プロローグ5
ルーム消滅、いや消滅でなくとも単独でルームに突入したなど絶対に知られてはいけない。知られたら詠がどのような扱いを受けるか目に見えていた。
だから、映像等全てのデータが残らないようにしたかった。
「うてな。」
真子は地下のサーバルームに居るであろううてなに声を掛けた。
「聞こえてる。そっちは結構ヤバそうだね。イータウェイも詠君も。」
「そこまでわかっているなら話は早い。これから先の詠の行動が記録に残らないよう細工して欲しい。」
「そんなのは簡単。アドに頼めば良い。」
「アドに!?」
真子は不思議そうな声で反応する。
アドとはWORセンタービルの管理システムの端末名でうてなが主として構築したAIである。情報管理も行っているが、個人的に情報操作なんか頼めるのだろうか?という心配を他所にうてなは気軽に話しかける。
「アド。やってくれるかい。」
『了解しました。マスターと来栖局長の依頼であれば尽力致します。来栖局長には大切なお人のようですし、私個人としましても興味ある存在ですので。』
あっさり決まってしまった。
「これで余程の事でない限りアドが上手く隠蔽してくれる。」
うてなは一旦言葉を切ったが、気になる事があってかすぐ言葉を繋げた。
「真子が彼にご執心なのは知ってるけど、まさかアドから興味を持っていたなんてね。」
『彼は経過観察対象として最重要な素材です。』
(素材か。まあ、そうだね。)
「最重要ってルームよりも?」
『現時点ではそうです。』
(ルーム管理システムがルーム以外を最重要と認識するのは如何なものかとも思うが、これなら頭の堅い愚かな研究者や指導者の生け贄になるような事もないだろう。)
『補足しますと、私がお手伝いさせて頂く理由の一つとして来栖局長が今後彼とどういう関係になっていくのか興味があるからです。』
「な、何言ってるの。そんなの補足しなくていいから。」
「それはあても見てみたいわあ。』
アドの突然の言葉に真子とうてなそれぞれ独自の反応を示した。
アドという強力な助っ人を得て真子が抱いていた懸念の1つは解消された。しかし、もう1つ大きな不安材料が。それは詠自らが言ったルーム消滅宣言だった。出来るはずがないと思っている。確かに出来れば被害は少なく済むだろう。それは喜ばしい事である。だが、同時に詠が人間以上の力を持っているという証に成り得る。その事に直面した時に自分は今まで通り接する事が出来るのか不安だった。化け物と認識してしまわないだろうか?恐怖に駆られてしまわないだろうか?そう思ってしまった自分を否定しようとして壊れてはしまわないだろうか?
詠は第一擬似ルームを被う隔壁とその外側の隔壁の間の空間で平然と指示が出るのを待っている。
通常目の前でイータウェイが猛威をふるっている所で平然している方がおかしい。
今ですらそう感じてしまっている自分を感じとって欲しくなかった。だから、今は詠だからと納得するしかないと真子は無理矢理腹を括った。
「詠、準備は良い?」
準備といっても装備等何も用意していない。真子は考え得る限りの装備を用意したかった。たが、詠は何も要らないと言った。後は心の準備をするだけだが、詠の方はリラックスしている。いや、遠足出発前の子供ようにワクワクしている感じすらある。
「良い。カウントはゼロでGOでいいか?」
(昔の私の癖。)
記憶がないはずなのに時々出てくる昔の詠。
「ええ。ゼロでGOよ。くれぐれも無理はしないで。生きて帰って来て。絶対だからね。」
強大過ぎる詠。帰還しない詠。詠みの死亡。
いろんなもしかしたらが、グルグル渦巻く中でやっと紡ぎ出した言葉だった。
詠は無言ながらわかったと言うように右手を軽く掲げた。
カウントダウンが始まる。
「5、4、3、2、1、ゼロ。」