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「寝落ちするまで電話してんの?」
夜宮さんから聞かれた。
「うん。」
僕が答えると、夜宮さんは少し微妙な表情を浮かべて驚いていた。
「誰かと付き合うって、大変なんだね…。」
彼女はポツリと呟いた。
「俺だって正直面倒くさいって思う事あるよ。」
うん、本当はそう思っている。部活で疲れて帰った後、ご飯と風呂を済ませたらそのまま眠りこけたい。だけど美優の相手をしないとずっと後までネチネチ言われるし…。
「小芝さんって、本当に沢見君の事が好きなんだね。」
「どうなんだろな…。俺も最初はそう思ってて、その気持ちに答えなきゃって…頑張っていたんだけど…なんだか最近…誰かと付き合うのに頑張らなきゃいけないのって…違うような気がしてきたんだ…。」
「どう違うの?」
「何て言うか…誰かと付き合いたいって思うのって…その人と一緒にいると楽しいって思えるからだろ? 自然体でいられて癒されるとか…。だから…頑張るって事とは対極のような気がする…。」
確かにそうなんだ…。高校生活って決して楽じゃない。勉強や部活や人間関係、いろいろ頑張らなきゃいけない事ばかりだ。だからこそ、彼女といるときくらい癒されたいよな…。そんな事をしばらく考え込んでいた。
けっこうな時間、無言だったにもかかわらず、夜宮さんは僕をそっとしておいてくれた。僕は誰にも言えなかった悩みを彼女に打ち明けたくなった。
「…これ、絶対内緒な! こんなこと他のヤツに話したって分かったら、美優めちゃくちゃ怒り狂うから!」
僕が思い切って切り出すと彼女は
「じゃあ、言わない方がいい!」
と真顔で言ってきた。
「いや、お願い! 聞いて! もう限界なんだ!」
僕は懇願した。夜宮さんは上目遣いで眉間に皺を寄せながらも了解してくれた。
「なんか俺…ケータイにGPS入れられた…。」
夜宮さんはポカンとした。
「監視が日に日に増してきてんだよ! 俺、部活引退しただろ。美優のやつ、自分と一緒にいない時、俺が浮気するんじゃないかって、それで俺のケータイ使って監視してるんだよ! 俺の現在地だけじゃなくて、歩いてる速度まで分かるらしいの! 美優、俺の移動速度で何してるかとか、誰といるか、なんかもだいたい分かってるんだっ! アイツまじすげぇ…。この技術、俺如きに使わないで仕事にすればいいのにって思うもん…。」
僕は悲痛に訴えた。すると浅尾さんは腹を抱えて笑い出した。なんてヤツだ! 人の不幸を嘲け笑うなんて!
「ごめん、ごめん、面白すぎて…」
浅尾さんは笑い涙を拭きながら言った。
「ひでーな、人の不幸を笑うなんて…」
言うんじゃ無かった…。
「小芝さんはさ、沢見君と一緒にいない時、ずっとケータイ見てんのかな?」
「そうだろうね。すぐライン来るから。そこのカフェで何してんの? 誰と行ってんのよ! 男同士でカフェなんて行かないよね! みたいに…。男同士だってカフェ行ってスイーツ食べたりするっつーの! 実際、一緒に行ったのバレー部の男友達とだし…。ったく俺の事全然信用してないんだよ!」
僕はつい美優に対する文句をさらけ出してしまった。
「…可哀そうだね…。そろそろ解放してあげなきゃ…」
浅尾さんが呟いた。
「そうだろ! 俺、解放されなきゃノイローゼになりそうだよ!」
「違うよ、解放してあげなきゃいけないのは小芝さんの方だよ。」
「は?」
何言ってんの? と思った。厳重な監視下に置かれて迷惑してるのは俺なのに。
「きっと自分でも分かってるんだろうけど止められないんだろうな…」
浅尾さんは心配そうに言った。
「何? 俺が悪いっての? 俺が美優の青春ぶち壊してんの?」
「ハッ! ち、違う! ごめん! 私、言葉選びが悪くて! そういう意味じゃないの! 」
夜宮さんは必死に謝った。
だけど…まぁ確かにそうだよな…。今っていう時間は二度と戻ってこないのに美優は俺の事しか考えてない。
そういえば美優から趣味の話とか将来の夢とか…最近あんまり聞かなくなったな…。
部活を引退したら、美優との時間をもっと楽しみたいと思ってた。デートしたり一緒に勉強したり、二人で笑って過ごしたいと思っていた。
だけど今は顔を合わせれば罵られる。近頃じゃ美優の笑った顔を見たことない…。やっぱり俺のせいなのか?
「俺が一緒だから美優は不幸なのかな?」
夜宮さんに聞いてみた。
「一緒にいる沢見君が分からないのに、私なんかが分かる筈ないよ…」
夜宮さんは困って言った。
「そりゃそだな。」
僕はなんだか悲しいような気持ちになった。
「ちゃんと話をしてみたら? 腹を割って。」
夜宮さんがまるで小さな子に諭すようにドヤ顔してそういうので、こっちも対抗心が湧いてしまってつい言った。
「君ねぇ、今はそんなに悠長に構えてるけど、好きな人が出来たら夜宮さんだってドン深闇に落ちるんだからねっ!」
「は? 私が? 無いでしょ~! こんだけ一人の時間が好きなのに。って、むしろ一人の時間が無いとイライラするってのに! アハハハハハ…」
彼女は大口を開けて笑ってそう言った。頬っぺたにペンキを付けたまま。
どうだかな? 恋する女はわかんねーぞ!
こんな風に今まで誰にも言えなかった悩みを夜宮さんに聞いてもらう度に、僕の心は軽くなっていったんだ…。
自分に興味の無い女子との会話って…なんか楽…。
初めはそのくらいの気持ちだった…。