7 夜宮さん
高校を卒業して夢だった美大に入学した。同級生は地元に残る人が多かったし、私も課題制作で忙しくしていたのでなかなか里帰り出来ず、皆とは次第に疎遠になっていった。
体育祭の看板係で一緒だった浅尾さんとは今でも連絡を取り合っているけど、それ以外の人はほとんど話すことも無い。
沢見君の連絡先は、あの時消したままだ…。
この間は心臓が飛び出るかと思った。まさか駅のホームで沢見君に会うなんて!
彼はたしか関西の大学に進学したはず。就職でこっちに来たのかな…。浅尾さんに聞いたら分かるかな…。いや、やめよう。沢見君の事はあの時封印したんだから…。
私は大学を卒業して横浜のデザイン事務所に就職した。小さな会社だけど、人手が足りない分、いろんな仕事をさせてもらえる。
両親からはもっと大きな所に就職しなさいって散々言われたけど、私は自分の選択が間違っているとは思わない。人間関係も悪く無いし、ここでもっと勉強していきたいと思っている。
今日は打合せで都内の取引先へ出向いた。午前中でだいたいの方向性は決まったので、午後からは事務所で仕事をする予定だ。
“沢見さん、ラーメン好きなの? 何系が好き?”
“塩バターかな…。”
“マジで! 俺も! 気が合うね~!”
沢見君を見かけたせいか、そんな会話を思い出した。
とんこつラーメンが主流の地元で塩バター味が好きな人は稀だったせいか、すごく印象に残っていた。
何気なく通りを眺めていたら、オシャレなカフェ風のラーメン屋さんがあるのに気付いた。ちょうどお昼だし食べて行こうかな…。ここだったら女一人でも入りやすそう…。私は扉を開いた。
嘘…。
二回目の再会
視線の先には沢見君がいた。向こうもこっちに気付いて驚いていた。
その場で動けずにいると、店員さんから奥の席へどうぞ、と案内された。案内されるがままに小さなテーブル席に座った。
心臓がバクバクいってる。運ばれた水を一気に飲み干した。沢見君はカバンを脇に挟んで、コップとおしぼりを手に私の前までやってきた。
「いい? ここ。」
「あ、うん。」
彼は私の前に座った。
「…。」
「…。」
お互い沈黙…。何を話したらいいんだろ?
「元気だった?」
沢見君が切り出した。
「あ、うん。沢見君も元気だった?」
「あぁ。」
「…。」
「…。」
…あの突発事故ともいえる出来事以来、沢見君とは気まずくなった…。
「沢見、小芝さんと別れるんだってよ!」
浅尾さんが私に耳打ちした。
「嘘!」
私は突然の事に戸惑った。
「あれだけずっと一緒にいたのにね! どうしちゃったんだろうね! もしかして…夜宮さんが原因…とか?」
浅尾さんは少しイタズラっぽく言った。
「そんなことある訳ないじゃん!」
私は即座に否定した。
「そっかぁ~。そうだったらいいのになって…少し思ってたんだけどねぇ~私は…。」
何で浅尾さんが残念がるの? でも…
“…可哀そうだね…。そろそろ解放してあげなきゃ…”
言ったよ…。言ってた、私…。改めて思い出すと、私ってば何て偉そうに! 学校内でも底辺を彷徨う私がトップオブザトップの小芝さんの事をそんな風に言える人間かっての!
“…好き…”
“…俺も…”
ギヤァァァァァァァ~~~!
されるがままに、キスまでしてしまったんだ! あの沢見様に! 学園ヒエラルキートップのあのお方に! ハァァァ…。急に罪悪感が湧いてきた。私のせいなのかな…。
ポケットの中でスマホが鳴った。
“放課後、話がある”
沢見君からだった。
指定された裏門横のベンチに沢見君はいた。普通に座っているだけなのに絵になっている。その姿に見とれていると、沢見君は私に気が付いて立ち上がった。
「ごめん…遅くなって」
私は言った。
「俺もさっき来たとこだから…」
沢見君の顔は赤くなって、あらぬ方向を見て頭を掻いている。
これは…もしや…そうなのか??? 少女漫画によく登場してくる例の告白シーンってやつ??? まさか自分の人生において、こんな事が現実に起こるとはっ!
沢見君は深く息を吸って吐き出した。そして真剣な面持ちで私の方を見た。
「俺…美優と別れた…。」
キター!
「あの…夜宮さん…俺た…」
「血迷ったことは言わない方がいい!」
私は沢見君が話しているのをとっさに遮って叫んでいた。
「え? どういう事?」
沢見君は戸惑っていた。
「全ては私の勘違いかもしれないけど…だけど…、沢見君の一時の気の迷いで一生を棒に振ることは断じてあってはならない! そしてそれによって私も回復不可能な絶命的ダメージを追うかもしれないから! ここは黙って冷静になろう!」
ハァハァハァ…。一気に言い切って息が上がった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
沢見君が私の肩を掴んだ。
「落ち着こう! 何も自分からブランド価値下げる事ないよ!」
私がそう言うと、沢見君はあからさまに眉間に皺を寄せた。
「何? ブランド価値って…。夜宮さん、さっきから何言ってんの? 俺はただ夜宮さんと…」
沢見君は私に近づいてきた。
「…ごめん、沢見君。私…無理…」
私は両手で沢見君の胸を押えた。自分の事で精一杯で、沢見君の気持なんか思い図ることすら出来なかった。
それ以来…沢見君とは気まずくなって…話すことも…目を合わすことすら無くなった。