世界観を999億円で売った男
Report on the paradigm shift
オークションの結果、ゲームのセーブデータが999億円で落札された。
「安すぎる」
プレイヤーは皆そう呟いた。
たったの999億円。
売れたのは、ゲーム『ブロックラフター』のセーブデータである。
ブロックを組み合わせて作品を創るゲームだ。
ゲームの中なのだから、無限にブロックを置く事ができる。
うさぎの森から天空の城まで続く冒険道のような――世界規模の創作ですら可能。
『ブロックラフター』は、2011年にスウェーデンの天才ゲームクリエイターが開発した『ブロッククラフトゲーム』というジャンルに新要素を加えたものだった。
『ブロックの組み合わせで、新たなブロックを開発できる』という要素である。
例えば、制作した『シンデレラ城』をブロック化して、海に無数の『シンデレラ城ブロック』を重ね置く事で、海をシンデレラ城で埋め尽くす事ができる。
さらにその『シンデレラ城海』もブロック化できるので、宇宙をシンデレラ城で満たす事すらできる。
ぽん、ぽん、ぽん、と1タッチで世界を拡大できる。
そんなゲームで作られた『ワールドデータ』が、999億円で落札された。
データ名は、『夜ノ文化祭』。
歴史的なオークションである。
しかし前後の系譜を鑑みれば、伝説の一つの到達点に過ぎない事もまた明白である。
そもそも2020年代後半の時点で、既にブロッククラフト(サンドボックス)ゲームの『ワールドデータ作品』は芸術としての地位を確立していた。
ネット上に投稿された実況動画とその再生回数は天文学的な数値を記録していた。
個人が発表したデータに有料でアクセス可能とするサービスの誕生なども権威化に繋がっていた。
私立小学校では「わたしの町作り」と称して教育にも導入されている。
役者と合成して映画のセット代わりに使用される事も珍しくない。
少数ながら、優れた作品の使用権には、億の単位が付くことはあった。
しかし、999億という世界的な大ヒット映画ほどの額が付けられたのは、初めてだった。
そんなワールドデータ『夜ノ文化祭』の開設者の名は、那由多メグヲ。
日本を代表するアニメーション映画監督である。
『夜ノ文化祭』というネーミングは、彼が監督した映画のタイトルでもあった。
那由多は、その類い希な想像力と表現力で魅惑の世界を作成した――のではない。
彼は、ブロックを置いて世界を作る『ブロッククラフトゲーム』で、たった1つの【スタートブロック】しか置いていない。
彼が作ったのは『ブロック』そのものだった。
ただ置くだけで。
並べるだけで。
誰もが那由多アニメのような世界を創造できる――そんなブロックを作った。「自分が那由多アニメの世界をつくるなら、こうする」
そんな夢のような体験――天才の腕を手に入れたような体験を、那由多は提供したのだ。
『那由多ブロック』最初の使用者は、那由多の仕事仲間だった。
制作スタジオのメンバーが、スタートエリアを中心に世界を築いていったのだ。
そして公開ワールドとしてネット上に投稿すると、誰もが自由に那由多ブロックを置く事ができるようになった。
それがいつの間にか動画サイトに投稿され、徐々に実況配信者や、そのファンが増えていった。
多くの人間が那由多ブロックの魔力に魅せられ、1つの世界の制作者になっていった。
世界の拡張速度は、異常だった。
『那由多ブロック』はもはや人々の創作意欲を無限に刺激する装置と化し、公開から一ヶ月で常に1万人のプレイヤーがゲーム内で作業をするようになった。
五ヶ月後、最初に大作と呼ばれたエリア『天翔薔薇海』が成立した頃には、アクティブユーザー数は10万人に膨れ上がった。
さらに一年後には、1000万人になった。
常に1000万の人間が存在する世界。
しかも、ただ通り過ぎるだけでなく、創作意欲が続く限り、留まり続けるどころか自ら拡張していくメタバース。
企業が黙って観ていない。
ワールドデータ内に、通信キャリアやファストフードの大看板が並び立つようになった。
スタートエリア付近や有名作のある『名所』では、ブロックを自由に置ける権利の売買、『地価』が発生するようにまでなった。
それが、売却の理由だった。
予想以上に世界が肥大し、利権すらも発生するようになった『夜ノ文化祭』は、もはや個人が管理するには難しくなっていたのだ。
そもそもが自主開発に近い同人ゲームなので、権利の問題に関してはガイドラインが存在しない。
なにより那由多メグヲ本人が、利権の運営に興味を示さなかった。
那由多は開発者と相談し、同意を得て、ゲーム内作品の『夜ノ文化祭』を売却した。運営を可能とする組織の手に委ねようとしたのだ。
そしてセーブデータ所有者権限――つまり、来場者を追放する事も、来場者が作ったエリアを消去することも、世界の全てを消すこともできるセーブデータの管理権、即ち『アカウントIDとパスワード』をオークションにかけた。
落札者は、アジア最大手のITテクノロジー企業『銀河』。
CEOが那由多アニメのファンだった事が入札のきっかけになった。
落札価格の九九九億円は、ナラティブを有したメタバースとしては安すぎる。
2020年代前半の時点で、メタバースが数兆円規模の事業となっている事から見ても破格であった。
オークション開催の告知後、やはり富豪達は一兆円以上の入札を宣言した。
しかし実際の落札価格は、999億円。
その理由について、那由多はこう答えている。
「1千億はいらない。必要以上のものは持ちたくない」
彼は落札価格を設定していたのだ。
那由多の手を離れても、世界は肥大した。
そのピークは、オークションから18年後の2050年に訪れる。
時の財務大臣による「愛おしい時代が、ひとつ、終わりました」という宣言によって日本で現金の発行が終了したその年。
アカウント数が10億に達した『夜ノ文化祭』は、天の川銀河と同等の広さに達した。
当時に、世界経済の1%を掌握した。
夜ノ文化祭独自の通貨『BCV』が、勢力をそこまで強めたのだ。
BCV(Block crafters Credit Value)。
人気の作品やその近くには『地価』が発生し、ブロックを置くためには信用値BCVを消費する。
BCVとは、いわゆる『評価経済』的な通貨概念である。
NFT(Non-Fungible Token)の仕組みも応用されている。
創作関係者としての評価値をリアルタイムで算出し、反映する。
その値がBCVである。
一部の優れた創作者は、BCVを他の通貨に換金する事で夜ノ文化祭の収入だけで生活している。
BCV算出の元となる評価には、来場者数やブロックの使用率、ネット上の言論が影響する。
また、他者が作ったブロックやエリアを材料に縮小や拡大、分割、合体させて新しいブロックを作る事もできるので、その場合、材料になったブロックの作者にも『影響度』としてBCVが入る。
この点が、影響力が強いが興行的に大ヒットほどは振るわないクリエイターに対する救済措置になっている。
オリジナルブロック自体に使用料を設定する事もできるし、無料公開して印税だけを得る事もできる。
ブロック以外の要素にも、そんな風に『影響度』がBCVに加算される仕組みはある。
たとえば『ゲーム内演劇商品(役者がVR空間上で脇役を演じ、主役を演じる客をもてなす娯楽)』のシナリオでは、「これは作品Aのシナリオに影響を受けている」というようなネット上の評価が、その作品Aの作者のBCV収入になる。
評論家にも同様にBCVが入り、『感想そのものに対する評価の感想』や『イイネ数』、『☆の数』なども、BCVに影響を与える。
流通するBCVの総量は、ワールド全体の時価総額によって増減される。
民主的に選ばれた公式の文化祭実行委員会によって、「今はワールド拡張を推奨すべき」と判断された時などは、☆1つあたりに得られるBCV量が増える。
言論面に関しては、人間による評価をAIが測定するというものだが、当然不満も出る。
そこで誕生した『評価調整士』は、ユーザーから依頼を受けて依頼主の利益になるような行動をする、弁護士的な立場の職業である。
キャッシュレス化が完全になりつつある世界で、人々は使用する通貨を自分のライフスタイルに合わせて選択していた。
そんな中、総合芸術娯楽の集う『夜ノ文化祭』のBCVは、創作者や遊戯者の人気を集めたのである。
ついには横浜みなとみらいエリアに『夜ノ文化祭特区』が誕生し、VRコンタクトレンズを起動したまま散策できるなど、現実とみなされていた場所を浸食し始めた。
だが、そこが頂点だった。
2050年8月。
『夜ノ文化祭』集大成のイベントとして催された『劇場版の一日』にて、人類史上最大のブロックワールドは崩壊した。
あるいは、花火を盛代に散らして価値の大部分を失った。
過去最大の広告収入を『ワールドの崩壊』という形で得た後に、衝突と爆発を繰り返す銀河のような世界は、焦土と化してしまった。
その一連の出来事は、『評価経済崩壊危機』と呼ばれている。
危機で済んでいるのだから、連鎖的に他の評価経済圏が崩壊する自体にはならずに済んだ。
しかし危機ではあり、再発防止のために策を講じる必要のある出来事ではある。
いったい、何が起きたのか。
きっかけは、『夜ノ文化祭』で発生した三種の合法的怪奇現象だった。
怪人【オルターエゴ】――那由多メグヲの評価を乗っ取ったアカウント。
怪世界【ファフロツキーズを喰らう森】――那由多メグヲの映画作品にも登場する『怪世界』。
ファフロツキーズとは怪雨のことで、空から魚やカエルなどあり得ないものが降ってくる現象を指す。
それを食べる『ファフロツキーズを喰らう森』は、映画では絶えぬ台風によって空に浮かび、風によって地上を巻き上げ、養分にしている。喰った者を消化しても出さないので、ファフロツキーズという概念そのものを食べていることから劇中で名付けられた。
夜ノ文化祭では膨大なBCVによって、エリアの核心的なブロックを吸い上げていく怪世界となっている。
『公共空域』を漂い、時折下降してはエリアを吸収している。
怪人気【幻の島】――誰も見たことがないにも関わらず口コミ評価ランキング新着1位に君臨するエリア。
これら3種の現象が全て合法的に発生し、有機的に作用した結果、夜ノ文化祭の99%が崩壊した。
最初に現れたのは、怪人【オルターエゴ】である。
【オルターエゴ】を果たして犯人と呼ぶべきか否かは、未だに議論の対象となっている。
なぜならそのアカウントは、法に触れることなく那由多メグヲの物であるべき膨大なBCVを乗っ取ったからである。
【オルターエゴ】は、一度も『私が那由多メグヲです』と騙ってはいない。
その必要すらなかった。
後のインタビューで、本人がこう答えている。
ただブロックを用いてエリアを制作するだけで十分だったわ、と。
「謎のアカウントが那由多メグヲのBCVを乗っ取っているらしい」という噂を聞きつけた人々が、運営や警察に通報を入れてはいる。
運営もはじめは、「ハッキングなどによる乗っ取りの疑念」で調査を開始していた――『那由多メグヲの信用』という金脈を、誰かが電子的な犯罪で奪ったのではないか?という線で調査した。
しかし、警察や運営会社の調査、そしてAIの診断では、そのような事件は起きていないとの結果が出た。
那由多メグヲ本人も確認をとられたが、やはり彼ではなかった。彼はわざわざ自分の所持するメールアドレスやアカウントを見せてまで否定した。
しかしそれが分かった所で、広告主達の不安は増すばかりであった。
ハッキングなどのサイバー犯罪が起きていないのなら、情報開示を求めるための正当な根拠が何もないからである。
後の報告書で、評価調整士は【オルターエゴ】の手口を以下のように結論付けている。
――問題の怪人は、人々の「この人が那由多メグヲであってほしい」という願望を巧妙に刺激することで、『自他共に認める』の『他』だけを認めさせ、那由多メグヲに成りすましていた。
その具体的な手段には、那由多メグヲと思われるほどのブロックメイクの技術と、夜ノ文化祭の参加者の多くが制作者であり那由多メグヲの影響を受けていることを利用していたとされる。
『夜ノ文化祭』において、那由多メグヲは全員にとっての目標のような存在であり、「この人にこんな風に認められたい。関わりたい」という願望の対象である。
その那由多メグヲほどの技術の持ち主であるオルターエゴの使用ブロック因子を閲覧すると、ユーザーは自分のエリアを縮小・融合し使用した記録を見つけ、喜びに浸る。
そのようにして【オルターエゴ】は膨大なデータを巧みに操りながらも作品として成立させることで、『那由多メグヲの再来、否、そのものなのでは?』という心理をついていたのである。
たしかに【オルターエゴ】の作品には「未公開の那由多映画のよう」だとファンに思わせる魅力があった。
その最たる例が、【オルターエゴ】の代表作『海の底の腐った部屋』という迷路に見られる。
迷路を攻略すると、那由多メグヲのファンなら分かるような映画のオリジナル言語で『ここに辿り着いた者には、私があなたの想定する人物である事を伝えよう』というメッセージが隠された部屋に辿りつく。
夜ノ文化祭にのめり込んでいる者ほど那由多メグヲの事を強く意識しているので、複雑な迷路攻略の達成感と相まって、制作者を那由多本人だと思い込みたくなる気持ちが強くなるという構造があった。
しかもそのエリアのブロック因子を調べると、ごく僅かにプレイヤー自身の作成エリアを縮小加工したものが入っているのだから、まるで神の承認を受けた気分になる仕組みである。
このようにして【オルターエゴ】は、「この人が那由多メグヲであるべきだ」という風潮を、コアなユーザーを中心に広めていった。
そのコアなユーザーの言論を観て新規層も「こんな風に捉えるのがツウらしい」と思うので、【オルターエゴ】の存在感は加速度的に高まっていった。
さらに【オルターエゴ】が信用スコアをアカウントに紐付けていないという点も、偶像としての神秘性を担保していた。
BCVを他の通貨に換金する術も放棄していたのである。
そこまで来ると、ゲームを提供する運営会社は、ルールを守ってプレイしているに過ぎない【オルターエゴ】の正体を公表する事ができない。
有名人でありながら、誰なのか分からない――だからこそ、誰でもありえる。
感情移入のための没個性。
RPG(演劇ゲーム)の本質が【オルターエゴ】には宿っていた。
皆が「あの人が那由多メグヲであってほしい」と願い、そのような評価を下し続けたからこそ、その怪人は存在し続けていた。
本物の那由多メグヲでなく偽物の【オルターエゴ】である事が、ユーザーの得になってしまっている。
その時点では一般ユーザーの誰も損をしていないという、異常な状況が発生していた。
しかし、そのままではBCVそのものの信用が下がり、夜ノ文化祭は商業的に成り立たなくなってしまう可能性がある。
那由多メグヲではない人間が那由多メグヲとして評価されるのでは、嘘の世界だ。
信用を基本に成り立つ世界で、それはあまりにもリスクが高い。
また、同時期に出現した怪世界【ファフロツキーズを喰らう森】の事件も、虚像としての那由多メグヲを求める気持ちに繋がっていった。
森が通過しブロック作品を更地に変えられた後の人々は、どこか晴れやかな気持ちにすらなるという。
たしかに森が通過した跡には、那由多映画のエンディングのような美しい無常観が漂っていた。
「森が来たことで、那由多メグヲに認められた気分になった」
そんな証言も多く残っている。
調査には、広告主から依頼を受けた全世界の評価調整士が参加した。
警察では動けない事案だからである。
まず彼らは、【オルターエゴ】が果たして【ファフロツキーズを喰らう森】の作者なのかどうかを突き止めようとした。
BCVと信用社会によって安易に他者の作品を壊すことができないという状況を逆手に取った【ファフロツキーズを喰らう森】は、それこそ全てのブロックの祖を生んだ那由多メグヲのような存在でない限り、個人には生み出せない。
森の作者名は『ブロックを吸い上げる』などのパラメーターを設定してあるコアブロックを見れば分かるはずだった。
しかし表面部のブロックには、それまでに吸収した数々のエリアの作者名が出てくるので、森の核心部にあるはずの作者名までは簡単には見られない。
アバターを使って森に乗り込めばコアブロックを探せるはずだが、膨大なBCVの置き換えによって強制的に『サバイバルモード』にされてしまった状況下では、クラフト用の無敵飛行モードを使えない。
かなりのアスレチックスキルがなければ、たどり着けない。
中には入れたとしてもパラメーター変更が他のブロックにまで影響していた場合、最初の『種』がどこなのかすら分からない可能性も高い。
運営がその力を持って特定したとしても、やはり不正アクセスの類でない以上は個人情報を勝手に公開する事もできない。
特定・発表の困難さが、評価調整士達を悩ませた。
特に不自然なのは、オルターエゴ個人のBCV収入では、どう計算してもあれほどの森を運用できない点だった。
まだ全てのユーザーに100%那由多メグヲだと認識されているわけではないにも関わらず――それが夜ノ文化祭全体の信用がその時点でまだ崩壊していない要因ではあるが――あの森が存在するのは、他にBCVを出している出資者がいるからか?
それとも、【オルターエゴ】は無関係だからなのか?
その事を、まず評価調整士達は突き止めようとした。
唯一の手がかりは、誰も見たことがないにも関わらず評価ランキング1位に君臨するエリア【幻の島】だった。
【ファフロツキーズを喰らう森】も夜ノ文化祭内で作られたエリアの一つなら、必ずどこかに発生地点があるはず。
それが【幻の島】なら、辻褄が合う。
だが、調査は難航する。
まずインターネット上の書き込みから調べられたが……
《なんか行ったことのあるような気がするけどなぁ》
《みんなのコメントから想像して絵にしてみました!こんな感じかな?》
《正解が何かわかんねーから、なんとも》
《でも見覚えあるよ!どこだっけ?これ》
《絵ウマ!近いけど、ちょっと違うかな、もっと懐かしい感じ。那由多アニメに似てるのよ》
というように、幻の島は、表面的には本当に誰も訪れた事のないエリアだった。
人々の言論だけの中だけに存在し、いつの間にか口コミだけで評価され、その人気が、急上昇していた。
行き詰まっている間にも、【ファフロツキーズを喰らう森】はエリアを破壊していった。
そして、コンペティションに参加していた高校の部活動のエリアが破壊されたとき、隠居していた那由多メグヲが、ついに協力の姿勢を見せた。
何かのヒントになればと、自身の信用スコア情報を評価調整士に公開したのである。
それは確かに有効な情報だった。
怪人【オルターエゴ】
怪世界【ファフロツキーズを喰らう森】
怪人気【幻の島】
3種の合法的怪奇現象には、どれも那由多メグヲの作品や作家性が強く影響しているからだ。
そして一人の評価調整士が、興味深い発見をした。
ネット上に投稿された【幻の島】のイメージイラストや再現エリアが、那由多メグヲの信用スコア情報の中にある『学生時代の旅行先』の景色と似ていたのだ。
評価調整士たちは、さっそくその宮城県北部の町に出向いた。
ただ歩き回るだけではやはり何も見つからなかったが、そこから先に進むためのヒントも、信用スコア情報にあった。
学生時代の那由多メグヲは、レンタサイクルを利用していた。
そのサービスは速度や走行地点の情報を公開する事で有利な条件で自転車を借りられるというもので、情報は信用スコアの交通情報の項目にも反映される。
調整士が学生時代の那由多メグヲとまったく同じ場所と速度で走り抜けながらVRコンタクトレンズを起動し夜ノ文化祭のAR版をつけてみると、その状態でのみ海に『島』が見えた。
そこが【幻の島】の正体だった。
早速アバターを向かわせると、一連の事件の真実が明らかになった。
まず、島のブロックに書かれていた作成者のアカウント名は【オルターエゴ】だった。その時点で『オルターエゴ=幻の島の作者』の図式が成立した。
そして幻の島の内部には、那由多メグヲが卒業した横浜磯山高校が再現されていた。
校舎内では那由多が在籍した当時のように、下駄箱の名前などが表現されていた。
そこでまず明らかになったのは、『夜ノ文化祭』という名の由来である。
人々は、このメタワールドの名の由来は那由多映画のタイトルにあるとして納得していたが、その映画にもまた、由来があったのである。
『夜ノ文化祭』とは、テレビ番組『26時間テレビpresents高校密着!キャッシュレス文化祭』のために那由多とその仲間たちが企画した文化祭のタイトルだった。
その企画書が、ブロックで作られた校舎内の那由多メグヲの席に、アイテムとして置かれていたのである。
番組の企画は、まだキャッシュレスが十分に馴染んでいなかった日本で普及するために通信キャリアがスポンサーとなって提案したもので、準備の段階から高校生に密着するというものだった。
高校の『夜ノ文化祭』で那由多は、自身の生まれ故郷である宮城県と当時住んでいた横浜の町を繋ぐような『演劇物語』を考案し、その資料作りのために宮城の港町で自転車の旅をしていた。
そんな那由多メグヲの原風景を反映した景色が【幻の島】にはあった。
学生時代の原風景は、当然彼の映画にも深い影響を及ぼしている。
ファンはその映画を何度も見て、ブロックの世界に反映し続けた。
そうしていつの間にか【幻の島】は、まるでファンによる『文体模写』のように口コミランキングに浮上したのである。
ワールド『夜ノ文化祭』がそもそも那由多メグヲの世界を再現するかのように建築されていったのだから、人々の共通イメージとして原風景【幻の島】が意識されるのは避けようのない事でもあった。
AIがオルターエゴの作品を正当な【幻の島】としてランキングにカウントしたのは、ワールドの開設当初に那由多メグヲのために作成されたこのエリアこそが、最も口コミで語られた要素を満たしていたからである。
まさに幻の島は、夜ノ文化祭のAlter Ego(他者の持つ自我)のように、誰にも見つからないまま存在し続けたのである。
そして、謎が生んだ謎もすぐに解けた。
高校の『夜ノ文化祭』は、なぜ幻になったのか。
幻の島内部の校舎に存在する黒板に書かれた日付けが、答えを告げていた。
4月7日。
那由多メグヲの企画書に記載された年と照らし合わせると、2020年4月7日。
それは、日本で初めて、新型コロナウイルス感染拡大を受けて緊急事態宣言が発令された日だった。
高校の『夜ノ文化祭』は、タイトルの発表を前にして中止になったのだ。
二度計画されていた『取材旅行』も、一度しか行われなかった。
故に、那由多が自転車で走りながら見た海の場所を知っているのは、感染拡大前の旅行の同行者しかいない。
犬岡沙織――文化祭実行委員の副委員長で、那由多の当時のガールフレンド。彼女が、【オルターエゴ】の正体だった。
成長過程の那由多メグヲの側にいて、彼の最大の理解者となり、自身も美術部に所属する芸術家であったことから、那由多になりすませるほどの能力を有していたのである。
最大の要因は、彼女が那由多メグヲの創作ノートを数冊所有していた点である。犬岡沙織はイメージイラストをブロックの下書きにする事で、作風をより近づけていた。
犬岡沙織の居場所はすぐに分かった。卒業した横浜磯山高校でスクールカウンセラーをしていたのだ。
彼女の口から明かされた次なる真実は、意外な物だった。
「私は【ファフロツキーズを喰らう森】を止めるために活動している」
そして彼女は、那由多と別れる直前の出来事を告白した。
「文化祭の企画をしていた当時、わたしたち学生はボロボロだった。テレビで中継されたことをきっかけに、わたしたちを侮辱するようなネットスラングが生まれたり、容姿を笑うために加工した動画が投稿されたりした。それでも私たちは、文化祭を成功させる事で見返そうと頑張ったの。でも、コロナ禍になって、突然中止を言い渡された。メグヲは、もちろん人の接触のない安全な方法に演出を書き換えて提案した。校内の役者を主役一人にして、他の役者はモニターやオブジェからの声で参加した劇を監視カメラによる視点操作で配信する。結局それは叶わなかったけれどね・・・・・・。メグヲは、酷く罪悪感を覚えていたわ。『自分の掲げたテーマのためにみんなを酷使したのに、何も返せなかった』ってね。その後メグヲは、頑張ってくれたみんなへの贖罪のために、夜ノ文化祭のアイディアを映画にしてその収入を仲間達に還元した。さらに――自分より若い人達が創作をする場を増やすため、駆け出しのゲーム開発スタジオに全面協力してあの複雑なブロックを開発した。しかしそれでもまだ、彼は罪悪感を拭えなかった。――自分のブロックを使っている限り、夜ノ文化祭の世界は自分の影響下にあって若い芽を積んでいるのではないか?そう言って彼は、自身の作成したブロックに隠しパラメーターを設定した。その時限装置がファフロツキーズを喰らう森の【種】」
犬岡沙織は、パラメーターの秘密を明かした。
ファフロツキーズを喰らう森は、口コミを元にランキングを算出するAIが【幻の島】を認識した瞬間に起動するようになっている。
もしも20年経っても那由多メグヲの影響が抜けず、むしろより濃くなっていたなら、夜ノ文化祭各部の姿は多様性を失ってしまう。『トレンド』が同じ像を創り出すことで――同じような作品が創られ消費され続けることで、人々はイメージの中に『似た姿』を思い浮かべてしまう。
そして1つの世界の共同作者であるユーザー達にとって、いつの間にか『創るべき次回作』として認識されてしまう事を、那由多は危惧していた。いつまでも自分が影を落としていては、不純な既得権意識が生まれ、新しい芽が育たなくなってしまう、と。
現に【幻の島】の再現エリアが生まれている事からも、彼の予想は当たっていたのだ。
最盛期を迎えた『夜ノ文化祭』だが、『那由多メグヲフォロワー』以外に新しいクリエイターは育たず、彼の名は既に避けようのない権威と化していたのである。
新しい作風が登場しても「那由多の良さがない」と評価が下され続けた事で、ここ4年ほどは新人による話題作が減少していた。
そして、ついにBCV算出に影響するネット言論が、【幻の島】の存在をジャンル化する基準となる『ランキング1位』に記録したとき、【ファフロツキーズを喰らう森】は起動した。
那由多は自分に入るであろう膨大なブロック著作権だけは売却せずに、【ファフロツキーズを喰らう森】に自動的にBCVが入るように設定した後、夜ノ文化祭から去っていたのである。
アカウントを売却して森に対する操作手段を放棄する事で、その後の世界が多様性のある物になるか否かを、ユーザー達に委ねたのだ。
そのパラメーター設定という【種】が撒かれた場所は、彼の仕事仲間が最初にブロックを置いた場所だった。
そこは、今では他のブロックの下敷きとなり姿が見えなくなってしまった、他の誰もブロックを置き換える事ができない唯一にして永久不可侵の聖域――地中核。
映画と同じように、種はマントルから芽吹くと急速に肥大し、花粉ブロックの噴出と急速成長する葉の摩擦による粉塵爆発で飛翔した。
そうして森は、夜ノ文化祭の全てから『那由多メグヲの要素』を取り除くべく、行動を開始したのだ。
「私は、彼に自分を肯定してもらいたかった。みんな、彼を慕いたくて慕っているの。それなのに、世界から自分の痕跡を消そうとするなんて悲しすぎる。私達が姿勢を見せれば、彼も意見を変えるはずよ。だって……既に協力の姿勢を見せているのでしょう?」
犬岡沙織は、【ファフロツキーズを喰らう森】の膨大なBCVに対抗すべく、那由多メグヲの評価を乗っ取る事でBCVを獲得するために【オルターエゴ】を演じたのだった。
そして、最終決戦が始まった。
舞台は、夜ノ文化祭はじまりの場所――『横浜磯山高校』。
時刻は、『劇場版の一日』の開催時刻8月31日午前0時。
森を止めるための全ての準備が整えられたのを、ユーザー達はどこかアンビバレントな気持ちで見ていた。
既にユーザー達にとって森は、『那由多メグヲに認められた勲章』と化していたのだ。
彼の物語の一部として、夜ノ文化祭という20年間完成しなかった作品の成立に携われる――そんな喜びの気持ちもあった。
世界の崩壊は、那由多メグヲ作品の最大の特徴だったのだから。
そしてその頃には森は限界値近くまで肥大し、既に夜ノ文化祭の大部分は吸い取られてしまっていた。
それほどまでに、那由多メグヲの影響は各作品に及んでいたという事でもある。
しかし多くの評価調整士と、【オルターエゴ――犬岡沙織】は諦めなかった。
横浜磯山高校に、彼らは企画書の『夜ノ文化祭』を再現した。
ダンボールによる背景はブロックで。
生徒が演じる役者はアバターで。
それは、【ファフロツキーズを喰らう森】をおびき寄せるための罠だった。
森は、那由多メグヲの要素を取り除くべく行動している。AR領域であっても、例外ではない。
彼の原点ともいえるこの文化祭を、やはりその怪世界は、見逃さなかった。
8月31日午前0時15分。
怪世界【ファフロツキーズを喰らう森】、横浜磯山高校校庭のAR空間に出現。
同時刻、戦士たちが、幻の企画『夜ノ文化祭』を開演した。
高校生の那由多メグヲが企画したその内容は、『変身決済』。
校舎内には、宮城出身の漫画家が原作として名を刻むヒーロー特撮番組の世界が再現されており、生徒達がその脇役を演じる。
来客は『ヒーロー世界に迷い込んだ一般人』として、学校内の売店に置かれている玩具を装着、変身して敵を倒しながら迷路を進む。
そのとき玩具に埋め込まれたICチップによって『変身トリガー』が起動したとき、紐付けられた客のデータ上で決済が確定する――という内容である。
これは那由多メグヲが『キャッシュレス』というテーマを提示されたときに、『楽しみを付与したい』と考えて、文化祭劇中のシナリオに盛り込んだ設定だった。
そして、戦夜の来客は、森を倒すための戦士である。
選ばれたのは、特撮ドラマに出演経験のある役者たちだった。
彼らの操作キャラクターがAR変身玩具を手に取り、変身すると、膨大なBCVが集まった。
彼らは、特撮ファンにとっては限りなく本物に近い存在である。
本物であることは、何よりも信用になる。
この信用が力となる夜ノ文化祭のBCV経済圏で、それは何よりも強い力となる。
さっそく、変身したヒーロー達が森へ突入し、その構成ブロックを奪取していった。
犬岡沙織も、【オルターエゴ】のアバターで学校内に特撮キャラクター達の世界を描く事で彼らの『本物度』を上げて援護した。
しかしそれでも、森の力は膨大だった。自身のエリアをバトルモードにしてアバターを攻撃しながら、片手間に伸ばした枝で、他のエリアを吸い取っていく。
そしてついに、砦である横浜磯山高校校舎のARブロックにまで魔の手が伸びたとき――校舎に一人の男が現れた。
那由多メグヲ。
20年間沈黙を守ってきた男だ。
「こんなの見せられたら、僕もやるしかないじゃないか」
彼はVRゴーグルを起動した。
自身の信用スコアが紐付けられていない、売却時にも手放さなかったサブアカウントでログインする。
そして『ARパレット』を出し、10本の指先にブロックを装着した。
「お魅せしよう。20年間を」
そして那由多メグヲが、はじめて夜ノ文化祭にブロックアートを描いた。
指で虹を描くようにしながら、母校に世界を描いてゆく。
そのブロックは、まだ誰もみた事のない物だった。
20年間、彼は誰にも見せることなくブロックラフターで有り続けたのだ。
みるみるうちに、彼にBCVが集まっていく。
いつの間にかネットごしに様子を見ていたユーザーまでもが、彼にBCVを投じてゆく。
「あなたのブロック作品をもっと見たい」
「今、夢が叶っています!」
贈られたBCVには、そんなコメントがいくつも添えられていた。
瞬く間に【ファフロツキーズを喰らう森】のBCVを上回り、ついに那由多メグヲは、森のブロックを全て置き換えた。
しかし、花火ブロックである。
炸裂した巨大な花火は、これまでに吸い上げたオリジナル那由多ブロックをランダムに『夜ノ文化祭』の広大な世界へばらまいた。
それが那由多メグヲの出した答えだった。
そして、朝がやってきた。
予定では、『劇場版の一日』のために那由多メグヲの世界を再現した壮大なゲーム内演劇祭が行われるはずだったのだが、肝心の那由多メグヲの要素が取り除かれた部分の多い『夜ノ文化祭』は、台風が一過した跡のように荒れていた。
しかし、何もなくなってしまったわけではない。那由多メグヲ以外の作者によるブロックは残っているし、花火の残滓が独特なオブジェとなって各地に発生していた。
ユーザーたちは、未知の世界となった『夜ノ文化祭』で、冒険の旅に出た。
彼らは今、そこで何を作るのかを問われている。
選択の機会だ。
オブジェ内の旧データという夜ノ文化祭の残夢を使用して、また同じ世界を築くこともできれば、全く新しい世界を描く事もできる。
事態集束直後、校舎内を散歩する那由多メグヲに、駆けつけたジャーナリストがこう問うた。
「新しい世界が生まれようとしています。あなたは、どんな世界を望みますか?」
那由多は机を撫でながら、窓の外を見て言った。
「教室で頬杖をついているとき。
階段を駆け下りているとき。
電車の窓の外を見ているとき。
布団にくるまっているとき。
人生のどこかで、心にカラフルな世界をイメージしている人に、僕は世界を紡いでほしい」
それだけ言うと、那由多メグヲは夜ノ文化祭から去った。
ある目撃情報によれば、その後犬岡沙織と笑顔を見せ合った後、何も言わずに別れたという。
こうして、ブロックの世界は新たなる領域に踏み入る事になった。
以上が、第一次評価経済崩壊危機にして新時代の夜明け――『滅私事変』の顛末である。
完




