木ノ下白奈の戸惑い 2
学校はつまらないのに、いつだって終わるのが遅く感じる。
友達と話す時間は楽しいのに、いつだって終わるのが早く感じる。
「・・・さて、と」
退屈な時間を終えるチャイムが鳴れば、私の向かう先はひとつだけ。約束を果たしに体育館裏へと行かなければならない。
「さっ、しーちゃん。帰ろ」
「じゃあね」
「ちょっとぉ!!本当に行っちゃうのぉ!?」
腕を引っ張ってくる小雪は本当に嫌そうだった。そんな小雪の首根っこを美咲が掴む。
「ほ〜らっ!白奈に迷惑かけないかけない」
「みさみさ!!離してよ!!」
「別に付き合うとか言ってないじゃん」
いまだに暴れる小雪にそう告げるが、どこか不服なご様子。どうやら、返事をしに行く事自体が嫌らしい。
「わからんよぉ〜?橋下くんの魅力にやられて付き合っちゃうかも」
「はっ!」
「美咲は一体なにがしたいの・・・」
小雪を宥めたと思ったら、今度は焚き付けてきた。なにがしたいのか聞いてみたけど、言わなくてもわかる。
あれは、ただ単に楽しんでいるのだ。この状況を。
「んじゃ、お邪魔虫は帰りますよ〜」
「あ、ちょっと!!話はまだ終わってないよ!!みさみさ〜!!離してぇ〜〜・・・」
遠のく2人へ適当に手を振って、別棟にある体育館へと私は足を動かした。
「・・・いない」
どうやら早すぎたらしい。
訪れてみれば、そこに人影はなかった。
「・・・はー」
息を吐いて、手を温める。手袋でも持ってくればよかった。今朝は日が出ていたから、多少は寒さを感じないと思ったのに。
「暇だなぁ・・・」
携帯に入っているソシャゲを開いて時間を潰そうとするけど、手が悴んで上手く動かない。
パズルを操作する指が上手く動かず、途中で萎えてやめてしまった。
優しい冷風が、肌と手を撫でた。
・・・寒い。
少しでもこの優しさに触れない様に、手はコートに隠した。すると、鼻にちょんと何かが触れた。
「あ・・・」
それは次第に、主張を増して。肉眼でも捉えれるものへと変化した。
雪だ。
友人の名前にも付いているソレは、もしかしたら彼女の怨念かもしれない。
なんて、くだらない事を考えていたら息を切らした男の子が、私の名前を呼んだ。
「ご、ごめんっ!!遅くなった!」
「大丈夫」
「はぁ、はぁ・・・。せ、先生が中々来なくて。帰りの会が始められなかったんだ」
ならば仕方ない。この人になんの罪はない
「それで・・・えっと、あ!!寒くなかった?雪が降るなんてね、最悪だよ」
「・・・そう?橋下くんは、雪が嫌い?」
「小さかった頃は好きだったけどね。今はあんまり・・・。ほら、冷たいしさ」
そう言って、彼は近づいて。私に何かを差し出した。
「使ってよ。待たせちゃったお詫び・・・的な」
まだ開封されてない、誰かを暖めることを知らない。新品のカイロ。
「ありがとう」
「俺が悪かったから・・・。それで、その」
照れながら、落ち着くために一呼吸置いて。
何かを決心した様に、私の瞳を見つめる。真剣な眼光。
「・・・貴女の事が、好きです。俺と付き合ってください」
差し出された右手と、下げられた頭。恋人になりたいという想いの込められた言葉。
「ごめんなさい。橋下くんの想いには答えれない」
そう口にしたら、橋下くんはゆっくりと頭を上げて、辛そうな表情で私を見つめていた。
「あ、えと、理由を聞いてもいいかな」
「理由・・・理由は、特にない」
付き合いたいという願望も、付き合えないという理由も、彼にはない。
「そっ・・・か。はは、振られちゃったな」
「ひとつ聞いていい?」
「え?」
どうして、私を好きになったの?
彼はなんて事なく、答えた。
「廊下でさ、俺が教科書を落とした時に。木ノ下さんが拾ってくれたから。その時、好きになったんだ。えっと・・・ギャップって言うのかな?木ノ下さん、怖い印象あったから」
「怖い?」
「ほら、木ノ下さんって銀髪じゃん?だから、最初は怖い印象があって、あんまり話しかけたくなかったんだけど・・・。廊下で助けて貰った時ーーーー、ーーー」
そこからの彼の言葉は耳には入ったが、脳が拾う事はなかった。
怖い印象があったと、彼は言った。
話しかけたくなかったと、彼は言った。
ーーーーじゃあ、あの人は?
「あまり、声掛けられないんで。最初驚きました」
「そうなの?」
「え、その・・・私のこと変とか思わないですか?」
「別に」
「この髪、似合わないとか思ってません?」
「かっこいい」
思い出したのは彼の偏見のない優しさと、避けられてきた不良少女へと向ける薄い微笑み。
「なんで、助けてくれたんですか?」
「え?」
目の前の橋下くんと、あの日の私が一瞬重なった。
違う。
・・・違う。
ーーーーーこれは、違う。
「た、助けた・・・訳じゃない。大層な理由もない。困ってたから、見てられなくて」
「木ノ下さんがその気でも、俺は嬉しくて・・・。多分、一目惚れだったと、思う」
やめて。
頬が熱い。耳が熱い。全身にじんわりと熱が広がっていくのを感じる。
橋下くんから出てくる言葉が全てが、まるで・・・私のーーーー
「だから、と、友達から。俺を知ってほしい」
「・・・ごめん。多分、いくら時間をかけても
橋下くんを好きになることは、ない」
「ま、まって。せめて、もう少し!」
「私、もう行くね」
橋下くんの横を通り過ぎる。もうこれ以上。彼の言葉を聞きたくなかった。
ーーーだって、彼の言っている事は全部・・・
頭をブンブンと振って、無理矢理思考を消し去る。違う、これは違う。そういうのじゃない。
とりあえず、さっさと帰ろう。
半ば早歩きで、校門を出る。早く帰って、身体を暖めよう。風邪引いちゃうかもしれないし。
「木ノ下ー!」
聞き覚えのある。男の人の声。そうだった、彼とはここら辺で別れたのだった。
「・・・と、鳥海、さん」
ーーーあぁ、なんて運が悪いのか。
「今、帰り?一緒に帰ろう」
今はどうしようもなく貴方に会いたくなかった




