこちら側としては、かなりの生殺しだ。
「うまそー」
「ん、美味しいよ。食べる?」
「え?いいんですか」
「もちろん」
どうやら、本当にそこまで怒ってないようだ。
それだったら、奏さんの言葉に甘えよう。
さっきから、お腹が食料を欲している。
ベル横に備えられてるフォークを取り出す飛鳥を、何考えてるのかわからない表情を浮かべながら見つめる奏。
「・・・あの、その。何ですか?」
え、怖い。美人の笑顔が怖いというのは、よく言ったものだ。やばい、何考えてるのかわからない。俺、死ぬんか?
「飛鳥くん、私が・・・えと」
「はい?」
「そう!やってみたいこと!やっぱり、一度は
こういうことやるべきだと思うんだよね!」
「・・・?」
顔を染め出したと思えば、今度は捲し立てるように言葉の羅列が多くなる。言っている意味を
理解できない飛鳥は、返答に困る。
「つまり・・・なにを?」
「だから・・・あ、あ〜」
「お待たせしました!!」
「あぁー!どうもどうも、おぉ、うまそう」
元気の良い店員が、奏の言葉を遮る。ニッコリ笑顔のまま固まってしまった義姉をスルーして、パスタが盛り付けられた器を貰う飛鳥
「えとー、じゃあ貰いますね。少しだけ」
「・・・うん、どうぞ」
結局何がしたかったんだ?疑問を浮かべながら
飛鳥はフォークでグラタンを掬う。
「奏さんも、一口どうぞ」
「っ!!」
こちらの器を差し出す、一口貰ったのだ。ならば、俺のパスタを差し出すのが筋だろう。にしても、本当に美味そうだ。涎出そう
再び、奏の目に光が宿る。
「・・・あ〜ん」
「・・・?」
おもむろにカバのように口を開く奏。その
意図が理解できない飛鳥は、混乱に陥る。
え、なんだこれ?どういう状況?
「あ、あの?飛鳥くん」
「はい?」
「その・・・この状態は恥ずかしいと言いますか?待ってると、言いますか?」
「はぁ・・・?」
待ってるとは・・・なんか言えばいいのか?
「奏さん」
「はいっ」
「歯、綺麗ですね」
凄まじい速さの平手打ち。店内に響いた破裂音は、賑やかなカフェを静寂へと誘うには十分だった。
「ありがとうございました〜」
2人は店を後にする。少しだけ、店員さんの顔が引き攣っていたのは、見なかったことにした
「いてぇ・・・」
「もう!もう〜・・・!なんでわかんないの」
「無理言わないでください」
わかるわけない、まさか食べさせてほしかったなんて。そんな年齢でもないでしょうに
「そもそも、姉弟で食べさせあうことしないでしょ」
「す、する家庭はあるかもじゃん!」
「・・・まぁ、あったとして。俺らがやる必要はないですよね」
「やってみたかったの!!一回ぐらい!」
なら、健吾さんに頼んでくれ・・・。俺では圧倒的に役不足だ。にしたって、叩かれた頬が本当に痛い。
「・・・ごめんね。強くいっちゃった」
頬を撫でられる。その手つきは優しく、さっき叩いてきた本人の手つきとは思えない。
なんていったら、2発目が飛んでくるのはわかりきってるから、絶対に言わない。
「大丈夫です。・・・次、行きたい場所とかあるんですか?」
「え、急に乗り気だね」
「ここまできたら流石にね。俺も外出を楽しみたいですし」
これでも一応、年若い男なのだ。そして、あまり来ることのない東京観光。実はかなり胸が躍っている。
「とはいってもなぁ・・・」
どうやら、奏さんの予定はこれで終わりらしい。
昼の14時23分。これで帰ってしまっては、どこか味気ない。
「お腹、まだ入ります?」
「え?う〜ん、入るよ。ラーメンとかは無理だけど」
「ならメイド喫茶行ってみません?」
秋葉といったら、やはりこれ。コンカフェ。
訪れなきゃ、もはや秋葉に失礼だろう。
「・・・えなんで」
「結構、興味あったんですよね。一度行ってみたかったんです」
「だからなんで?」
鋭い空気を研ぎ始める奏。のほほんとした雰囲気は消え去ってしまったようで、飛鳥との距離を詰め始める。
「女の子に会いたいから?」
「え、いや違いますよ・・・」
「じゃあ何に興味あるの?」
「それは・・・」
言葉に詰まる。確かに、メイド服を着た女の子を見てみたい気持ちは少なからずあるため、否定することはできない。
「はい・・・メイド服を着る女性に興味がありました」
「へぇ〜」
さらに視線が鋭くなる。めちゃくちゃ怖い。
この人、こんな表情するんだ。
なんて、能天気なことを考えると、奏は腕を組み、そっぽを向いてしまう。
「そんな不健全なところ、お姉さんは許しませんからね!」
不健全ではないだろう・・・。
「はい・・・」
「・・・あ、飛鳥くんが・・・その、メイド服?に、興味あるなら・・・私が・・・」
「私が?」
綺麗に整えられた触覚をいじりながら、ボソボソ呟く奏さん。その表情はどこか恥ずかしそうで。
自分より年上とは思えない、その仕草にクスっときてしまう。
「その・・・着て、も・・・いいけど」
「奏さんが?」
「うん」
奏さんが、メイド服。それはさぞかし似合うのだろう。元々可愛らしい人だから、そこに磨きがかかるのは、想像に難くない。
けれど、問題はある。
「健吾さんに見られたら終わるんで、遠慮しますね」
「ですよねぇ〜」
実の娘が、いきなりメイド服なんて着たら驚いてしまうだろう。ましてや、それを着させたのが養子にした男なのなら、なおさら。
「パパ・・・怒るよね」
「当たり前では・・・?」
「あ、メイド服のことじゃなくて・・・」
「Vtuberのことですか?」
曇る奏。先程まで楽しそうにしていたけれど。
その表情は不安で塗りつぶされてしまっている。
とりあえず、この話はここですべきではないな。
「人がいない場所に行きましょう。この話は
ここでするものじゃないですし」
「あ、うん。どこ行こう?」
辺りを見渡す。カラオケとかあれば万々歳なのだけど、見渡す限りのビル群に、少し酔いそうになる。
慣れないなぁ・・・。ここら辺の人って、どうやって生活してるんだ。
「ネカフェあるよ」
「いいですね。行きましょう行きましょう」
指差した先にある、ネットカフェ。一度だけ
冬馬と行ったことあるが、中々に良いものであった。
「・・・ふふ、なんか。秋葉まで来たのに、行ってるとこ全部普通だね」
「家電にカフェ・・・いわれてみれば、秋葉らしさはゼロですね」
「あはは、飛鳥くんの言うとおり、メイド喫茶に行けばよかったかも?・・・そうだよ、秋葉に来たんだからさ、メイド喫茶に・・・」
「だめだよ」
「・・・え?」
確かに、このままメイド喫茶に行けば、楽しい思い出は残ったかもしれない。それで、またどっかふらっと立ち寄って、今日は楽しかったね。なんて電車に揺られながら、振り返ることは出来た。でも、違うのだ。
「それはきっと、今やることじゃないです。奏さん」
「・・・」
手に持った<配信>で使うためのマイクが入った袋を握りしめる。
思い出す。これを買う時の、奏さんの表情を。
あの時も、今と同じ、どこか一歩を踏み出せないような表情だった。
「知ってますよ。配信するためにはオーディオインターフェースが必要なの」
「詳しいね」
「奏さんがVtuberになるって言った時、俺も
勉強したんです」
「うーん、姉想いの良い弟だ」
「誤魔化せませんよ」
やっぱりそうだ。秋葉とはいえ家電にあるのか半信半疑だったが、配信機材はあった。しかし、長い時間をかけて買ったのは、そこまで値段の張らない。<これ>だけ。そこから汲み取れる心情を、俺は見逃さない。
迷っているのだ。今、目の前の義姉は。
「奏さん」
「・・・」
「怖いなら、俺がいますから」
「っ」
手を取って、ビル2階に備えられたネカフェへと向かう。都合がいい、防音の個室があるみたいだ。
上手い励ましなんて出来ないけれど。寄りかかる役ぐらいなら、俺にだってできる。
「・・・優しいね。ほんと」
「え?」
聞き返しても、奏さんは俯いたままだった。