鳥海奏
「飛鳥!」
「冬馬・・・久しぶり」
眼鏡の奥の鋭い瞳が俺を捉える。その目は
俺を、心配そうに見つめていた。
「その・・・災難だったな」
節目がちに、そう言われる。
菊野冬馬。
顔こそ威圧感があるが、その内はとても情に厚く、学級委員にも任命されるぐらい。周りからの信頼を得ている。そして俺の、小学校からの友人でもある。
「ごめん。本当に心配かけたよ」
「・・・今は、他の家の世話になってるんだっけ」
「うん、すげぇ優しい人だよ」
そう伝えると、心底安心したように息をついた。ここまで心配されていたのかと、少し
頬が綻ぶ。本当に優しい奴。
「ならよかったよ」
「はぁ・・・教室であれやこれや聞かれんのかな」
「どうだろうな。まぁ・・・配慮するだろ」
下駄箱でため息を吐きそうになるが、冬馬の
一言に納得する。それもそうか、かなり際どい
話題であるのは間違いない。クラスの人達も
そう簡単には話題に出せないか。
「あっ、奥空来た」
「おひさ〜」
冬馬の言った通り、クラスの人達はいつも通りに接してくれた。
「ほらな」
「はは、本当、ありがたい限りだよ」
4ヵ月近く、姿を見せないのに誰も踏み込んだことを聞いてこないのは、本当に助かった。
けど、向けられる瞳から、俺の今の境遇自体は
知っているのだろう。
「・・・いいクラスだな」
「なんだなんだ奥空。いきなり気持ち悪いこと言うなよ」
「奥空くん、ノート見るー?」
「お前の席ここだぞー」
終わりの近い中学校生活。4ヶ月が、とても
勿体無いなく感じた。
いつも通りの、学校生活。久しぶりの授業は
あまりにも先を進んでいて、普通にわからなかった。
「奥空くん、この計算はね。このページに公式載ってるよ」
「うぁー、助かる。本当にありがとう」
なんとか周りに助けられながら、お昼まで
頑張る事ができた。
「飛鳥、その・・・高校決めたのか」
冬馬は苦虫を噛み潰したような表情で、俺に
そう言った。その言葉も、俺を心配して言ってくれているのだろう。それを理解している俺は
正直に答える。
「石掛」
「だよなぁ・・・」
もう、受験戦争に参加できる余裕はない。
いくら頑張ったって、3年生の4ヶ月を怠惰に過ごしてしまったのだ。周りの人達との学力の差なんて目に見えている。
「まぁ、お前が決めたんなら。俺は何も言わないよ」
「ありがとう」
「はぁ・・・。お前とはここでお別れか」
「後生の別れじゃないだろ。遊びとか誘ってくれよ」
「おう」
昼時間終了のベルが鳴る。周りの生徒達は
席につき、午後の授業が始まる。
「・・・」
今日の夜。何食べようかな。
ぼーっと外の景色を眺めながら、家で寝ているだろう奏さんを思い浮かべた。
「飛鳥くん」
「・・・何ですか?」
健吾さんのいない。2人きりの家。広いリビングで、茶色の髪を揺らして、俺の瞳に、無理矢理入り込む。
「今って暇?」
「えと、はい。暇です」
その答えを待ってましたと言わんばかりに
整った表情が、健吾さんに似た優しい笑みに切り替わる。
「ゲームする!?」
「・・・え」
「あのね、面白いゲームがあるの」
いきなり何を言い出すんだ。この人は?
なんて、言えなかった。
頼むから、そんなキラキラとした表情を向けないでほしい。
「・・・学校。行かないんですか?」
「もちろん!」
「いや、なんで」
「学校嫌いだもん!私!」
ふふんと、胸を張る。そんな威張れたことではないのに、何を誇っているのだろうか?
「嫌いだからって、行かない理由になりますか」
「も、もう!私のことはいいから!!ほら、おいでおいで!」
「あ、ちょっと」
無理矢理、奏さんの部屋に押し込められる。
表情にこそ出さないが、初めて女の子の部屋に
入るのだ。多少の緊張はあった。
けれども、奏さんの部屋は。俺の想像していた
女の子の部屋とは異なっていた。
「きったない・・・ですね」
「あ、あはは。ごめん」
床には脱ぎ捨てられた衣服。捨てられてない
お菓子の袋。
ベットは布団とシーツがぐちゃぐちゃである。
綺麗なのは、デスクトップのPCが置かれたデスク周りだろうか。
「ほら、座って座って」
「あ、あの。やるって言ってません」
「え、やらないの・・・」
悲しげな表情は、捨てられた子犬のようであった。そんな顔されたら、やりません。なんて
言えるわけない。
「えー・・・俺、ゲームとか下手ですよ」
いつも冬馬に負かされていた苦い思い出が蘇る。だからだろうか。ゲームというものに苦手意識が芽生えていた。
「大丈夫。誰だって最初は下手なんだから」
「そういう問題じゃなくて」
「心配しないで、お姉ちゃんが教えてあげるから」
「・・・」
頭を撫でられて、そう言われる。
なんか恥ずかしくなって、奏さんの顔が見れない。この人、こんなにグイグイ来る人だったのか。
「・・・りーぐ・おぶ・れじぇんど?」
聞いたことのないゲームであった。マリオとか、スマブラをやらされると思っていた故に、初めて聞く名前のゲームに面を食らう
「飛鳥くんって、PCゲームとかやったことない?」
「え、パソコンでゲームってできるんですか」
奏さんは信じられないと言ったような瞳で訴える。仕方ないだろう、俺はゲームを触る機会なんて冬馬の家でしかなかったんだし
「ま、まぁいいよ。操作は簡単でねー」
なにやら、AI戦というものに連れて行かれる。もう、何を言ってもやらなきゃならないのだろう。大人しく従おう。
「・・・」
「センスあるね!」
「いやどこが」
スコアは1/12/2。左からキル数、デス数。アシスト数。と、奏さんは言っていた。
奏さんの目を見る。この人は今、正気なのだろうか?
「でもほら!1キルしてる!」
「12回死んでますけど」
「初めてで1キルは凄いよ!私なんて、何回もやってやっと1キルしたんだから!」
いや知らんし。いくら褒められても、12回死んだことには変わりない。ていうか難しすぎるこのゲーム。
「全然簡単じゃないですよこれ。QとかWとか・・・俺、パソコンなんてほぼ触ったことないのに」
「でも、すぐ慣れてなかった?」
「最後の方は・・・ちょっとだけ」
「ほらぁ〜、センスあるよ!」
そう言われても、やる気は起きない。もう
満足しただろうし、部屋からでるため椅子から立ちあがろうとすると
「もっかいやろ!」
「えぇ・・・」
まさかの2回戦。嫌に決まってる。
「や、やりません。奏さんがやればいいじゃないですか」
「えぇー、私は飛鳥くんがやってるとこ見たい」
「なんですかそれ」
「だって、楽しそうだったよ?」
「え」
そんな筈あるか。AIにボコボコにされて、楽しそうだったなんて・・・。
そんな人がすぐ横にいたら普通にキモい。いや、俺のことだけど。
「敵にやられても、最後まで投げなかったのは
楽しんでたからでしょ?」
「・・・」
「ほら、図星」
確かに、負けまくってはいたけど、不快感はなかった。
次はこうしよう。あーしよう。そんな思考が
俺の頭を巡っていた。
「・・・他にキャラっているんですか」
「いるよ!160体ぐらい!」
「え、多くないですか」
「奥空、窓になんかあんのかー」
「え!あ!」
突然呼ばれて、思わず立ち上がる。
黒板の前に立って、呆れた表情を浮かべる先生とバッチリと目が合った。
「もうすぐ終わるから、集中しろよー」
「・・・すみません」
どうやら、ぼーっとしていたみたいだ。
5時限目は、もう終わりを迎えようとしていた
なんとか、板書を写していると、ベルが鳴り響く。5時限目の終了。今日の学校はここまでであり、みんなは帰りの準備をし始める。
「奥空」
「はい?」
「これ、書いとけよ」
「あぁ、はい」
先生から渡されたのは、進路希望調査票。
「進学?」
「はい、そのつもりです」
「だよな。ゆっくり行くとこ考えとけよー」
先生は多くは語らなかった。多分、先生もわかっているのだろう。今の俺が行けるところを
「飛鳥、また明日な」
「うん、部活がんばれよー」
剣道部の冬馬は、体育館へと足を運んでいった。一方、帰宅部である俺は、足早に学校を後にする。
その足が向かう先は、決まっている。
「・・・んー」
奥空・・・ではなく鳥海飛鳥はスーパーで
1人唸っていた。
「何にしようか・・・」
カゴをぶらつかせながら、悩む。いつもだったらスーパーに着く頃には決めているのだが、今日はそういかなかった。
鳥海家の食事係は飛鳥が担当している。
元々、母親の手伝いで台所に立つ事が多かったため、自然とそうなっていた。
ならば、健吾の妻は?となるが・・・これは
伏せておこう。
「聞いてみるか」
<晩御飯。何がいいですか>
送信先は、鳥海奏。今も家で引きこもってる
義姉である。健吾は、この日は帰ってこないため、聞くのは必然的にこっちになる。
<カレー!>
元気満々な返信が、少し微笑ましい。了解とだけ伝えて、カレーに必要な食材を買っていく。
「と、お菓子・・・」
カゴの中に、奏の好きなお菓子を詰めていく。
袋を漁って、好きなお菓子を見つけた時の
義姉の表情が、飛鳥は好きなのであった。
「こんなもんかな」
買い物を済ませて、ビニール袋を引っ提げ
自宅のマンションに向かう。もうこの道も
慣れたものだ。
814号室。ここが、今の俺の家である。
「ただいま」
しーん〜・・・。
予想通りの展開に、飛鳥はため息を吐く。
まぁ、わからんでもない。恐らく、イヤホンで
音が聞こえないのだろう。
「奏さん」
扉を開けると、誰かと通話をしながらゲームを
やっていた。
・・・珍しい。いつもならソロでやっているのに
「は、はい。ありがとうございます・・・。そ、その。私、本当に皆さんのことが大好きで」
「?」
マイペース全開の義姉が珍しく緊張している。
いつもと違う様子が気になって、飛鳥は奏の肩を叩く。
「わぁっ!?」
急なことだっため、大きな悲鳴をあげ、凄い勢いでこちらに振り向く。
「ご、ごめんなさい。あの・・・ただいま」
「あ、あぁ!!おかえりなさいっ」
飛鳥の顔を見るや否や、どこか安堵のため息を吐く奏。
「あ、弟です。・・・はい、さっき言ってた」
「・・・」
これは、あまり聞くのも野暮だろうな。
そう結論づけて飛鳥は、手洗いを済ませて
台所に立った。
「〜♪」
口笛を吹きながら、晩御飯の準備をしていると奏の部屋の扉が開かれる。
先程、誰とゲームをやっていたのか気になった
飛鳥は、早速聞いてみることにした。
「奏さん。誰かと一緒にゲームやってるの珍しいですねっ」
「え!?あ、あぁ〜。たまにはね」
どこかそわついた奏に、飛鳥は首を捻った。
あんまり聞かれたくないことなのかな
ならば、話題をすり替えよう。カレールウを
溶かしながら、思いついた話題を出す。
「今日、健吾さん帰ってきませんよね」
「う、うん。確かね」
「なら、この量で丁度いいか。もうそろそろ
出来上がりますよ」
「はいっ」
「・・・・」
いや、様子が変すぎる。そもそもご飯が出来上がってないのに、奏さんが食卓に座るなんてありえない。
何か後ろめたいことがあるような奏に、飛鳥は
またもや首を捻る。
「・・・なにかありました?」
「え!?な、なんで・・・」
「様子が変すぎるので」
挙動不審とはこのことである。あんなに
背筋が伸びた奏さんは見たことない。
「こんなもんか・・・」
食器に盛り付けて、食卓に並べる。その際も
奏さんは、緊張しているかのように背筋を伸ばしていた。
「あ、奏さんの好きなお菓子買っときましたよ」
「ありがとう〜・・・」
「・・・本当にどうしたんですか?」
お菓子にここまで反応を示さないのは絶対に
変だ。これはもう聞いた方がいいのか?
そう思って、飛鳥は疑問を投げかけた
「こ、これ」
差し出されたスマホを、手に取る。
「・・・しんふぉにー新人Vtuberオーディション。二次通過おめでとうございます・・・」
「・・・」
「え」
言葉に詰まる。
「今日・・・のは、あの。しんふぉにーの先輩
達同伴の、面接でして」
「はい」
「それで・・・こ、これ」
スマホを操作されて、出されたのは可愛らしい
女の子の立ち絵。
「どう思う?」
「・・・どうといわれても」
どこか品のある表情を浮かべ、聖母のような
微笑みとは裏腹に、瞳の色は情熱を帯びた
真紅。髪は綺麗な長髪の金髪で、その背中には
大きな蝙蝠のような羽根が備わっている。
そして極め付けは、ゴスロリのような衣装。
「これになる」
「・・・は」
理解が追いつかない。目の前の義姉は何を言っているのか。
「その・・・まぁ、はい。なるんですね」
「う、うん」
「えとー、この子は・・・吸血鬼的な?」
「そう!!わかる!?」
その羽根を見たら、誰だってわかるだろう。
「Vtuberになるんですか?」
「あ、はい。そう・・・です」
となれば、先程行っていた面接はクリアしたのだろう。
「おめでとうございます・・・?」
「ありがとうございます」
なんだこれ。俺は一体、何を言えばいいのだ
「このことは・・・健吾さんには?」
「い、言ってないぃ」
「ですよね。・・・いただきます」
早めに言ったほうがいいと思うけどな。なんて
思いながら、出来上がったカレーを口に含む
あ、おいし。
「カレー、冷めちゃうんで。早く食べてくださいね」
「あ、うん。いただきます」
にしても、Vtuberか・・・。
存在は知っているものの、詳しくはない。
最近では、テレビでもチラホラ見る。それぐらいの知識しかない
「あの、飛鳥くんは・・・なんとも思わない?」
「え?あー、まぁ。奏さんがやりたいなら・・・いいと思いますよ」
「ほんと?」
「はい。けど、早めに健吾さんには言っといたほうがいいですよね」
そう言うと、奏さんは机に突っ伏す。
「わぁぁぁぁ、怖いよぉ・・・。絶対、パパ怒るよぉ」
「・・・そんなことないと思いますけど」
なんだかんだで、甘い人である。戸惑いはすれど、実の娘のやりたいことを否定はしないだろう。
「飛鳥くん・・・」
「いやです。言うなら、自分で言ってください」
「ひぃぃん・・・」
もはや涙目である。
「お、お姉ちゃんの言うこと聞けないの」
「それは聞く必要ないですよね」
「いじわる・・・」
いじけちゃった。もう、こうなってしまったら
当分はこの調子だ。
「・・・明日の夜。俺も同席するから・・・その時に、言いましょう」
「飛鳥くん・・・!」
「だから、さっさとカレー食べちゃってください」
「うん!!ありがとう!飛鳥くん」
さて、明日はどうなることやら・・・