にじゅうごにち 4
「あの、なに?」
「俺、やっぱり木ノ下さんの事諦めらんない」
「橋下君・・・」
その瞳は決意に満ちていた。
腹を括ったとも言えるその眼差しに貫かれる白奈は、言葉を詰まらせてしまう。
やめて。
そう、言えなかった。
「本当に、木ノ下さんの事が好きなんだ」
強く握りしめられる。ギュッ、っていう効果音が聞こえてしまうぐらい、強く。
「・・・俺と、付き合ってください」
その言葉は、強かった。
橋下君は言い退けてみせた。
自分の想いを自覚してから、その言葉の重みを知った。たった2文字を伝えるのに人は多大な勇気を必要とする。
橋下君は、それを絞り出して。
私に、好きと言ってくれた。
断ったのに。
──また、私に。好きと言った。
「ごめん・・・なさい」
強く言い放った橋下君とは違い、私の言葉は弱々しかった。
震えた拒否の言葉が、目の前の勇者に届いたかはわからない。
「私、橋下君とは・・・付き合えない」
「どうして?」
「それは、えっと・・・ごめん、理由は」
「なんで?」
「え?」
繋がれていた手が離れる。
「は・・・意味わかんないよ。なんで?理由ぐらい教えてくれてもいいじゃん」
「橋下く──」
「お高く止まってんなよ・・・。ちょっと面がいいからって、人を選べる立場なのかよ」
呆気に取られて、何も言えない。
「マジで意味わかんないわ。俺がいなかったらお前なんて友達できなかったんだからね?
俺がお前の悪評を拭ってやったのに、恩を仇で返される俺の身にもなれよ・・・っ!」
何を、言っているのか。
「誰もお前みたいな不良なんか相手にしねぇんだよ・・・。俺、お前のために色々と頑張ってたのに」
これが、橋下の本性だった。
「っざけんなよッッッッ!!!!」
「──ッ」
往来で容赦なく叫ばれる。通りの良い橋下君の声は、荒々しく、怖かった。
「今日のクリスマスパーティーだって俺がいなかったら、出来てなかったんだぞ!?あんな優しく周りがお前に話しかけてくれたのも俺のおかげ!!なのに、お前はそうやって俺のこと裏切んのかよ!」
「う、裏切るって・・・」
「うるせぇよ!!」
鬼の形相の橋下君が近づいてくる。
今にも、殴ってきそうな様相が怖くて、身体が固まって動かない。
「こんの──ッ」
私は、咄嗟に顔を守った。向けられた握り拳に対する、ほんの僅かな防衛手段。
──殴られる。
そう思った時だった
「ちょっと!!なにしようとしてんの!!」
「は?」
どこかで、聞いたことのある声が聞こえた。
その声は、私を守る様に前へと塞がっている。
「だ、だれだよお前」
「それはこっちの台詞だから!!!」
「奏・・・さん」
「大丈夫?木ノ下ちゃん」
どうして、ここに?
なんて言う前に、奏さんはすぐさま橋下君を見やる。
「今、殴ろうとしたよね!?女の子殴るとか最低だよ!!」
「そ、それは、こ、こいつが悪いんだよ!!」
「たとえ悪いことしても、暴力はダメでしょ!!」
「ちっ、っせぇな!!」
2人の声は次第に大きなっていく。この騒ぎに、いつ警察が来てもおかしくはない。
それを奏さんも感じたのか、言い合いを切り上げて、私に身体を向ける。
「行こ、木ノ下ちゃん」
「おい!!待てよ!!俺・・・俺は、木ノ下とまだ話すことがあんだよ!」
「知るか!」
私の手を握って、歩き出そうとする奏さん。
凄く頼り甲斐のある背中に、涙が出そうだった。
「ま、待てって!!おい!!待てよ!木ノ下!!」
「追いかけてくんな!」
「ちっ、まじで・・・ぶっ殺すぞ!!おい!!てめぇら!!」
声に鋭さが増す。
とうとう殺意まで向けられてしまった。
「大丈夫、大丈夫だからね」
奏さんの優しい声が染み渡る。
それでも、この恐怖心は消えない。
「くそビッチが!!!てめぇなんて面と顔だけだろうが!!どうせ、色んな奴とヤりまくってんだろ!!阿婆擦れ女が!!お前、マジで学校で居場所無くてやるから!!」
私達の背後で、橋下君は叫び続けた。
暴言と脅迫。憎悪と怒り。
こんなにも明確に向けられるのは初めてだった
今までの橋下君はまるで偽物だったみたいに。
少しだけ、信じられない自分がいた。
橋下君の暴言を聞いた奏さんの表情に怒りが宿る。
「ちょっと、いい加減に──わぷっ」
奏さんが振り返って、反論しようとする。
けど、その口を誰かが塞いだ。
「外で待ってるって言ったのに、何してるんですか」
穏やかな声だった。
「んー!!ん!!」
「木ノ下、大丈夫?」
「──ぁ」
なんでか、わからない。
涙が急に溢れてしまった。
堰き止めていたダムが決壊して、感情が遅れてやってくる。
静かに流れる大粒の涙が止まらない。それを見た鳥海さんは、困った様に笑った。
顔に込められた優しさが、酷く懐かしく感じた。
会いたかった。
ずっと会いたかった。
「じゃ、ないか。ハンカチあるよ」
「ぷはっ、飛鳥君!!もう行こっ」
「そうですね。・・・はい、木ノ下」
何も言えず、そのハンカチを受け取る。
お礼を言いたかったけど、上手く言葉に出来ない。
「だ、誰だよ・・・」
橋下は、1人の男の登場によって歪んでいた顔が一層、歪む。
その言葉が飛鳥に届き、視線を橋下に向ける。
「えっと・・・ごめんね」
「はー・・・ぁ?」
木ノ下の腰に手を回す。
言葉、視線、悪意、殺意、敵意。
向けられる全てから、守る様に。
「──木ノ下、貰ってく」
その男の後ろ姿を見ることしか、橋下には出来なかった。




