5 沢見君
駅のホームで夜宮さんに会った。何年ぶりだろう? 高校卒業以来か…。
僕は駅のホームで電車を待っていた。こんな所で会うなんて、そんな偶然、滅多にない。人違いかと思ったけど、確かにあれは夜宮さんだ。そして僕が彼女を間違える筈など無い…。
彼女はちょうど向かい側のホームに来た電車に乗った所だった。人の波に押されながら電車の中に入って来る彼女がドアの窓越しに見えた。
彼女は人の波に押された弾みに体がよろけてドアのガラスに激突した。顔がガラスに押し付けられて、鼻は上向きに押しつぶされ、豚の鼻のようになってしまっている。
そしてそのショックからだろうか、白目を剥いて硬直していた…。
あぁ…可哀そうに…本当は可愛いのにこんな酷い姿になって…。さぞかし痛かっただろうな…。そんな哀れな姿をよりによって久しぶりに会った同級生に見られるなんて、惨めにも程があるぞ!
その時、あの頃の事が走馬灯のように僕の頭の中に駆け巡った。あれは…体育祭の看板係になった時の事だ。
夜宮さんとは同じクラスだったけど、それまでまともに話した事すら無かった。
彼女は窓際の席で、いつも何か絵を描いているイメージだった。自然な明るい色の髪が、窓から入って来る風にサラサラ揺れて光に輝いて、髪がキレイな子だなって…そんな印象だった。
彼女は美大を目指しているというだけあってとても絵が上手だったので看板の係に選ばれたようだった。僕はといえば絵心など全く無く、部活もバレー部だったし、今でも何故選ばれたのか理由も分からない。部活も引退していたし暇そうに見えたのかな? 面倒くさい役を押し付けられただけだったかもしれない。
それにしても…夜宮さんと仲良くなったきっかけは何だったろう? そうだ、確か好きな漫画が同じだったんだ。漫画の話で盛り上がって、他の話もするようになったんだ。
当時、僕は悩んでいた。付き合っていた彼女、隣のクラスだった小芝美優の事だ。
同級生だしヘタな事をバラされると僕も美優も困るし、誰にも相談できなかった。男にしても女にしても高校生は噂好きだから信用できなかったんだ。だけど誰にも言わず自分の胸の中だけにしまっておくと、その想いが溢れ出してきて辛くなる。僕は誰かに聞いてほしかったんだ。
そんなことを思っていた時、夜宮さんと親しくなった。
彼女は…夜宮さんは、他の同級生たちとは少し違っていた。同級生の噂話なんか全く興味ない風だったし、彼女の口からそんな話も聞いたことが無かった。そして女の子たちはよく僕にいろんな事を質問してくるばかりだったけど、夜宮さんから僕の事について何か詮索された事は一度も無かった。
彼女なら大丈夫なんじゃないか…いつしかそう思うようになった。そして僕は彼女に愚痴をもらすようになっていった。そして何より良かったのは、いくら僕が僕の彼女に対する愚痴をこぼそうとも、夜宮さんは善悪の判断をしないでただただ聞いてくれる事だった。
美優とは同じクラスになったことは無い。高校に入学してしばらくたった日の昼休み、余所のクラスの女子から呼び出された。指定された渡り廊下に行くと、すごくキレイな女の子が立っていた。それが美優だった。その時初めて彼女の存在を知った。
「入学式の日、僕の事を見て一目惚れした、付き合って欲しい」と美優から言われた。見た目が可愛かったし、その時付き合っている人もいなかったし、断る理由も思い当たらなかったので、うん、と返事をした。
付き合い始めは上手くいっていた。…今思えば、美優は自分を押し殺して、かなり僕に合わせてくれていたのだと思う。しかし付き合っていくうちに、だんだんと本性が見えてきた…というか…彼女は我儘になっていった。
きっと美優は僕以外に対してはいい子なんだと思う。他の人に意地悪な訳でも人当たりが悪い訳でも無いのだから。しかし…僕と美優は相性が悪いのだと思う。彼女は僕といるといつも機嫌が悪い。いや、一緒にいなくても機嫌が悪い。
一緒にいる時は、いない間の事に対して文句を言うし、一緒にいない時はいない事に対してずっと文句を言っている。
とにかくどんなシチュエーションであれ、僕に対して文句がありありだという事なのだ。
たまたまクラスの女子と何でもない会話をしているのを目撃されると、ずっと後までネチネチ問い詰められる。美優が一番だよ、他の子なんて興味ないよ、何度言ってきたか…。
そう、僕は彼女に疲れてきていたんだ…。