【2-15】先手
今日する事に緊張してしまったせいで深い眠りには付けず…まだ明るくはないのに気持ちがはやってしまったせいかベッドから体を起こしてしまいました。
外を覗いてみると夜が明け…いえ、まだ明けたとは言えないでしょうか?
異世界でもお日様は同じように上り始めるようですけどまだ外は暗いですねず。
「管理者の本」で確認をしてみますが…まだあの集団は動いていませんね。
どうやら予想通り揉めたままで動けずにあの場所で野営をしたのでしょう。
それは私にとってはとても好都合です。
私は外に出るとスノーシルフとヒポグリフと合流して森を北へと進みました。
そして日が昇り始めて明るくなり始めた頃合いに見張りをしていたウルフと合流を果たします。
そこでウルフを見て思ったのは…しまった、よく考えなくてもウルフは一晩中見張りに張り付けていたのでほとんど寝てないという事になるのでは?
これは私のミスですね、今後は戦力のローテーションも考えなければいけないでしょう。
だけど、今日は山場なので仕方ありません。
寝不足でつらいかもしれませんがもう少し頑張ってもらう事にしましょう。
私は眷属たちに命令をそれぞれ伝えていくとそれぞれ配置につくよう伝えます。
それでは伸るか反るか異世界での私の最初の戦いを始めさせていただくとしましょう。
相手の位置、人数がわかっているというのは非常にアドバンテージで戦う時に可能性を考える部分が大幅に削られより自分達が有利になるよう考えることができるのでいい事しかないですね。
ある程度近づいたのですが…相手の反応はありませんね。
…ひょっとしてですけど、寝ているという事はありませんよね?
まさかこんな荒野で追われてる身でありながら見張りも立てずに…と思ったのですけど…本当に反応しませんね。
えーと…どうしましょう?
途中で相手に静止されて会話を試みる…またはそこで開戦する予定でしたけど…予定が崩れました。
それなら私から声をかけて反応を見てみようかしら?
「すみませーん!何故こんな所にいるのですか!?危ないですよー!?」
全く思ってもいない事を目的の人達へ叫んでみると馬車の周囲で慌てた声が上がり始める。
どたばたと何をしたらいいのか混乱しているようですけど…。
「何事だ!?追っ手か!?」
「見張りはどうした!」
「昨日手が足りないからそっちの商会に任せたのにどうなってるんだよ!?」
「駄目!うとうとして寝てたみたい!ちょっとそこどきなさい!」
…本当にゆっくりと寝てて見張りがいないとは思いませんでした。
犯罪者で追われてるのに危機感足りなさすぎないかしら?
こちらの世界の人間にも言葉が通じる驚きよりも呆れが先行していましたけど、つられてこちらも馬鹿になってはいけませんね、気を引き締めないと。
少し待っていると剣を抜いた女を先頭に後ろで恰幅のいいふっくらとした男の二人がこちらに向けて歩き出し周囲を確認し始めてますね。
「ちょっとした事故でとどまっていただけだ!」
「それよりもそこの女!珍妙ないでたちだな…我等に何の用だ!」
なんでこの状況下で高圧的に出れますかねこの人達は?
いや、女が一人で武器も持たずにいるのですから人数差で強気に出る事もあるとは想定していましたけど…その事について何も怪しいとは思わないのでしょうか?
「いえ、ただ単にですね…」
「待てい!お前一人か!?どうなんだ!?」
「まあ一人ですけれど?」
私の回答を聞くと何故か不審者である私の前で相談を始めてるしこの人達…
まあこの距離…唯一危険なのは弓矢だけなのでそこを完全にこちらで押さえている以上は勝手にコントでも何でもしてください。
あ、魔法についての心配はしていません。
ここにいる人たちが魔力を持っていないという事を昨日のうちにスノーシルフから聞いていますので。
「本当にあいつ一人か?」
「うーん…間違いないね。あっちは一人だよ?しかも身のこなしが素人だし…間抜けそうな顔をしてるし馬鹿みたいに興味本位で近づいて来たんじゃないかな?」
「そ…そうか!ならさっさと殺してしまえ!目撃者なぞ残しておいていい事はない!そこらに捨てておけば、ばれはすまい!」
「いや待て!あの女珍しい物を着ているぞ!なんとか捕まえられんか!?」
「あー…まあ生捕りなら依頼に無い話だし追加料金が欲しいんだけどよ?」
そういう不穏な話はこちらに聞こえないようにしてするものだと思うのだけど完全にこちらをあなどっているのか平気でやっていますね。
そして随分と待たされてようやく話がまとまったのか剣を持った女が少しだけこちらに近づいてきました。
…そろそろですね。
「動くな!動かなければ命だけは助けてやるよ!おい!こいつが動いたら撃てよ!…何をやってるの!さっさと矢をつがえて!」
「え!?正気!…ああもう仕方ないわね!」
馬車の上にいるもう一人の護衛がようやく動き出し弓を構え始めます。
だけど私達はそれを待っていたのです。
私に注意を向けて隙だらけになった己の迂闊さを今から呪っていただきましょう。
「気の毒だけどそこから動くと矢でぐひぃ!?」
いきなり変な悲鳴をあげた弓を持つ女に相手集団の注目が集まります。
そして弓を持った女は恐れを顔に浮かべながら振り返ろうとして…。
「ぎぃやぁあ!?」
振り返ることはできずそのまま背中を逆海老のように逸らせながら馬車の上から吹き飛んでいき…いやこっちへ飛んできます。
弓を手放しても受け身も取れずに頭から地面に突っ込むとその勢いのまま転がり続けて私の左の方でようやく止まりました。
その場にいる全員が呆然としていますけど私はその女の背中に氷片が何本も突き刺さっているのを確認し、スノーシルフが氷魔法と風魔法を使ってうまくやった事を確信しました。
「は…話が違うじゃないか!?もう一人いるぞ!どこだ!」
「卑怯者めが…本当に大丈夫なんだろうな!?」
いきなりの事で混乱しているのがよくわかります。
ですけどそんな危機的な状況で内輪もめなんてできますね。
周りに注意を払わなくなったのは私からすればありがたいのですけど…本当にこんなにうまく行っていいのかしら?
想定よりもうまく行きすぎていて逆に不安になります。
「うるさいわね!本当に一人しか気配はなかったのよ!それよりもここは危ないわ!あんな死にぞこないは放っておいて早く逃げないと…え!?」
非生産的な内容で口だけがうるさい商会長に指示を送ろうとしていた最後の女の護衛ですけど、何かに気付いて振り返り空を見上げた時にはすでに手遅れでした。
何かが空から降下して女の胴を大きい前足で踏み潰します。
衝撃音に身体が防具ごと潰れ砕ける音に女の悲鳴…その上では高空から降下してきたヒポグリフが物足りなさそうな表情を浮かべながら見下ろしています。
「グゥヘ!ゲホ!な…何でこんな大型の魔物がぁ!?いやだ死にたくぅ!?」
女は血反吐を吐きながらももがいていましたけど無情なヒポグリフによるついばみにより頭を食われてそのまま絶命しました。
これで相手の戦力はほぼ無力化できたと考えていいかもしれません。
それは相手もわかったのか後ずさりをじわじわと始めています。
ですが立て直したり逃がしたりする時間は与えません。
「ひぃ!?助けてくれ!」
後ろの方でこの状況を眺めていた商会の下っ端の男が一人悲鳴を上げます。
注意がそれているのをいい事にウルフが足に噛みつきそのまま引きずってかぶりついています。
いいタイミングです。
「う…後ろにも!?」
「一体敵は何人いるん…ぎゃあぁ!?」
そして油断をしている所に氷片の嵐が襲い掛かり、何人も身体にささり悲鳴をあげていきます。
既に相手は右往左往しておりもう混乱の極致でしょう。
あっけない…と言っては不謹慎かもしれませんけど今しかないでしょう。
私は大きく息を吸い込むとその場にいる全員に聞こえるよう叫びます。
「全員降伏するならそこに腹ばいに伏せて手は頭の上に置いてください!従わない場合は殺しますよ!」




