プロローグ1
朝から叩きつける様に大粒の雨が降っていた。
「局長。久しぶりの休日なのに生憎な天気になってしまいましたね。」
運転手を務めてくれている鈴木達央隊員が来栖真子防衛省ルーム対策局局長に気軽に話し掛ける。
「そうね。折角、洗濯とか家事頑張ろうと思ってたのにねぇ。」
入隊2年目に突入したばかりの鈴木達央隊員の気さくさは来栖真子をホッとさせる。その為自動車で送迎を頼む時には彼を頼む事が多かった。
雨が叩きつける窓ガラス越しに3週間ぶりの家路の街並みを何気なく眺めていた真子は突然軽い衝撃を受けた。
「どうしたの?」
「すみません。局長の御自宅の前に何かあって」
滝の様に水が流れるフロントガラス越しに目を凝らす。
確かに何か横たわっている。更に目を凝らす。
(人!?)
そう頭に浮かんだ瞬間、真子はドアを開け、土砂降りの中に身を投じていた。何かの罠という考えは微塵も無かった。立場上、命を狙われる事も皆無ではないにも関わらず。
それよりも予感の方が強かった。ここ数日囚われ続けている予感が。
倒れていたのは少年のようだった。鍛えられた筋肉質の身体にまだ少し幼さを残していた。少年はそれが瞬時に見て取れる状態、つまり全裸だった。
「君、しっかりしなさい。」
少年の上半身を起こし声を掛ける。
真子は雨に濡れる少年の顔を見る。
瞬間、フリーズした。頭脳が活動を放棄した。そう、ブレーカーが落ちたように。
少し遅れて鈴木隊員が傘を持って駆け寄る。
「局長。」
近づいた事も声を掛けた事も分かっていない無反応。
「局長。局長。」
動きを止めている真子の身体を揺すりながら声を掛ける。
真子の顔が鈴木の顔を見上げる。
「局長。もっとご自分の立場を考えて下さい。」
真子に傘を差し掛けたまま小声でぼやく。
「ああ、すまない。」
真子はそう言いながら上着を脱ぐ。
「鈴木君。この少年を後部座席に。局の病院に連れて行くわ。」
「勝手にそんな。」
困った声を上げる鈴木。
しかし、真子は有無を言わせない、伝家の宝刀を抜く。
「局長命令よ。」
もうこうなったら梃子でも意見を変えないのは理解していたので、鈴木は持っている傘を真子に渡し、少年を抱えると後部座席まで運んだ。途中自らの上着を目隠しとして少年に掛ける真子の、雨でブラウスが透けて下着がクッキリ見える身体が目の前に来た時は心拍数が一気に上がった。ドキドキ。
病院までの道のりは鈴木にとって幸福な時間だった。何しろ憧れの局長が助手席にいたのだから。後部座席に意識の無い正体不明の少年というお荷物があれど。
当の真子は少年の事だけに頭脳をフル活動させていた。
一週間後。
RRRS本社の会長室。(RRRS:ROOM RAPID RESOLVE ASSOCIATION )
まるで意図して作られたかの様な虚飾に満ちた豪奢な部屋で来栖真子と平坂維新は対峙していた。
「私共が保護した人物はほぼ平坂会長のご子息であると推察されます。」
真子は目の前の平坂維新にタブレットを提示した。
維新はそれを見る様子もなく、真子に話し掛ける。
「『ほぼ』か。随分曖昧な言い回しだね。」
「画像、生化学等可能な限りの検査を行い、99%人類であると結果を得ておりますし、出撃前に遺書と一緒に遺された毛髪とのDNA鑑定でも99%本人と一致しています。」
「ルーム対策局の設備及びスタッフの技術は優秀であると自負しております。」
真子の言葉に維新は軽く微笑む。
「私も検査に関しては一目置いているよ。ただ・・・。」
ここで一旦言葉を切る。
「ただ20年もの間、人がROOMで生存出来るものなのか。」