10 沢見君
僕が夜宮さんを好きになったきっかけって、何だっただろう…。
そうだ、あの時だ。
下校途中、雨が降っていた。前方に同じ学年でみんなから存在を無視されている男子生徒がずぶ濡れで歩いていた。傘を忘れたのだろう。横を通る女子たちは彼を避けるように歩いた。汚い物でも見るかのような視線を向けて。
僕は彼の元へ駆け寄ろうとした。その時、水色の傘が彼の頭上に差し出された。
傘を差し出したのは夜宮さんだった。夜宮さんはその彼を自分の傘の中に入れた。
彼は拒絶していた。だけど夜宮さんは一生懸命に彼に向かって話をして、ついには嫌そうにしていた彼もプッと笑って、恥ずかしそうに、でも少し嬉しそうに話を始めた。
近くを歩いていた生徒たちは、二人を見てあからさまに悪口をコソコソ言っていた。夜宮さんにそれが聞こえていない筈はないけど、彼女は全く聞こえないかのように、その彼と駅の方に向かって歩いて行った。
なんか、いいなぁって、その時から思ったんだ…。
人の評価や偏見に惑わされない彼女の生き方が、僕もそうありたいって思っていた姿そのままで…まるで彼女が僕の道しるべのように思えたんだ…。
看板係で毎日残って制作していた時は本当に楽しかった。正直それまで女子といるより男子といる方が楽しいって思っていた。
だけど、彼女と話をするのは本当に楽しくて…何の話の途中だったか、突然夜宮さんから「好き」って言われた時…僕はもう自分の気持ちを抑える事が出来なかった。結局フラれちゃったけどね…。
美優があの状態だったし、それを無視して付き合うなんて事、出来る筈が無かった…。
今考えると夜宮さんの判断は正しかったんだよな…。
ラーメン屋で次の約束はしなかった。お互いの気持ちは言わなくても分かっていた。僕も彼女も同じ気持ちの筈だ。
だけど…彼女はやりがいのある仕事についてイキイキと働いている。そして僕は来月から海外赴任する。
短くても二年は帰って来られないし、赴任する先は決して治安が良い国じゃない。
もしその事を言ったら…付いてきてくれないかって言ったら…彼女はうんって言ってくれるかもしれない。
だけど心の中で誰かが言う。
“今じゃないよ。彼女とは会うべき時にまた会える運命なんだから…”
…そうだよな…。分かってるよ…。
僕たちは連絡先も交換せずに、その場を後にした。
後悔? そりゃしてるでしょ! 何度振り返って彼女を追いかけようかと思ったか!
だけど…うん、今じゃないよな。
僕も自分のやるべきことをやるんだ!




