5、帰宅
アーヴィンが牢に入れられて三日が経った。
「面会だ」
兵士がやって来て、アーヴィンに声をかけた。
「……」
アーヴィンは兵に言われ、ふらふらと立ち上がった。
「アーヴィン、もう大丈夫だ。私が助けに来た」
「ケネスさん」
暗い牢獄の中にケネスの声が響いた。
「手続きが終わり次第、お前は解放される。ただ、ひとつ残念な知らせがある」
「……何ですか?」
アーヴィンは嫌な予感がした。
「お前の母親が亡くなった」
「母さんが!?」
アーヴィンは思わず檻を両手で掴んだ。
「毎日様子を見に行ってたのだが……今日の朝、訊ねたときにはもう……」
ケネスは申し訳ないというような表情で俯いた。
アーヴィンは体中の力が抜けるのを感じた。
「明日には、牢を出られるだろう」
「……ケネスさん……母さんが居ない今、牢獄を出ても……僕はひとりぼっちです」
ケネスはアーヴィンをなぐさめる言葉が見つからず、ただ沈黙していた。
翌日、アーヴィンは朝早くに目を覚ました。
兵士の足音が聞こえる。そして、兵士はアーヴィンの牢の前で立ち止まった。
「アーヴィン、お前の無実が証明された。牢を出て良い」
牢獄の鍵が開かれ、アーヴィンは自由の身となった。
牢から出ると、ケネスが迎えに来ていた。
「アーヴィン、手続きに手間取ってしまって申し訳なかった」
「いえ、ありがとうございました。ケネスさん……」
アーヴィンの目は赤かった。
眠れなかったのか、泣き続けていたのか、判断はつかなかったがケネスは何も訊ねなかった。
「帰ろう、アーヴィン」
「……はい」
ケネスはアーヴィンに、彼の剣を渡した。
二人がアーヴィンの生まれた町に帰ると、豪華な馬車が盗賊団に襲われていた。
「アーヴィン、助けよう!」
「……ええ、ケネスさん」
二人はそれぞれ剣を構え、盗賊団に向かっていった。
「あ? 死に損ないの老いぼれと、犯罪者のアーヴィンじゃねえか」
「マックス! 貴様懲りていないのか!?」
「何に懲りると言うんだ? 俺は今まで通り仕事をしてるだけだ」
マックスは馬車の中をのぞいて笑った。
「今日は中々の上玉が手に入ったな」
「マックス! すぐに馬車から離れろ! さもないと……」
アーヴィンは剣を構えて、マックスに近づいた。
「おいおい、今までの恩を仇で返すつもりか? アーヴィン」
「お前の所為で……母さんは一人で……死んだ」
「人の所為にするんじゃねえよ。この世界は弱い者が死ぬって教えただろ? アーヴィン」
「うるさい!!」
アーヴィンはマックスに斬りかかった。
マックスは両手にナイフを持ち、アーヴィンの剣を受けた。
「強くなったな、泣き虫アーヴィン」
「マックス、もう、お前の言うことは聞かない!」
アーヴィンはマックスから一歩離れると、体制を整えてもう一度、剣をふるった。
「アーヴィン、他の奴らは任せろ」
「お願いします、ケネスさん」
ケネスも剣を抜き、盗賊団を端から倒していった。
「お前ら、真剣に戦え!」
「マックス頭領、このジジイは強すぎます!!」
盗賊達の返事を聞きケネスは言った。
「おしゃべりする暇があるのか?」
ケネスは盗賊達の腕や足を狙い、彼らが動けないようにしていった。
「さあ、残るはマックス、お前だけだ」
「アーヴィン、調子に乗るなよ!?」
アーヴィンの剣がマックスの頬ををかすめた。
次の瞬間、アーヴィンはマックスに体当たりをした。
アーヴィンが倒れたマックスに馬乗りになり、剣を高くふり上げた。
「もう、この町から出て行け! マックス!」
アーヴィンの剣が、マックスの耳を切った。
「……ちっ、言われなくても出て行ってやるよ……」
マックスは盗賊達を連れて、町を出て行った。
アーヴィンとケネスは残された怪我人達を助け、馬車の扉を開けた。
そこから出てきたのは、王妃だった。
「剣聖ケネス、アーヴィン、助かりました。ありがとうございます」
「いえ、大したことはしておりません」
ケネスが答えた。
「なぜ、この町に王妃が来たのですか?」
アーヴィンが王妃に尋ねた。
「アーヴィンの保証人が剣聖ケネスだと分かったので、我が国の騎士団に招き入れようと思ったのです」
「そのためだけに、王妃がわざわざいらしたのですか?」
ケネスはいぶかしげな表情を浮かべた。
「はい。ケネス様は王国の命令による戦いで盟友を失ってしまいました。この件を境に、一人旅に出たと聞いております。……王家の呼び出しには応じないと考えました」
アーヴィンは王妃とケネスの話を聞いて、二人に言った。
「僕は、関係ないようなので家に帰ります。母の弔いをしてあげたい……」
「……アーヴィン。お前の母親はもう、共同墓地に埋められている」
ケネスが辛そうな表情でアーヴィンに伝えた。
「……そうですか……」
うなだれるアーヴィンに王妃が声をかけた。
「アーヴィン、貴方の母親にも話があったのです」
「母に?」
「はい。貴方の手にしている剣は、先代の王から貴方の父親に送られた物です。アーヴィンの身元が確認できれば、盗賊団に属していたという疑いがはれます」
王妃の言葉を聞いて、アーヴィンは不思議に思った。
「何故、そこまで僕を気にかけているんですか?」
アーヴィンの質問に、王妃はアーヴィンの目を見つめたまま答えた。
「……騎士団長を軽々と倒した逸材を逃したくなかったのです」
ケネスが口を挟んだ。
「アーヴィンは、母親を亡くしたばかりだ。しばらくそっとして置いてくれないか?」
「……そうですね」
王妃は怪我をした兵士達と共に王都に帰っていった。
「さあ、アーヴィン。家に行こうか」
「はい、ケネスさん」
二人はしばらく歩き、アーヴィンの家についた。
「……ただいま」
アーヴィンの声に返事はない。
主人の居なくなった静かな部屋は綺麗に片付いていた。
「母さん……一人で父さんの所に行かせてしまって……ごめんなさい」
涙を流し震えるアーヴィンの肩に、ケネスはそっと手を置いた。