ゆめうつつ
ポツリと呟いた飛鳥の言葉は、白奈の首を刎ねかねない力を持っている。
当たり前だ。
だって、夜中にコソコソと部屋に入ってくるなんてありえないだろう。
しかも、唇を奪おうとしていた。なんて言われれば絶交ものだ。
だから、木ノ下白奈が取った行動は・・・。
「あぅ、えと、こ、怖く、なっちゃって〜」
嘘をつく事だった。
もちろん、あの時の橋下に対する恐怖は無くなったわけではない。
けれども、夜眠れなくなるほどの恐怖感を植え付けるには至らない。
終わった・・・。
そう思い、白奈は心の中で辞世の句を読み始めていた。
「──怖く、なっちゃったの?」
その声は、眠れなくなってしまった子供を寝かしつける母の様に、優しい一言だった。
いや、それだけではない。
表情だ。
元々、眠気にやられていたのもあってか、その眼差しはトロンとしていて、元より穏やかな顔つきだった飛鳥の女の子らしい顔が・・・。
──私、いつからこんな変態になったんだ。
「眠れない?」
「う、うん・・・。眠れない、かも」
「じゃあ、ここ入りなよ」
飛鳥は端に詰めて、私が寝転がるスペースを作ってくれた。
・・・うわ、え。これいいの?
先程キスをしようとしていて今更な疑問が湧き上がってくる。
だって仕方ないではないか、こんなの普通に
破廉恥すぎる・・・。
「来ないの?」
「お、おじゃ、お邪魔します」
白奈は吃りながら、飛鳥のぬくもりが充満するベットの中へと入っていった。
入った、入ったはいいものの。
心臓が爆発する勢いで、血の供給を促進している。クリスマスの寒さなんて一切感じない、自分の体温と布団の中のぬくもりによって。
「寒くない?」
「あったかいよ・・・。あったかすぎて、熱いぐらい」
「冷房つける?」
「真冬だよ?そんな事したら、起きた時に風邪引いちゃうって」
本当に眠たいのか、飛鳥の発言がおかしすぎる。
「えーっと、あの・・・。今日は、ありがとう」
「なんだ急に」
背中越しから聞こえる飛鳥の声が、胸に刺さる。響いて、心臓に届く。
「あの時、白奈を真っ先に助けたのは奏さんだから、ちゃんとお礼言わないとね」
「うん」
静寂。
環境音なんてほとんど聞こえない、ただずっと響き続ける胸の鼓動だけが、私の熱を保ち続ける。
今の光景を客観的に見て、白奈は少し笑ってしまった。
「あのさ、私達が会ったのってクリスマスよりも前なの覚えてる?」
「ん、ああ・・・。白奈が、家の前で座ってたね」
「懐かし。というか、覚えてんだ」
「そりゃね」
漫画の様な一幕だったと思う。
隣人に助けられて、そこから繋がった関係はこうやって続いている。
それどころか、もっと深く絡み合いたいとすら、思っている。
不思議だ。
不思議で、仕方ない。
「・・・ありがとう」
もっと飛鳥の熱を感じたくて、目の前の背中に自分のおでこをくっつける。
規則的で心地の良い鼓動を感じる。
けれど、それがちょっと悔しかった。
「うん」
「・・・飛鳥はさ」
「ん?」
「彼女とか、作らないの?」
震える手のまま、飛鳥の服の裾を摘んでみる。
くい、くいって、構ってほしい子供みたいに無遠慮に。
「彼女?う〜ん・・・。俺じゃ無理だと思うけどなぁ」
「え、なんで?」
「──んー、わからん」
相当眠気が来ているのか、飛鳥は曖昧な答えを返してきた。
声もなんだか、吐息が混じり始めている。
「もしさ、もしだよ?もし、私が飛鳥の彼女になりたいって言ったら、してくれる?」
顔が熱い。けれど、身体の芯はどこか冷たい。
喉がカラカラで、舌は乾き切っている。
熱に浮いたまま、これだけは聞きたかった。
自分は、彼の心の中に入れますか?と。
「うん〜?んー、白奈が彼女?」
「そう」
「かのじょ、ね〜・・・。ばつげーむとかにはまきこむなよ、おれを」
「違うって。彼女に出来る?私の事」
「んー、すきだったら、まぁ?」
その言葉に、身体が反応してしまう。
「好きって?飛鳥が私の事好きになったら付き合ってくれるの?」
「ぎゃく・・・」
「え?」
逆、逆というのは?
「わ、私が飛鳥の事好きって言ったら、付き合うの?」
「ん」
「──。」
無意識の中、荒れる呼吸。
無意識の内、近づく距離。
無意識の熱、告げる言葉。
「好き・・・だよ。飛鳥」
「──、ん」
気がつけば、私は飛鳥の身体に手を回していた。互いの身体的距離はゼロになり、知らぬ間に育っていた己の女性の象徴を押し付けていた。
「好き・・・。好き」
「んー」
「飛鳥は?わ、私の事、好き?」
「ん」
ぽしょりと、飛鳥の耳に吐息混じりに囁く。
どこかくすぐったそうにしながら、飛鳥は短くそう言った。
「──うと」
「え?」
「おまえ、いもうと・・・」
「は?」
思わず、身体が起き上がった。
「ど、え、は?」
「ぅうん・・・。うるさい──」
「待って待って、寝ないで」
「・・・」
静かな寝息が飛鳥から発せられた。
完全に意識が離れたのだろう、いやはや、もしかしたら夜は弱い人間だったのかもしれない。
これは、悪い事をしてしまった。
わけないだろ。
「おい、寝るな。コラッ、お兄さ〜ん?」
「──。」
完敗だ。完全に就寝した。
頬を膨らませて、ため息を吐き出した後、白奈も布団を被る。
冷静になってみれば、眠りかけの人間に告白したって、ほとんど意味ないだろう。
今言った言葉は、朧げに吐き出したに過ぎないんだ。
そう思うと腹立ってきた。
再び、モソリと起きる。
腕を支えにしながら、飛鳥の頬に自分の顔、細かく言えば唇を近づける。
「覚悟しとけバカ」
記憶の中では初めての接触。何が、とは言わないが。
「・・・も、もっかいしてもバレないよね」
計六回、接触を果たした白奈はやっと満足して、今日を終えた。
夜中の、冷えた一幕だった。




