ある日突然、小さいオジ様が現れましたが、そのおかげで王子様と婚約しました!
身長20センチの小さいオジ様と過ごす事になったコレット嬢は、小さいオジ様のおかげでどんどん幸せになっていくお話です。
ご都合主義てんこ盛りです。
真っ暗闇。
図書館で借りてきた本を開くと挿絵からドラキュラが出てきた。
『そこのマドモアゼル。悪魔との契約が完了しました。なんなりとご希望を!
マドモアゼル、早く!』
ドラキュラはそう言って私を脅す。
『マドモアゼル!さぁマドモアゼル、早く!』
低い声で私をマドモアゼルと呼ぶ。
ドラキュラの声はだんだん近づいて来て、とうとう私の耳元で聞こえるようになった。
声が出ずに体が重い…
『復讐を誓うのです!親友だと言ったジュリーは貴女に何をしましたか?貴女の婚約者のフランクとキスしていたのを目撃したのは貴女ですよ。マドモアゼル。
さあ、早く契約を完了するために復讐を!』
『マドモアゼル!』
ドラキュラの大きな声で目が覚めた。
…
なーんだ。
夢か。
私の部屋だ。
なるべく忘れようとしていたのに嫌な事を思い出す夢だった。
3年前、私の婚約者だったフランク・シード伯爵令息と、親友だと思っていたジュリー・クラウド子爵令嬢が人目も憚らずに手を繋いで街を歩いているところを偶然目撃した。
侍女が止めるのも聞かずにそっとあとを追ったら、人気のない公園でキスしているのを見てしまった。
いくら親同士か決めた婚約者とはいえ酷すぎる。
泣きながら帰った私の様子を侍女が報告して婚約は白紙になった。
元親友も元婚約者も口を揃えて「貴方ってつまらない人よね」と言った。
あれから私は、2人と同じ学校に入学するのが嫌で、猛勉強して試験を受けたのが今通っている王立ロートルード学院だ。
忘れようとしているのに…。
目を閉じようとしたら、低い声で誰かが呼ぶ。
『マドモアゼル!』
びっくりして飛び起きた!
あたりを見回すが誰もいない。
……
『やっと気付いてくれたのですね、マドモアゼル』
声は後ろからする。
振り向くがやはり誰もいない。
『こちらですよ。マドモアゼル』
声のする方を探るように見ると、枕の横に20センチくらいの人が立っている。
その人は燕尾服を着て、波打つ金髪の髪の毛を七三に分けてポマードをたっぷり塗った細身のオジ様だった。
「ふぇ?」
私は変な声を出してしまった。
『はじめまして、マドモアゼル』
その身長20センチくらいのオジ様は手を出してきた。
握手かな?
私も手を出したが、どうも握手ではなくて手の甲にキスをするという昔ながらの挨拶がしたかったようだが上手くいかず、結局私の人差し指の先に触れた。
『マドモアゼル、貴方が私のジャケットの裾を頭で踏んでいたので、私は一晩あなたとベッドを共にしました…。
マドモアゼルとベッドを共にするという事は、何も無かったとしても許されない事。
私は紳士として責任を取らねばなりません。
しかしながら今の私ではマドモアゼルの醜聞を防ぐために結婚などという選択肢を取ることができないのです。
パルドネ・モア。マドモアゼル』
ちっちゃいオジ様はそういうと項垂れた。
……
一体何を見ているんだろう?
うまく魔法が使えない私は魔法クラスの落ちこぼれ。
猛勉強して入ったはずなのに、勉強に身が入らない。
本当はもっと魔法の勉強をしないといけないのに勉強そっちのけで趣味の本ばかり読んでいる。
昨日は「ドラキュラ」という血を吸いたがる男性が出てくる本を読んでから、「ちっちゃいおっさん」という話を読んでいた。
異国の『都市伝説』というらしい。
こんな本ばかり読んでいる君はつまらない人間だね…なんて元婚約者から言われたのは忘れたい記憶。
幻覚…かな。
今、目の前にちっちゃいおっさん…というかオジ様がいる。
幻覚…
幻覚を見るのは魔法使いとしての魔力枯渇の寸前だと言われている…。
まだ私は16歳。魔力枯渇だなんて信じたくない!
そうだ!妖精だ!
きっとそう!
でも…学校の授業で妖精は、小さくて羽が生えた可愛女の子や男の子だと習った。
同じクラスのタマラ嬢は妖精の授業の時に「私は妖精が見えますの。可愛らしくて、ほっこりするわ」と言っていた。
タマラ嬢が見たのとは違う、ナイスミドルの妖精かもしれない。念のため聞いてみる。
「あのー。貴方は妖精ですか?」
『私は立派な紳士だ』
…話が通じない…。と、ここでノックの音がした。
「コレットお嬢様。お目覚めですか?朝のお茶をお持ちしました」
侍女のキミーが入ってきた。
スクランブルエッグにトーストを添えたものと朝のフルーツ、お茶を持ってきてくれた。
『マドモアゼルのメイドは優しくて働き者ですね。』
とちっちゃいオジ様は言ったが、キミーには何も聴こえていない様子だ。
??何故??
「キミー、おはよう。ねえ、枕カバーを変えて欲しいの」
と、キミーを呼び、枕の上に乗っているオジ様を指さしてみたが、キミーにはおじ様が全く見えていない様子だ。
「かしこまりましたお嬢様」
キミーはいそいそと枕カバーを取りに行ってしまった。
このオジ様は妖精。きっと妖精。
間違っても私の幻覚じゃない!
私はオジ様に手を差し出して
「朝ごはん、食べますか?とりあえずテーブルに行きましょう」
といって手の上に乗ってもらい、テーブルの上に移動してもらった。
『メルシー、マドモアゼル。ところでジャーナルはないのですかな?』
そう言って、テーブルの上をうろつく。
新聞が読みたいらしい。
私はこのオジ様をほっとく事にして、今日の授業の準備をする。
忘れ物がないかカバンの中をチェックして、それからテーブルに戻ってくると!
なんと、朝のフルーツとして出されたイチゴ3粒の先端がない!
3粒とも先端だけがなくなっている。
そこが1番甘いのに!
テーブルの上にいるおじ様を見ると、口の周りが赤い…。しかもお腹がいっぱいなのか寝そべっている。
「イチゴ…食べたの?」
『マドモアゼル、一粒全部を頂くのは気が引けたので、少しずつ頂いた。
ほら、ショコラを分け合うフィアンセのようだ』
「何がフィアンセよ?美味しいところだけ食べてあるじゃない!しかも、パンもミミは食べずに真ん中だけ、ちぎってある!」
私はプリプリ怒りながらオジ様が先に食べてしまった朝食の残りを食べた。
「着替えるからどこかに行ってくださらない?」
私はオジ様に言うと
『ベッドを共にした仲ではないですか。マドモアゼル』
と、ダルそうにテーブルに寝そべるおじ様に言われたので、おじ様を靴下の中に詰め込み、それから着替えた。
我が家は裕福ではないので着替えを手伝ってくれるメイドはいない。
その間、靴下から悶える声が聞こえたが無視した。
着替え終わってから、靴下を逆さまに振るとおじ様が落ちてきた。
『マドモアゼル…私は足の匂いを嗅ぐ趣味はありませんよ。
この靴下はマドモアゼルの父上のですかな?もしもマドモアゼルのものなら毎日足が醜悪になるようにわざわざ魔法をかけているのだな?』
「バカ!これは洗ってあるから無臭よ!」
『マドモアゼル、そんなに謙遜をしなくてもよい。では、行きましょうか?』
と、オジ様は立ち上がり、どこから出てきたかわからないシルクハットを被ると、左手を曲げて私の方を見た。
腕を組んでエスコートするつもりらしいが…大きさが違う。
20センチのオジ様と腕は組めない。
『さあ、マドモアゼル。恥ずかしがらずに。一晩ベッドを共にしたのだから』
そのおじさまの言葉を無視して
「…学校に行きたいの?」
私は聞いた。
『もちろんだよ?マドモアゼル。』
というので、
「移動中は胸ポケットでいい?外が見えるから」
と言うと了承してくれた。
制服にはかつてネームをつけていた名残で胸ポケットがある。おじさまにはそこに入ってもらった。
「ねぇ、貴方をなんと呼べばいいの?」
『マドモアゼル、私の名はフィリップ。私の愛称であるフィルと呼んで欲しい。
私にもマドモアゼルの名前を教えてくださらないだろうか?』
「私の名前はコレットよ。」
と言うと。
『ではマドモアゼルの事はココと呼ばせてもらおう。
しかし、ココは成長が足りない。マドモアゼルの膨らみは…いつ膨らむのか。
これでは騎士の胸ポケットにいるのと変わらない』
と言うので、ポケットから出して馬車の窓から捨てたい衝動に駆られたが、本当に妖精ならそんな事をすると怒りを買うので我慢した…。
学校に着いた。
学校には複数のコースがある。
騎士クラス、薬学クラス、魔法学クラスが主体で後は色々な小さなコースがある。
私は魔法学クラス。私の家は伯爵家なので魔法学を学ぶ生徒の、上位貴族クラスになる。
クラスメイトには王族や公爵家の方がいて、勉強も魔法もできない上に、名ばかり伯爵令嬢である私は存在を消す事で日々生活していた。
婚約破棄事件から、疑心暗鬼になってしまって人と上手く付き合えない私は普段から人と目を合わせたくないので前髪を長く伸ばしている。
そして全てに自信がないせいでいつのまにか猫背気味なっていて下を向き歩く。
『ココ、そんなに私の顔がいいからと言って私ばかり見ずに前を向きなさい』
いつのまにかシルクハットを片付けて、燕尾服の上着を脱ぎ、ベストを着たフィルが言った。
「…?いつのまに着替えたのよ?」
そんな私の質問は無視して、あれやこれやと聞いてくるフィル。
私はフィルの視線の先を探るために周りを見る。
そのうちにフィルは先生や同じ敷地にある大学に通う生徒とすれ違うと騒ぎ立て出した。
『おや?前から立派な膨らみを持ったマドモアゼルが!!!ココ、私を紹介してくれ!!!』
『おや?あちらのマドモアゼルは綺麗な金髪に翠の目。きっと私の女神に違いない!!
ココ、私を紹介してくれ!』
『こちらのマドモアゼルの立ち姿、出るところは出てウエストはくびれている!まるで砂時計のようだ!ココ、私を紹介してくれ!!!』
このオジ様は何を言ってるんだか…。
バカらしくなってフィルを無視して歩き出す。
下を向くとフィルと目が合うので、仕方なく前を向いて歩いた。
教室に着くと、フィルは机の上に乗せて欲しいと言ったのでそのようにした。
フィルを机に直に座ってもらうのは忍びないので、ハンカチを置いて
「フィル、ここに座ってね」
と言うと
『メルシーマドモアゼル、今は周りを見たいから、もう少ししたら使わせてもらいますよ』
とうやうやしくお辞儀をしてきた。
しばらくしてから授業が始まった。
フィルは私と一緒にじっと授業を聞いていて、時々アドバイスをくれる。
『あの御仁は、何を言っているか聞き取れないがここを説明している』
とどこから出てきたかわからないステッキで教科書を指し示してくれたり
『ここのスペルが間違っている』
とノートの間違いを指摘してくれたり。
授業中なので声は出せないが私はフィルに頷きながら授業に出た。
休み時間になると、私はフィルを胸ポケットに入れてどこかに行こうとすると
『なぜ休み時間になると教室から出ようとするのだ?』
とフィルが聞いてきたので
私は小さい声で
「いつものが始まるから図書室に逃げるの」
と答えたが、フィルはなかなかポケットに入ってくれない。
…時間切れだ…とうとう始まった。
毎日休み時間になると、隣のクラスからミリアナ・キリス男爵令嬢が来て、高位貴族男子の集団の頂点に収まる。
主にアラン第一王子を中心とした輪の中心に当然のように立っていた。
「かわいいミリー、今日はどうしたのだ?」
ミリアナ・キリス男爵令嬢は、高位貴族の男子だけをを侍らせるためにクラスに毎日来る。
ふわふわのストロベリーブロンドを揺らしながら、アメジストのような目で笑いかけられると、誰でもころっという事を聞いてしまうようだ。
女子生徒は皆、ミリアナ嬢の言いがかりのターゲットにされるのでクラスから出て行くので、今は逃げ遅れた私しか今はいない。
『あの毒々しい花は何かな?ココ』
フィルの質問に小声で答える。
「触れない方がいいですよ?早く逃げましょう」
と答えるが、フィルは興味津々であの逆ハーレムを眺めている。
普段なら他の女子生徒を見ると
「仲間外れにされた」
とか
「みんなで男爵令嬢である事をバカにする」
とかあれやこれやと言いがかりを言うが、友達がいない上に婚約者に逃げられた私を見ても、興味なさげに見下した視線を送ってくる。
…貴族社会は狭いもので、婚約者を盗られた令嬢であるという噂はこの学校でも知られた事実だ。
見るだけでは飽き足りないのかミリアナ嬢は私の机の横に来て
「まぁ!悪趣味なハンカチ」
と私のハンカチを手に取り、フフフと笑いながら床に捨てると、自分の教室に去っていった。
『毒々しい花は、意地悪ですね』
とフィルは言った。
お昼時間になった。
私は友達がほとんどいないので、ランチは中庭で一人で済ませているが、今日はフィルと分け合ってご飯を食べる。
「ミリアナ嬢が傍に来ると、なんだか気分が悪くなるのよ。なぜかしら?」
と私が言うと、
『人間として好きじゃないからとか?』
とフィルはズバッと言う。
思わず、飲んでいたお茶を吹き出しそうになる!
「そうじゃなくて…なんというか…」
私は言葉に詰まった。
『仕方がない。後で原因を追求しに行こうではないか』
とフィルは言うと、それ以上何も言わなかった。
フィルはその後の授業でも机の上で私の間違いや、わからないところをアシストしてくれた。
そして放課後。
『では、マドモアゼル・ココ。私の秘密の部屋にお連れしましょう。』
と言うと、フィルは私に、2階の南階段の踊り場にある大鏡に向かうように指示してきた。
言われたように向かうと、
『ココ、まず、顔が見えないくらいのばしている前髪を耳にかけて、顔の表情が見えるようにしてから、鏡の正面に立ち、鏡の上に付いている鳥の飾りと目を合わせなる。
そして、鳥から目は離さずに右に3歩歩いてターン、左に3歩歩いてターンをすると鳥の目が光る』
放課後で人が少ないとはいえ、顔を晒したくない上に、歩いてターンなんて恥ずかしくてできない!
『ココ、やるのだ!マドモアゼル・ココ!
秘密の部屋に入ることによって君は幸せになる!私が保証しよう!』
渋々、髪の毛を耳にかけて、言われた通り歩いてターンをする。
そしたら、鳥の目が赤く光った!
『次だ。ココ、エントランスの大時計がかかった柱に行って、大時計の狐を見なさい。
ここでも顔は隠さない事。
狐と目を合わせたら、柱に右手をつけてから、手を離さずに柱の周りを右回りに一周。
そしてまた狐を見ると、狐の口から炎が見える。』
言われた通りすると炎が見えた!
『ではココ、図書室の辞書コーナーに行って『リュート3世の語録辞典』の150ページのリスの絵に目を合わせよう。そして『フィリ・フィリ・フィリップ・カッコいいフィリップ』と唱えなさい。』
フィルは大真面目に言った。
「なぜ貴方を讃えないといけないのよ?」
『それは私にもわからない。教わった呪文がこれだった』
仕方がないので言われた通りにする。
本を開いて呪文を唱えると、本棚が光り、本棚の奥に吸い込まれた!
すごい追い風に押されるようにして、一瞬で何かの通路を通り、高い天井まで本棚が続く書斎のような部屋に出た。
暖炉には火が焚べられており、まだ寒い冬の終わりとは思えないくらい部屋が暖かい。
ガラクタのような古びた道具が所狭しと並んでいる。
『ムッシュ・ドナチーを呼びたまえ』
とフィルに言われ、
私は大きな声で
「すいませーん、ドナチー様はいらっしゃいますか?」
と叫ぶと、目の前のガラクタが動いた。
「なんだね?目の前にいるのに大きな声を出して」
と茶色のヘルメットを深く被り、ゴーグルをしたお爺ちゃんが顔を上げた。
「お嬢ちゃん、君はどこから入ってきたんだ?」
とお爺ちゃんが聞いてきた。
「あの、私はコレット・ヘンショーです。この学院の3年生です。
『フィリ・フィリ・フィリップ・カッコいいフィリップ』って言うようにフィリップに教えられてここに来ました。
あの相談したい事があるんです」
と私は言った。
フィルはウンウン頷いていた後、ポケットから飛び出してどこかに歩いて行ってしまった。
「コレット嬢。ほほう!フィリップに!
私はドナチー。相談の内容はなんだね?」
とドナチー様が聞くので、ミリアナ嬢が同じクラスに居ると気分が悪くなる事を説明した。
「ムムム。そうか…念のために聞くが、ミリアナ嬢の匂いがどんな匂いだったか知りたいんじゃが、匂いを説明できるかい?」
と聞かれたため、先程ミリアナ嬢に触られたハンカチを出した。
「このハンカチから匂うの」
と私は言うと
「サンプルが手に入った!これで匂いの解析ができる!10分ぐらい待ってなさい」
とドナチー様は喜んで初めて見るパイプやバルブがいっぱいついた装置にハンカチを放り込んだ。
10分後…ドナチー様は装置から出てきた紙を見た。
「やはり惚れ薬の成分が検出された。しかも中毒性があって、嗅げば嗅ぐほどもっと匂いを嗅ぎたくなるタイプだ。
一度振りかけると10分ぐらいしか効力はないが。継続して使い続けると、一瞬嗅いだだけで数日は持続する。
敵対国であるアングリード国の生物兵器じゃな。
これを嗅いで気持ちが悪くなると言うことは、コレット嬢は素質がある!
これから毎日ここに来なさい。私が色々と鍛えてやろう。
勉強も魔法も!」
私は言葉に詰まった。
たしかに入試の時は猛勉強したが、集中力が続かなくて本当に苦労した。私の性格がダメなのかと思っていたけど…。
「なんでどっちも苦手なのが分かるんですか?」
と聞くと、笑顔で
「コレット嬢、君は魔力が多すぎて興味の無いことや苦手意識があることを長くは続けられなのだ。
有り余る魔力のせいで注意散漫になり、集中の邪魔をしているようだ。
第一、魔力量が多くないとこの部屋には入れないからね」
と言ってくれたあと、少し考え込むように
「ミリアナ嬢の事については私に任せてくれるかな?」
と言った。
私には手に負えない『アングリード国の生物兵器』と言う言葉に恐れ慄いて頷くしかできなかった。
「ではお近づきにコレット嬢にお茶でも入れよう。」
そうドナチー様に促され、応接セットのソファーに座ると、テーブルの上にはまたしてもフィルが寝そべっていた。
…テーブルの上にあるチョコレートを食べてお腹が膨れたらしい…。
なんだかんだ言ってもフィルは憎めないオジ様だ。
学校から出るのがいつもより一時間ほど遅くなってしまった。馬車を出してくれている御者には、明日からいつもより2時間後に迎えに来て欲しいとお願いした。
家に帰って、ディナーの時間になった。
フィルのご飯をどう確保しようかと考えていたが、フィルは部屋に残ると言っていたので、私はいつも通り過ごした。
部屋に帰るとフィルがいない!
「フィル?」
声をかけると、ティーカップの中で寛ぐフィルを見つけた。
近寄ろうとすると
『マドモアゼル・ココはバスタイムを覗き見する趣味があるらしい』
と言った!
私の部屋のお気に入りのカップをバスタブがわりに使ったようだ!!!
お気に入りのカップなのに!お風呂にされたら2度とあのカップでお茶は飲めない…。
フィルに近づかないように読書をしていると、
『マドモアゼル・ココ、それでは私は寝る』
その声に顔を上げると、オブジェとして飾ってあったドールハウスの中に入っていくのが見えた。
ドールハウスを覗いたら…。
フィルは、ドールハウスにある人形用のピンクのシルクのパジャマとナイトキャップを身につけて、ドールハウスのベッドに潜り込んだところだった。
自由なオジ様にちょっと苦笑いしてしまった。
次の日から毎日、ドナチー様の所に通う事にした。
放課後、まず2階の南階段の踊り場にある大鏡に行ってから、エントランスの大時計に行って、そして図書館に行く。この3箇所で、フィルに教えてもらったルーティンをして、そして秘密の部屋へ!
それを今学期の間、毎日する事にした。
だってドナチー様のお部屋は面白いもので溢れている!
『呪いの人形』や『ドラキュラの牙』などなどガラスケースには所蔵品が満載だし、本棚には、ありとあらゆる国の伝承や伝説の本、私が大好きな『都市伝説』の本もあった!
ドナチー様の所に毎日来ても良いと許可をもらえたのは嬉しかった。
「コレット嬢、君はミリアナ嬢からこの匂いがする事に気づいたのはいつ頃からだね?」
「ミリアナ嬢がクラスに来るようになった一年前からですかね」
その答えにドナチー様はため息をついていた。
私は来週のテスト勉強に取り掛かろうとしたら、見知った男の子が先客でいた。
その子は、分厚いメガネにボサボサの真っ黒な髪、そして何故か手には工具を持っていた。
目の前には得体の知れない装置がある。
「こんにちは」
私は話しかけた。
「君は誰?なんでここに来れたの?」
「私はコレット・ヘンショーです。」
と挨拶をすると
「スタン・クレインだ」
と返事をしてくれた。
スタン・クレイン様は交換留学で隣国から来ている学生だ。
「クレイン様とは私、同じ授業を選択していますよ」
と伝えると、
「…コレット嬢。もしかして魔法薬の授業で同じだったかな?」
と言うので、耳にかけていた前髪を全ておろして見せた。
私の前髪は鼻先まであるのでほぼ顔が隠れる上に、メガネをしている。
いつもの私を見たら誰だか気がついた様子だ。
「前髪を耳にかけていると別人だね。
コレット嬢の髪の毛は銀髪に見えるけど、日の当たらない内側の髪の毛はオレンジなんだね。銀色とオレンジのグラデーションが見事だよ。
それで…ここに来れると言うことは今後も顔を合わせることが多くなると思うんだ。
お互いに過ごしやすくするために私の事はスタンと呼んでくれて構わないよ」
普段おとなしいのに饒舌に喋るスタン様は挨拶をしてくれた。
「では私の事はコレットとお呼びください」
と、伝えたが、スタン様の視線は、先ほどから胸ポケットをチラチラ見ている。
胸ポケットには寝落ちして項垂れているように見えるだらしない格好のフィルがいた。
「スタン様、どうかいたしましたか?」
「その…胸ポケット、人形が入っているよね?」
確認する様に聞いてきた。
「??スタン様にはフィルが見えるのですか?」
私の問いかけに反応したのはスタン様ではなかった。
『フィル?フィリップ様?』
女性の声が聞こえた。
声は装置の影から聞こえる。
するとさっきまでだらんと垂れ下がってたフィルが目を覚まし、勢いよく胸ポケットから飛び出すと装置の影に駆け出した。
私もフィルの後をついていくと、そこには20センチくらいの大きさのブルーの派手なドレスを着た女性が立っていた。
キリッとした目鼻立ちのはっきりした美人で、サファイアのような瞳と、真っ赤な口紅。
そして胸元まである豊かな黒髪はボリュームを持たせてあり、毛先は巻いてある。
その女性を見つけたフィルは
『我が女神アナスタジア!』
と跪き、手の甲にキスをした。
そして立ち上がり、ガシッと音がしそうなくらい抱き合った。
『我がマシェリ。アナスタジア!ジュテーム、アナスタジア』
『あぁ、フィリップ様!逢いたかったですわ!!
あまりにも恋しくて、今、フィリップ様を探す装置をスタンに作ってもらおうとしていましたのよ』
…なんだろうか。この歌劇のような再会シーン。
顔を上げるとスタン様も目が点になっていた。
そして、長い長いキスが終わると、私たちの方を向いた。
『はじめまして。わたくしはアナスタジアと申します。マドモアゼルのお名前は?』
「コレット・ヘンショーです」
と答えると
『ココと呼ばせていただきますわ。
私の事はアニアとお呼びください。
さっそくですが、ココとスタンにお願いがあります。
今の私たちの姿は誰にも見えません。しかしながら、大切な仕事があるのです。
だから、二人で私達の仕事を代わりにして欲しいのです。』
とアニアが言った途端、スタン様は露骨に嫌な顔をした。
「すいませんが、僕やコレット嬢ではお二人のお役には立てません。
第一、コレット嬢は居残りを命じられることが多いですし、僕も基本的に魔法は苦手です。
お役になんてたてそうもありません!」
とスタン様は言った。
なんでこのタイミングで学力の事を…。
『ムッシュ・スタン。君はココと同じクラスなのかな?
でも、ココと同じ授業を受けていないようだが…』
「はい。私は魔道具クラスですから…。」
とハキハキと答えるスタン様。
『それなら尚更、私達の代わりにして欲しいことがあります。
私達は、この国に渦巻く陰謀を暴くために動いていたのです!でも、この通り。小さくなってしまった上に誰にも見えない存在になってしまいましたわ。
今、願いを託せるのはお二人しかいないのです』
私とスタン様は顔を見合わせた。
分厚いメガネのスタン様の表情は、どうすればいいかわからないという顔をしているように見えた。
私も困惑した顔をしていたんだと思う。
「一応。聞きますけど。
何をして欲しいんですか?」
スタン様が問いかけた。
『未来を救うのです!』
またもや劇場型の感情表現をするフィルをアニアがキラキラした目で見ている…。
そして二人は真顔になって、手を取り合い、こちらを見た。
『まさか未来なんて関係ないなんてそんな事を言わないと信じていますぞ!2人とも』
とフィル。
その圧に押されて思わず
「「あっ、はあ…」」
と私達は返事をしてしまった。
『とりあえず、まずは『焦茶色の旅団』に連絡を取ってもらわないといけないわ』
とアニアはフィルに言って、フィルは頷いた。
そのネーミングセンス…
「焦茶色の旅団ってなんですか?」
と聞くと
『秘密のお仕事の名前よ。とりあえず、ドナチー様に、フィルとアニアに言われたから焦茶色の旅団に入るって言って。
それから、ドナチー様にお願いして『記憶の宝石』をもらってちょうだい』
と真顔でアニアは答えた。
ドナチー様に焦茶色の旅団に入ると伝えて、記憶の宝石をもらった。そして使い方を聞く。
『記憶の宝石』は魔力を流すとその場面の映像や音を記録できるそうだ。
「魔力がコントロールできるようになれば、記憶の宝石が上手に使えるから魔力コントロールの訓練でもするかのぉ」
とドナチー様に言われて、ここから2時間練習する事にした。
フィルはずっと見守ってくれて、時折アドバイスをくれる。
『その間にスタンはお願いしたものを作ってね』
とアニアはスタン様に別の作業をお願いした。
練習は、ティポットに触れずに、ポットにお湯を入れる。次は、ポットからお茶を入れる要領で、コップにお湯を注ぐ。
ゆっくりと注ぐという行為は、繊細なコントロールが必要で、これができるようになればコントロール能力が上がるとフィルは力説した。
そして、コツを教えてくれた。
時折り、ドナチー様も指導してくれた。
2時間後、上手にできるようになった私は、最終試験として、ティポットに全く手を触れずにドナチー様とスタン様に紅茶を入れた。
「合格!コントロールが上手くなったから、これで集中力が持続するようになるじゃろう。
明日からこの部屋に来る時の大鏡での『鍵』じゃが、鳥の目が光る時、今まで赤色だったはずじゃが緑色に光ったらもうそれでここに来れるようになるじゃろう」
ドナチー様は紅茶を飲みながら言った。
スタン様は何やら魔道具を作っていたが、私は迎えの時間になったので先に帰った。
『マドモアゼル・ココ、これであなたは苦戦していた魔法のテストに合格できますぞ!』
とフィルは褒めてくれた。
「ねぇ、フィル。私について来ずにアニアと過ごせばいいのよ?一晩の責任は不要だわ」
と言うと、
『私はココのベッドが気に入っているし、あのバスタブも気に入っている。それにアニアは、ムッシュ・スタンに教えることが沢山あるようだ』
…ドールハウスのベッドと、私のお気に入りのカップをバスタブにするのがたいそう気に入っているのか…。
そう言いながらも、フィルは帰ってから魔力コントロールのおさらいや、歴史の授業の復習に付き合ってくれた。そして、この日から体力作りのためのトレーニングを始めた。
『魔力の持続性を上げるには体力をつける事ですぞ』
とピンクのパジャマとナイトキャップを被ったフィルは真面目な顔をして言った。
その格好じゃ威厳はない…。
次の日。
ランチは中庭で一人で食べるのではなくて、ドナチー様のお部屋で本を読みながら食べることに決めた!
異国の昔の都市伝説『雪女』を読もうと意気揚々と部屋に来たら、スタン様が、先に来て本を読んでいた。
「スタン様、ごきげんよう。お昼はもう召し上がったのですか?」
と聞くと、
「いや、食堂に行くのが面倒だから食べないんだ」
と言われたので、私のサンドイッチを半分渡した。
「ありがとう。本当に食べていいの?コレット嬢のお腹がすくのではないか?」
と聞かれたので、
『マドモアゼル・ココは食い意地が張っている』
というフィルの声を無視して
「今日は我慢しますけど、明日から二人分持ってきますので、ちゃんと食べてください」
と言った。
これから毎日お昼にここに来るつもりなのに自分だけお昼を食べているのは居心地が悪い。
私とスタン様はたいして会話することもなく顔を合わせるようになった。
でも不思議と嫌ではなかった。
たまにする会話は私が読む本の事をスタン様が聞いてくる。
そして、スタン様が読んでいる本について私が質問することもあった。
初めはお互いに干渉しないようにしていたが、考え方や趣味が似ているとわかって、ランチの後はドナチー様の部屋に飾ってある「ドラキュラの牙」や「フランケンの包帯」とか訳の分からないものについて楽しく議論をした。
その間はフィルとアニアは会えば必ず情熱的に二人で語り合っている。
放課後はドナチー様のところで魔力の訓練をしたり、体力作りをしたりする日々が始まった。
体力作りは、スタン様も一緒に行った。
部屋の奥の扉を開けると、何故か誰もない森になっており、ここで体力作りや魔法の訓練をした。
スタン様って見かけによらず、かなり運動神経がいいみたいだけど、それを隠しているようだった…。
常に私のペースに合わせてくれて、励ましたり、サポートしてくれるスタン様の印象は、初めと変わっていった。
そして、体力作りと魔力コントロールの練習を始めて2週間が過ぎた。
今日の魔法の授業は魔法を使って戦う総当たり戦。
自分の魔力で作り出したものなら何をしても良い。
私はいつも一回戦で負けるので、あまり相手にされていなかった。
意地悪な一部の生徒は、落ちこぼれで、おまけにこの垢抜けない見た目と猫背の私を馬鹿にして総当たり戦では酷い魔術を仕掛けてくるものもいた。
今日の一回戦の相手は、ロドリー伯爵子息。
ロドリー様は、大きな爆発で相手を吹き飛ばすタイプだ。私も幾度となく吹き飛ばされてきた。
『マドモアゼル・ココ。相手の動きを見るのです。相手の動きで不自然な所を見つけたら、そこに向かって魔力を放ちなさい。勢いよくね』
と、フィルは言うと、胸ポケットに入った。
「初め」
合図とともに、ロドリー伯爵子息が爆発を出すため手を出し、詠唱のために口が動いた。
あれ?ロドリー様の体の周り、特に足元がスカスカに見えたのでそこに魔力を放った。
ロドリー様は詠唱をしようとした瞬間と私が魔力を放った瞬間が同じだったようで、ロドリー様は爆破の魔法を放つ前に、足元の攻撃で倒れた!
皆、唖然としている…。
誰かが「無詠唱だ」と呟いた。
ロドリー様は立ち上がり、手から炎を出したが、次の動きまでは間があり、またもや炎のコントロールに苦戦している様子だった。
体の周りがスカスカに見えたのでまたそこに魔力を放つと、ロドリー様は動けなくなり私の勝ちとなった!
初めて勝った!
『マドモアゼル・ココ、以前のティポットの練習で気づいているかどうかわかりませんが、あのティポットの訓練は単に魔力コントロールのものだけではないのですよ?
色々な機能のついた訓練なのであえて説明はしませんが。
あの訓練を終えたココはこのクラスの半数以上の生徒より魔力を使うものは上手でしょう。
そして、ムッシュ・スタンと行っている訓練を続けると、半年もしたらここにいる者でココに勝てるものはいなくなるでしょう』
とフィルは言った。
その後も対戦相手のスカスカな部分が見えて勝てたのだ!
奇跡!
結果は、かなりいいものだった。
担当の先生も
「よく頑張りましたね!」
と褒めてくれた。
異変が起きたのは放課後。
同じクラスのアラン第一王子の婚約者であるソフィア・シラウディ公爵令嬢から呼び止められた。
ソフィア様は皆にお優しい方で、あまりお話はしたことがないが、大変聡明な方だ。
「コレット様、今日の授業での魔法の使い方、お見事でしたわ!
私もまだまだなところがあって…コレット様を見習わなくてはなりませんわ。
それで…何かコツがあったら教えていただきたいのですが…」
綺麗なルビー色の瞳を優しく揺らして、花が綻ぶように優しく笑うソフィア様を、私と同じ年齢の女子生徒なのかとびっくりする目で見てしまった。
流石に王室に嫁ぐ予定の方は違う。
フィルを見ると、キラキラした目でソフィア様を見ていた…。
また運命だとか騒いだらどうしようかと思ったが、
『マドモアゼル・ココが練習したティポットはムッシュ・ドナチーの魔力で作られているから同じ方法での訓練は無理ですよ。
代わりに、この時期に飛んでいる小鳥を椅子に座ったまま魔法で捕まえる訓練をするといいですよ。
この時期の渡鳥は魔力を持っています。捕まえて、自分の元まで引き寄せたら逃すという訓練です』
とフィルがアドバイスをくれたのでそのまま伝えたら、ソフィア様は大喜びしていた。
「ソフィア様、お時間ですよ?」
と側についていたカーラ子爵令嬢に促されて、迎えの馬車に向かっていった。
ソフィア様ってなんてキラキラしてて可愛らしいんだろう!
その日、ドナチー様の部屋に行くと、スタン様が
「おめでとう。教室の窓から見えたけど、勝ててよかったね。」
と、レモンキャンディをくれた。
「スタン様、ありがとうございます。」
私はニッコリ笑って飴をもらったが、前髪を垂らしているせいでスタン様には私の表情は伝わっていないようだ。
いつもの通り、スタン様に我が家のお昼のサンドイッチを渡した。
最近ではおしゃべりをしながら向かい合って食べている。
食べ終わった後、相変わらず二人の世界にいるフィルとアニアを無視して私はスタン様の作業を眺める事にした。
スタン様は不思議な装置を作っていた。
「何を作っているんですか?」
とうかがうと
「魔法石の力でピアノを弾けるようにする装置だよ」
と楽しそうに作業をしている。
しばらくすると
「できた!」
とスタン様は立ち上がって、作った装置を見せてくれた。その装置は薄くて10センチ四方のもので、背中に背負うように作られていた。
スタン様は
「この装置に魔法石を近づけて、それからピアノの前に座ると、装置に操られてピアノがうまく弾けるんだ!」
と、自ら演奏して見せてくれた。
「こんな素晴らしい装置を作ってどうするんですか?」
と聞くと、アニアが
『明日のデビュタントと、来週の夜会にターゲットが現れる予定なの。危険だからターゲットが誰かは教えないけど、記憶の宝石で、会場の様子を記録してほしいの。
本当は、明日と来週の夜会は私がピアニストとして参加して記録するはずだったのに…。
明日はスタンで、来週はココ嬢の出番ですわね!』
「えっ?うちは貧乏伯爵家で夜会に行くようなドレスは持ってないわ。明日のデビュタントですら従姉妹のドレスのリメイクなのに!」
私は言うと
『心配は無用だ。マドモアゼル・ココ。
ムッシュ・ドナチーにその本棚の1番下の青い背表紙の本を渡して「選ばれた」事を今ここで告げるのですよ』
とフィルは言うので、1番奥の部屋にいるドナチー様に言われた通り本を渡して選ばれた事を告げた。
するとドナチー様は一通の手紙を書くとどこかに魔法で送った。
「これで心配ないじゃろ」
ドナチー様は笑いながらお茶を淹れてくれた。
家に帰ると、お父様の執務室に呼ばれた。
「コレット!先ほど魔法省から手紙が来て、新しい魔道具開発のメンバーに選ばれているそうじゃないか!他言するとメンバーから外されるから一切の口外禁止と書いてあるが。
私は鼻が高い!コレットはすごいよ!」
とお父様に抱きしめられた。なんの事???
「この手紙の2枚目は、明日のデビュタントからコレットへの手伝いの要請と、それに伴って私に許可を求める内容の手紙だ。
秘密裏に手伝って欲しいと書いてある。
コレット、これは凄いことだ!
私は本当に驚いたよ!
明日のデビュタントは私がエスコートしたかったけど仕方がない。私はデビュタントを見守っているからね!」
焦茶色の旅団ってもしかしてかなり大きな組織なのかしら…。
昨日フィルに聞いた時は、楽しい仲間ばかりだと言ってたのに、魔法省を動かすなんて!
一体何が何やらわからないけど、とりあえず明日頑張ろう…。
何を頑張っていいやらわからないけど。
フィルに聞いてもイマイチ要領が得ずに明日を待つことにした。
そして次の日、朝から慌ただしかった。
父に連れられたのは我が家とは交流のないプラット公爵家!
この国の御三家の一角だ。
本当に雲の上の人でプラット公爵様は魔法省大臣だ。
公爵夫人が出迎えてくれて挨拶を早々に済ませて、この家の一室に案内された。
そして髪を綺麗に結われ、コルセットでこれでもかと締め付けられた後、デビュタントの真っ白のドレスを着せられた。
なんで私のサイズの新品のドレスがあるのか…。でも気になる問題はそこではなかった。
なんと、装飾品が記憶の宝石なのだ!
ネックレスとイヤリング、それに髪飾りまで!
全て普通の宝石に似せた記憶の宝石で出来ている。
ターゲットの位置がわからないから全方位記録できるように全ての装飾品を記憶の宝石で作ってあるんだ!
魔道具の位置が調整された後は、メイクをされた。
メイクが終わってから鏡を見た私はびっくりした!
メガネはコンタクトにされ、別人級のメイクをされている。髪は、内側のオレンジ色と銀髪が綺麗に見えるようにいいとこ取りに編み込まれていた。
誰だこれは???
全て終わった所で公爵夫人がやってきた。
「まあ!髪の毛を上げたら別人ね。プラット公爵家が後見することになったヘンショー伯爵家のご令嬢として相応しい装いだわ!」
この後、私はプラット公爵夫人とともにデビュタントボールに参加した。
プラット侯爵家は高位貴族の中でも本当の高位とあって、王族への挨拶は他のご令嬢に先駆けて別室で行われた。
国王陛下は優しく語りかけてくれた。
まさか、こんな特別待遇を受けるなんて!
本当ならリメイクしたデビュタント用のドレスを着て、沢山のご令嬢に混ざって挨拶の順番を待つはずだったのに!
挨拶が終わってホールに出ると、お父様とお母様が居た。
私に気づいたが、魔法省の要請でこちらには近づいて来なかった。
本当はお父様とお母様と一緒にいたかったな。
気がつけばファーストダンスだ。
まず、アラン第一王子と、その婚約者であるソフィア・シラウディ公爵令嬢がダンスをしたがアラン王子の表情は固かった。
2人のダンスが終わった後で私達は踊り出す。
私のファーストダンスの相手はプラット公爵家の次男、グリーグ・プラット様だ。
グリーグ様は25歳の独身!背はそんなに高くなく、体つきはがっちりした感じだ。
「次の夜会でもパートナーが決まらなければダンスくらいは付き合うよ」
と優しく言ってくれた。
紳士だなぁ!
フィルはこの間、私の髪の毛の編み込みの間に挟まっていた。
『落ちて踏まれたら大変だかからね。うっかり沢山のマドモアゼルのスカートの中を見てしまう』
と謎の心配をしていた。
何か飲み物を取ってこようと思った時、元婚約者と元親友がダンスをしているのを見てしまった。
私の気持ちは一気に萎んでしまった。
一気にトーンダウンした気持ちを隠しきれなくて、何かあったのかと心配した公爵夫人が
「今日はもう帰りましょう」
と連れ出してくれた。
馬車の中で私が突然元気がなくなった理由を聞かれて、これだけ良くしてくれた公爵夫人に隠し事ができず元婚約者と元親友を見たことを話した。
公爵夫人は優しく聞いてくれた。
「過去に何があってもあなたの未来や可能性はまだまだあるのよ。
だから、終わった事を悔やまずに前を向けるようになるまでゆっくり周りを見ていればいいわ。
きっとあなたを優しく見守ったり、寄り添ったりしてくれていた人達の優しさに気づくはずよ。
そしたらまた、前を向けばいいわ。
人生は長いんですもの。立ち止まる瞬間があったっていいと思うわ」
夫人は優しく言ってくれた。
そのあと、家ではフィルが自分の過去の恋愛話をして慰めてくれた…。
彪とマダムに挟み撃ちにされて絶対絶命を味わったとか。嫁にもらってくれと80歳のお婆さんを差し出されたとか…。
全然慰めにはならなかったけど、でもフィルの優しさは伝わった。
お父様とお母様に心配をかけたくなくて、
「コルセットで締め付けすぎて気分が悪くなったの」
と先に帰った理由を伝えたが、
「コレットは本当に綺麗になったね。いつかお嫁に行ってしまう事を想像してしまったよ」
と嬉し泣きされた。
そして、ベッドに入ってから、そういえばスタン様がピアノの演奏をするはずだったのに見れなかったと後悔した。
次の日、学園に行くと、グリーグ・プラット様とダンスをしていたデビュタントの令嬢の噂話を皆していた。
「きっと地方貴族で学校に通っていないか、他国に住んでいるご令嬢よ。あの方、お茶会などでも見たことないもの」
「綺麗な銀髪とオレンジ色の髪の毛が光にあたって綺麗だったわ」
「お顔も可愛らしかったわよね」
「プラット公爵家と縁続なのかしら?羨ましいわ」
…目の前にいますけど。
でも、誰も気づかなかった。
それはそうだ。アレは詐欺メイクだ。
お昼、またドナチー様のお部屋に行った。
スタン様は新しい魔道具を作っていた。
いつものようにお昼のサンドイッチを渡すと
「昨日のデビュタントはすぐに帰ったらしいね。
何かあったの?」
と聞かれたら私が答える前にフィルが全て説明してしまった。
「コレット嬢はコレット嬢にしかないいい所がいっぱいあるよ。だからきっとまた幸せが来るよ」
と珍しく優しく言ってくれた。
友達っていいね。
「慰めてくれてありがとう」
スタン様にお礼を伝えると
「って事で、これ午後からつけてね」
と、小さなイエローダイヤのような石のついたイヤリングを渡された。
ちょっとときめいて、うわついた声で
「これって??」
と聞いたら、スタン様は
「記憶の宝石を改良したんだ。今からつけてね」
と業務連絡だった…。
期待して損した!!
私はスタン様をちょっと睨んでイヤリングをつけた。
…なんで私は期待したのかな?
その気持ちがわからないまま、次の授業に向かった。
午後の授業は、魔法薬の授業だった。
スタン様と同じ授業だが、今日はソフィア・シラウディ公爵令嬢とペアでの授業になった。
私達は結構気が合うのか、魔法薬の調合の実験では上手くできた。
実験が早く済んだので、余った時間に色々なお話をして、私たちは意気投合した。
ソフィア様のデビュタントでの事は噂になっていた。
デビュタントの時、2曲目から後はアラン第一王子がミリアナ・キリス男爵令嬢とずっと一緒だったらしい。
…婚約者なのに軽んじられているのは辛いはず。
大切にされない王妃候補。
クラスメイトもちょっと遠巻きに見ている。
学校も居心地が悪いはずなのに、常に凛として微笑みを絶やさない姿は尊敬してしまう。
「私、あまりお友達がいませんの。よかったらお友達になってくださらない?」
ソフィア様の言葉に私は喜んだ!
はじめての友達ができた!!
スタン様は友達もどきだから。
ソフィア様は忙しいようで、いつも時間に追われていた。普段は同じクラスなのになかなかお話が出来ずに魔法薬の授業の時しかお話できない。
それでも私は、はじめてこの学校の友達ができて嬉しかった。
お昼は相変わらず、スタン様と食べて、放課後はスタン様と体力作りや勉強などした。
今週はマナーの時間も加わって、アニアとフィルがダンスの指導をしてくれている。
私とスタン様はダンスの練習だ。
スタン様は私より頭一つ分大きくて、細いのに体幹がしっかりしていて、ダンスは踊りやすかった。
何故か、ダンスの時、スタン様に手を握られるとドキドキする。
スタン様の少し低い声で私の名前を呼ぶのも最近では心地いい。
私どうしたのかな?
あっという間に、あのピアノが弾ける装置を使わなければいけない日になった。
またプラット公爵家に呼ばれて、今度は髪をアップにしてオレンジ色の髪の毛を際立たせた。
そしてまたもやコンタクトにされ、綺麗にお化粧を施された。
今日は背中に羽の生えたような不思議なデザインのドレスに、イエローダイヤのような記憶の宝石がふんだんに使われたネックレス。そして魔石でできた指輪をした。
イヤリングはスタン様に貰ったものをつけたままでいいと言われた。
イヤリングとネックレスに同じ石が使われている。
「この羽、重いでしょ?でも例のものが入っているから。指輪はこの装置を動かすためのものよ」
とプラット公爵夫人は困った顔で笑っていた。
「こんなに可愛いお嬢さんに羽が生えていれば天使にしか見えませんわね。
今日は悪いムシがつかないように頑張らなきゃいけませんわ。
そうしないと私が恨まれます」
なんのことを言われたか分からず私は曖昧に笑った。
そして、プラット公爵夫人に連れられて夜会に参加をした。
本日はダンスではなくて演奏。
本当はピアノなんて弾けないけど、スタン様の装置で私はすごく上手にピアノが弾ける!
この日は、夜会で1時間ピアノを演奏した。
正しくは演奏させられた。面白いように私の体が勝手に動いて演奏する!すごい装置だ!!
初めは周りを見る余裕がなかったけど、段々と余裕が出てきて、周りをチラチラ見た。
やはり、ソフィア様はアラン王子とは別行動で、アラン王子はミリアナ男爵令嬢と共に踊っていた。
本当にこんなに酷い態度を取るなんて!ソフィア様が可哀想!!
相変わらず私の髪の毛の編み込みの中に入ってくつろいでいるフィルは
『第一王子は何故あのような不思議なマドモアゼルとばかり踊るのか理解に苦しみますね。明らかにフィアンセの方が美しいのに』
と言っていた。
フィルの言う通りだ!
明日のランチはソフィア様を誘おう!
ご令嬢達に気遣われながら談笑するソフィア様の表情を見てそう思った。
会場に入った時も退出する時も、プラット公爵夫人が自分の娘といるように側にいてくれて私は心強かった。
帰り際に
「なんでもない時でも遊びにきてね」
と笑顔で送り出された。
なんてお優しいんだろう!
次の日のお昼は計画通り、ソフィア様をランチに誘った。
スタン様のサンドイッチは、あらかじめドナチー様の部屋に置いてきたから大丈夫!
この学校にきてから、はじめてカフェテラスでランチを食べる。
ソフィア様は久々にカフェテラスでランチを食べるそうだ。
「いつもは生徒会室で執務をこなしながらなの。
…アラン第一王子は生徒会長なのに全く生徒会室に来ないから仕事が溜まってしまって…」
ソフィア様は困った顔でそう言った。
「たまには息抜きも必要ですよ」
と言うと、ソフィア様は笑ってくれた。
ふとソフィア様の左手を見たら、小指に細い指輪をしていた。
それがソフィア様の服装と合っていなくて不思議に思った。
「ソフィア様、その左手の小指の指輪は何かおまじないですか?」
と聞くと、少し顔を赤くしたソフィア様が
「これはアラン殿下と婚約した8歳の時、アラン殿下からプレゼントされたんです。もう小指にしか入らないのだけど、サイズ直しをすることすら勿体無くて。
公式行事や夜会でも外せなくてずっとしているの…。ドレスにあっていない事はよくわかっているのだけど…。大切だから…」
と恥じらう乙女!
ソフィア様かわいい!
こんなソフィア様を見たらフィルがうるさいかもと思ったけど、フィルは今、ポケットで昼寝中だ。夜中までなにかを考えていたらしい。
放課後、ドナチー様の部屋に行くとスタン様が新しい装置を作っていた。
私は、スタン様のそばにあるソファに座ると、アニアからの課題である刺繍に取り掛かった。
これも魔力を高めるには最適だとアニアに言われて始めた。
「コレット嬢は今日はお昼忙しかったの?」
なんだか不機嫌そうなスタン様。
「昨日の夜会のアラン第一王子の行動が見てられなくて、ソフィア様の気晴らしになるかと一緒にランチをしてました」
と言うと、スタン様は少し考え込んだ。
「たしかに噂に聞いた昨日の行動は酷い。」
とスタン様が言うと、アニアが
『そろそろ、何かしらのアクションがあるかもしれないから夜会では気をつけてね!
ココは狙われやすいから特にね!』
と注意された。
『だから、完璧なダンスマナーを覚えるわよ』
アニアはいつにも増しダンスの練習に力を入れてきた。
『スタン、もっとココを抱き寄せて!ココ、恥ずかしがらずに腰をもっと寄せる!
次回の夜会は恋人として出席してもらうわ』
とアニアが言うと、スタン様の動きが止まった。
「アニア、それは…」
とスタン様は困った声を出した。
『腹を括りなさい!スタン!』
アニアは強い口調で言った。
「でも…それは…」
と言ったスタン様の体がダンス中にもかかわらず離れてしまった。
スタン様は私との恋人のフリが嫌なのか…。
私はがっかりしたような悲しいような…もやもやした気持ちになって、そしてすごく落ち込んでしまった。
「用事を思い出したので帰ります」
曲が終わった所で練習をやめて、笑顔で「またね」と言ってからフィルを掴むと私は走って帰った。
『マドモアゼル・ココ。どうしたのです?
私でよかったら話を聞きますよ?誰にも他言しないと誓いますから』
フィルは優しく言ってくれたので、泣きたいこのモヤモヤした気持ちについて説明した。
『マドモアゼル・ココ、その気持ちに名前をつけるまで、ムッシュ・ドナチーの部屋には行かないでおきましょう。
用事があればきっと手紙が来ますよ』
フィルは優しく言ってくれた。
ドナチー様の部屋にいかなければ、スタン様とは魔法薬の授業以外では一緒にならないし席が離れている。
考えてみれば本当に接点が少なかったんだ…。
魔法薬の授業中、フィルはアニアと何やらお話をしたりクラスの中を2人で彷徨いていた。
あの2人、誰にも見えない事をいい事に、授業中いちゃつきすぎ!!
それから1週間後、ドナチー様からの魔法便が届いた。
ドナチー様の部屋に行くと、そこにはスタン様が待っていた。
「コレット嬢、明日はどうしても夜会に参加しなきゃいけない。
私との恋人のフリが嫌で、この部屋に来ないのは気づいている。
でも、お願いだ。一度でいい。私と恋人のフリをしてくれないだろうか…」
スタン様は真剣だった。
そのスタン様を見て思った。
あぁ、私はスタン様が好きなんだ…。
だから、恋人のフリをアニアに提案された時、嫌そうな態度を取ったスタン様を見て悲しくなったんだ…。
スタン様と一度でいいから恋人として夜会に参加してみたい。
だってこの先もスタン様とは友達で恋人にはなれない。
私の片思いだから…。
それに留学生のスタン様は卒業したら自国に帰るだろう。
「はい。私でよければ」
私は今、上手に笑えているかな?
精一杯いい笑顔で笑った…つもり。
この日はアニアとフィルが恋人らしく見える演技を教えてくれた。
なるべく腰に手を回す事、そして目を合わせて笑う事。
恥ずかしくて、この日はうまくいかなかった。
次の日の朝、いつものようにプラット公爵家から馬車が来た。
でも前回までと違うのは、今日はお父様とお母様も馬車に乗って公爵邸まで来た。
公爵夫妻からご招待されたようで、両親は恐縮していた。
私が支度の時に使わせてもらう部屋に入ると、プレゼントの箱が置いてあった。
いつも支度を手伝ってくれるメイドは
「スタン様からのプレゼントですよ」
と言って箱を開けると、淡いグリーンのドレスが入っていた!
『ムッシュ・スタン。結構いいセンスですね』
フィルはニッコリ笑って言った。
いつものようにコンタクトにして綺麗にお化粧をしてもらい、ドレスに着替えた。
髪はオレンジと銀髪が綺麗に見えるように編み込んでもらった。
今日は記憶の宝石はつけなくていいのか、用意されていなかった。
と、ここでお迎えが来たようで呼ばれて行くとそこにはドナチー様がいた!
「コレット嬢、見違えたぞ。いつもの印象と全く別じゃ」
と私をまじまじと見るドナチー様に
「レディに向かって失礼ですよ。」
とプラット夫人は言った。
「すまんすまん、あまりにも印象が違うもんでな。
いつも妻がコレット嬢が来る事を楽しみにしているんだ。だから、用事がなくてもたまに遊びにきてくれるかな?」
「はい」
ドナチー様の奥様がプラット公爵夫人ということは…ドナチー様はプラット公爵様だったんだ!
プラット公爵は魔法省の大臣!ドナチー様は魔法省の大臣だったんだ!!!
それ以上何も言えない私に気づかないのかドナチー様はエントランスホールの方を見た。
「いつもとは違うのはコレット嬢だけではないな」
とドナチー様は言った。
その視線の先には、眩しいくらいの美青年が花束を持って立っていた。
「コレット嬢、今日も綺麗です。」
と言うと、花束をくれて、そしてネックレスの入ったジュエリーボックスを開いて見せてくれた。
スタン様の声なのに見た目は全く違う。
真っ黒の髪はオールバックにセットしていて、いつもは分厚いメガネで見えなかった瞳は金色だった。
はっきり言って、学園で一番綺麗な顔だと言われているアラン第一王子よりもカッコいい!
私は言葉が出なかった。
気がついたら、ジュエリーボックスの中のネックレスをつけてくれたスタン様は、とろけるような笑顔で私を見た。
私は赤くなって声が出ない。
そんな私を父と母とプラット公爵夫妻は優しい目で見てくれた。
「うちの名付け子は、こんな見た目なのに奥手で…。本当はヘンショー伯爵家にスタン自らお迎えに行くのが筋なんですけど…。色々と…」
と公爵夫人が言うと、父も母も当然だと頷いた。
「楽しんできてね」
と公爵夫人に言われて
「はい」
と私は赤くなって返事をした。
馬車の中では、スタン様が
「コレット嬢、今まで色々と隠し事をしてごめん。
私の本当の名前はケイルスタイ。
母はプラナル伯爵家から王家に嫁いだ、第二妃のラディア妃だ。
私が身分を偽ってきたのは、第三妃の子で兄であるベンジャミンか幾度となく第一王妃に命を狙われたからだ。
ベンジャミン王子だけでなく、第一王妃の子供であるアラン以外は私も含め皆命を狙われてきた。」
そんなに王家ってドロドロしているんだ…
「父である国王陛下は、第一妃である隣国のワイズマン帝国から嫁いできたクラリス王妃には何も言えない。
ワイズマン帝国は大国だから敵に回したくない。
だから、アラン第一王子以外の王子や王女は体の弱いフリをして表舞台から消えた。
本当は、私はコレット嬢より一歳年上なのだが…身分を偽りアランと同じ学年にいた。アランを監視するためにね。」
私は、スタン様の苦労を思うと何も言えなかった。
「そしてずっと監視だけしていればいいと思っていた。でも焦茶色の旅団の存在を知ってこれではダメだと思ったんだ」
と、スタン様は私の目をじっと見た。
クラリス王妃のお子様であるアラン第一王子が立太子するのは時間の問題なのかもね…。
「これから起こる事によって、コレット嬢とはもう気軽に会えなくなる。
もう…ドナチー公爵の部屋に行く事はかなわないだろう。
だから、最初で最後の一緒に参加する夜会になる。
今まで、友達でいてくれてありがとう。
私は君が好きだ。
だから、演技だけど恋人のフリができるのは嬉しい…。
私との恋人のフリが嫌でもいい。コレット嬢といられるのは多分今日が最後だから…」
私は…もうスタン様に好きと言えない立場になるんだ…。
「私たち友達でしょ?
友達のピンチは助けるものよ?
私はあなたが…
あなたが好きだから。だから今日はとことんお付き合いするわ」
と言った。
そして私はスタン様を見た。
スタン様は蕩けそうな顔をして、私の手を握った。
「両思いなら今から遠慮はしないよ?
演技なんかしないから」
とスタン様は言って、私の手を恋人繋ぎで握った。
「デビュタントのコレット嬢は可愛かったね。ファーストダンスまでは楽しそうだったのに…。
途中で帰る姿を見た時、ピアノを弾かないといけない任務を放り出して追いかけたかったよ?
本当は私が一緒に踊りたかったよ。
次のピアノ演奏の時。
あの羽のついた衣装はまるで女神のようだった。
あの時、私は警備隊に紛れていたんだ。もちろん、コレット嬢を見るためにね!
今回、一緒に参加できて嬉しいよ」
そう言うと、スタン様は繋いだ手を引き寄せて、私の指にキスを落とした。
「アニアはわかっていると思うけど、手伝いは今日が最後だよ。そして、この状況をなんとしても打破して見せる」
とスタン様が言うと
『そうよ!スタン、そのためにドナチー様の所で頑張ったんだから!』
とアニアが笑った。フィルは頷いている。
…フィルとアニアの存在を完全に忘れていた。
私は二人きりではない事を思い出して恥ずかしくなった。
夜会に到着するとスタン様は馬車を降りるエスコートをしてくれて私は夢見心地でホールに足を踏み入れた。
私たちの前を他の人には見えてはいないが、フィルとアリアが腕を組んでイチャイチャしながら歩く。
私たちはそれを見て、クスッと笑って歩いた。
もちろん、私たちも腕を組んでホールへと入って行く。
会場の中をスタン様と腕を組んで歩く。
恋人同士である甘さ全開の空気を醸し出して、2人で笑いながら。
スタン様は背が高くて、100年に一度の美男と言われたアラン第一王子より、整った顔と、威厳のある雰囲気をしている。
すれ違うご令嬢が皆振り返る。
「これはこれはケイルスタイ殿下。お久しゅうございます」
スタン様を呼び止めたのは騎士団総長のナイジェル公爵様だった。
「ナイジェル公爵!」
スタン様が挨拶をした後、少し世間話をして
「ところでこちらのご令嬢を紹介していただけませんか?殿下」
「こちらはコレット嬢。私の恋人です。可愛いでしょ?」
と自慢げに言ってくれるスタン様!
私は名前を名乗ってナイジェル公爵に挨拶をした。
簡単な挨拶を交わした後、同じように何人かの貴族が近づいてきて挨拶をした。
スタン様はダンスフロアに私をエスコートしてくれた。
私たちはアニアとフィルに沢山ダンスをさせられたから、息はぴったり!
足元では、アニアとフィルが楽しそうにダンスをしていた。…誰にも見えないけど…
でも、曲が変わるとフィルの様子がおかしくなった。
時折り立ち止まるのだ。
そして、アニアも時折り立ち止まり…2人は目を合わせると消えてしまった…。
スタン様と私は不自然に見えないようにダンスをやめて、2人を探そうとした。
背中に冷汗が出てきた。
声には出せないけど、心の中でフィルとアニアを呼んだ。
人混みの中で20センチの2人を探す事ができなかった…。
と、そんな時、ダンスホールにアラン第一王子の声が響き渡った。
「ソフィア・シラウディ公爵令嬢、貴様との婚約を破棄する!
そしてミリアナ・キリス男爵令嬢との婚約と同時に、宰相の承認の証書をもって立太子の宣言をここにする。!」
会場が静まり返った。
隣のスタン様を見ると、戦いを挑む騎士のような顔でアラン第一王子を見ていた。
「ソフィア・シラウディ。貴様は、私の兄であるベンジャミンと共謀し、国家転覆を謀ったな!
よもや私の食事に毒を盛ろうとしたり、私を慕うミリアナに数々の嫌がらせをしたり、ミリアナの名誉を著しく毀損させる噂を流したな!
具体的な日付はこの紙に一覧表にしてある。後で色々と言われても困るからな?
ソフィア・シラウディ、貴様にはそれ相応の罰で償ってもらおう」
アラン第一王子は騎士に合図を出してソフィア様を拘束しようとした。
「待て。名家であるシラウディ公爵家のご令嬢を拘束するんだ。国家転覆を謀った証拠があるんだろうな?」
とスタン様は声を上げた。
え???スタン様?
「ケイルスタイ!お前か!証拠なら揃っている!」
勝ち誇ったように言うアラン第一王子。
「では、ここに証拠と証人を。
今、沢山の貴族の前で証拠を披露し、目撃者がいるならば証言させて欲しい。
しかし、今証拠を出せないのであれば、罪状自体が捏造ではないかという疑惑が出てくる。そうなると、明日は我が身。
皆、身に覚えのない国家転覆の罪を着せられて犯罪者に仕立て上げられるのではないかという恐怖と戦いながら日々を過ごす事になる。
それを避けるためにも、証拠と承認を!」
スタン様の言ったことはもっともだと思う。
「ケイルスタイ殿下のいう通り、高位貴族の令嬢を拘束するのは証拠がないと承認できない。
騎士団総長として命ずる。罪状がはっきりするまでシラウディ公爵令嬢を拘束する事を禁ずる」
と先ほど挨拶をした騎士団総長のナイジェル公爵様が言ったら、騎士団は動けなくなってその場に待機になった。
しかし、この会場を覆うソフィア・シラウディは罪人であるという空気感は変えられなかった。
「どうした?証拠はあるのであろう?」
スタン様は、不敵な笑みを浮かべた。
そして小さな声で、
「今、俺がしないといけないのは、合図があるまでこの場を長引かせる事だ」
と言った。
「証拠ならあるわ!」
声を上げたのはミリアナ嬢だった。
ミリアナ嬢は、豊満な胸が見えそうなホルターネックのロングドレスに身を包み、少し片足を引きずりながらアラン王子の横に来た。
ドレスのスリットからは片足に包帯が巻かれているのが見て取れる。
「この足は、1週間前に階段から落ちた時に怪我したのです。幸いにも、その時にたまたま居合わせたフリード子爵令息様が受け止めてくださり大事には至りませんでした。
私を階段から落としたのは、ソフィア・シラウディ様本人です!」
フリード子爵令息は確かにソフィア様の顔を見たと証言した。
あの優しそうなソフィア様が…?
「違います!私ではありません!」
とソフィア様が反論するが
「ソフィア様が一人で怪しい魔道具専門街に入っていくのを見ました」とか「街で男漁りをしている」とか後ろ暗い目撃情報がこれを皮切りに続々と出てきた。
ソフィア様がそんな人だなんて信じたくない。
もう何を信じていいかわからなかった。
でもちょっと違和感があるので、スタン様の方を見た。
私の顔は決意に満ちていたのだろう。スタン様は頷いた。
「ソフィア様!その、左手はどうなさったのですか?」
私はソフィア様に話しかけた。
「ヘンショー嬢。私の左手は普通です」
と左手を見せてくれた。
やっぱり!
「…あなたはソフィア様ではありませんね?
あなたは一体誰なのです?
何もかもがソフィア様にしか見えないのに…左手だけがソフィア様ではないなんて…」
私は大きな声で言った。しかし、ソフィア様の側にいるご令嬢達は誰一人として私の言っている意味がわからないようだ…。
みんな、ソフィア様を第一王子の婚約者としか見ていなくて、人となりなんか全く見てなかったんだわ…。
ソフィア様の左手の小指に子供の頃にアラン王子からもらった指輪がないのはおかしい。
だってどんな時でも公務でも外さないって言っていたもの!
どうすればいい??
正解を言うと、絶対に言い訳をされてしまう。
なんとかしてソフィア様とは別人である事を証明しないと!
でも何も思いつかなかった。
と、ここでソフィア様の正面に立った人がいた。
それは、20センチサイズではない、普通の人のサイズのフィルだった!
大きさが変わってもすぐにわかった!
背はスラっと高く、波打つ金髪を今日は少しまえに下ろしている甘いタレ目の美丈夫だ。
何故フィルが?
「はじめまして。マドモアゼル。」
フィルがソフィア様に声をかけた。
会場がざわめく。
「あれは外務省の大臣フィリップ・カーチス公爵だ。」
「いつの間に外遊から戻られたんだ?」
「カーチス公爵夫人は、国王陛下の妹君のアナスタジア様。結婚式は王家から降嫁とあって本当に豪華だったわ」
「見て!あちらにアナスタジア様がいらっしゃるわ」
壁際に視線を移すとそこには等身大のアニアが立っていた。
ブルネットの髪は綺麗に結われており、マスタード色の落ち着いたドレスを纏っている。
豊満な胸と、細いウエスト。そして引き締まったヒップはどんな男性でもイチコロだ。
こんな綺麗な人は見たことがない!
アニアはミリアナ男爵令嬢の前に立つと
「その香水、ちょっとどころではなくて大変下品ですわ。なぜ貴方がその香水をつけているのですか?
なぜ?」
と言ってアニアは振り返り、アラン第一王子を見た。
その時、濃紺の髪の金色の目をした男性が歩いてきた。
どこかスタン様に似ているが、スタン様よりもっと年上だ。
皆、ただならぬ雰囲気にそちらを見た。
「ベンジャミン!」
アラン第一王子は呟いた。
「久しぶりだね、アラン、ケイルスタイ。
私たち兄弟3人が揃うのは10年ぶりくらいだろうか?」
ベンジャミン王子は口元は笑っていたが目は笑っていなかった。
「留学先から戻ってみれば、これはなんの騒ぎだ?」
誰も声を出せなかった。
それくらいベンジャミン殿下の纏うオーラには威厳があった。
「誰も何も答えないのか。
まあよい。
留学先のタリキタス帝国のマーシャント王弟殿下から餞別にとワインを樽でいただいた。
今日は国中の貴族が集まっているので、ここで皆で味わおうではないか。」
その声とともに、会場に大きな樽が運ばれてグラスワインがすごい早さで全ての貴族の元に配られた。
そして
「我が国とタリキタス帝国の友好の証として皆で飲もうではないか!」
とベンジャミン殿下は言うと、ワインを飲んだ。
他の貴族もワインを飲んだ。
「なんと芳醇な」
「香りも深みがある」
口をつけた貴族が褒め称えた。それを聞いて、まだ口をつけていなかった貴族も口をつけた。
しかし、ソフィア様とアラン殿下、そしてミリアナ嬢はワインに口をつけなかった。
「ところで、なぜソフィア・シラウディ公爵令嬢を拘束しようとしているんだ?」
とベンジャミン殿下は言ってから
「そういえば、さっき、『アランの食事に毒を盛ろうとしたり、ミリアナ嬢に数々の嫌がらせをしたり、ミリアナの名誉を著しく毀損させる噂を流した』事と、『ミリアナ嬢を階段から落とした』事で拘束しようとしていたんだったね。
それが本当か確認してみようではないか。」
と言って、ベンジャミン殿下はアラン殿下に近づくと、手元にある日付と事柄の入った紙を奪った。
フィルが箱を持ってきた。そこには綺麗に並べられた『記憶の宝石』があった。
「皆も知っての通り、『記憶の宝石』は真実しか記録できないから過去に起きた事を捏造はできない。
それでは何が起きていたか見てみようか」
記憶の宝石が記録している過去の様子を映し出した。
映像は半透明だが、まるで自分の目で見ているかのような映像だ。
そこには、日常のアラン第一王子の様子が流れてきた。食事やティータイムの様子だけを早送りで見たが、ソフィア様と一緒の姿は一度もなく、大体がミリアナ嬢かお取り巻きのご学友と一緒だった。
「ソフィア嬢が毒を盛るのは不可能だな」
とベンジャミン殿下は言った。
次に、ソフィア様を追った映像になった。
ベンジャミン殿下はアラン殿下が持っていた紙に目を落とすと、次々と日付を言った。
ほとんどが最近の日付だった。
映像はソフィア様を映し出したもので、普通に通学するソフィア様だけが映っていた。
「これを見る限り、何かをする時間は無さそうだが…別の映像もある」
それは、学院の日常を映し出した映像だった。
映像の奥で、ソフィア様が右手の部屋に入り、左手から出てきた。
「おかしい事に気づいたか?
ソフィア嬢は右手の部屋に入って、左手の部屋から出てきた。
こんなことができるのは空間移動の魔法が使えるか、はたまたソフィア嬢が二人いるかだ」
張り詰めた空気が漂う。
「コレット嬢。ここにいるソフィア嬢が偽物だと言ったが根拠はあるのか?」
とベンジャミン殿下に聞かれて、私はスタン様を見た。
スタン様は頷いて、私の手をぎゅっと握ってくれた。
「はい。あります。
本物のソフィア様なら左手の小指に指輪をしているはずです。その指輪は8歳のアラン殿下との婚約の際にアラン殿下から贈られたものでそれはそれは大切になさっていました。
夜会でも、公式行事でも外した事はないそうです」
私は力強く言った。
「ほほう?ではここにいるソフィア嬢は誰なんだ?」
とベンジャミン殿下に聞かれて
「わかりません」
と答えた。
「そうか。では、誰か思い当たる人物がいる者は?」
その声に震えるようにして名乗り出た者がいた。
「はい。多分…キルティ・セドリック男爵令嬢ではないかと」
名乗り出たのはミリアナ嬢の取り巻きの一人だった。
ミリアナ嬢は目を見開いて名乗り出たヨーク子爵令嬢を見た。
「ベッキー・ヨーク子爵令嬢!この場でそんなデタラメはいけませんわ!」
とミリアナ嬢。しかし
「私達は、ミリアナ嬢やアラン殿下が望む事ならなんでもしました。ソフィア・シラウディ公爵令嬢の名誉を貶めることや、ソフィア嬢に不利になる事は全て。
ソフィア嬢の格好で街で男性に声をかけたり、怪しい魔道具店に行ったり。
ソフィア嬢の醜聞になる事は、全てミリアナ嬢が計画しました。
今の今まで、なぜそれに従っていたのかわかりません。
今は、怖くてたまらないのです」
「よく話してくれたね。そこにいるソフィア嬢の格好をしたキルティ・セドリック男爵令嬢とベッキー・ヨーク子爵令嬢を別室へ。」
そうベンジャミン殿下は指示をした。
それから会場にいる皆に向かって言った。
「私が取り急ぎ留学先から戻ってきたのは、アングリード国の生物兵器がこの国で使われていると聞いたからだ。
アングリード国の生物兵器は、俗称を『ほれ薬』と言う。これは神経毒で、長い時間嗅がされると中毒症状を起こして、場合によってはこの薬を嗅がせた相手を手にかけてしまうかもしれない。
数年前、この毒のせいで国が破綻しそうになったのがタリキタス帝国だ。
そう。私が留学していた国だ。
タリキタス帝国は、軍事力が大陸最大だ。その国の王族が、今回の我が国で広がり出したほれ薬の件を大層心配してくれたのだ。
心配した友人であるマーシャント王弟殿下から贈られたのが、先程、皆が飲んだ『解毒のワイン』だ。」
その言葉で、皆が手に持っていた空のワイングラスを見た。
ベンジャミン殿下は空のワイングラスを掲げる。
「皆が嗅がされていた『ほれ薬』は、ミリアナ・キリス男爵令嬢が纏っている匂いで、この匂いは『第一王子であるアランを好きになる薬。そしてミリアナ嬢を好きになる薬だ」
とベンジャミン殿下は不敵な笑みを浮かべるとアラン殿下を見た。
「ミリアナ嬢は自分の気持ちを汲んでくれる男性貴族と同時に、アランに傅く貴族も必要だったのだな。」
とベンジャミン殿下はミリアナ嬢を見た。
「ミリアナ嬢はアランを国王にした後、アランを夢中にしてこの国を征服しようと目論んでいたんだね。
それはには邪魔なソフィア嬢を排除する必要がある。だから、偽物に後ろ暗い事をさせた。
偽物のソフィア嬢が皆の前で罪を認めて、その後本物を幽閉することつもりだったのだろう?
君は、アングリード国から送り込まれているね?」
と言った後、アラン第一王子を見た。
「アラン、君の母上である第一王妃であるクラリス妃は隣国のワイズマン帝国から嫁いできた。
その事は誰でも知る事実であるが、ワイズマン帝国はこの国を乗取るつもりで第一王妃であるクラリス妃を嫁がせたんだね。
そしてワイズマン帝国の王族の血を引く君を国王にするつもりで。
ミリアナ嬢の使っていた薬についてはどこまで知っているんだ?
ミリアナ嬢…いや。アングリード国の思惑に気付いていたのか?」
ベンジャミン殿下は鋭い目でアラン殿下を見た。
アラン殿下は唇を噛んだ。
「何も言えないんだね。まあいいよ。」
と言うと、ベンジャミン殿下はもう興味がなくなったとばかりにアラン殿下から視線を外した。
「国王陛下。」
ベンジャミン殿下は大きな声で言うと、いつのまにか国王陛下が王の椅子に座っていた。
「さあ、ここまで私たちが調べ上げても、国王陛下はまだこのまま国政を続けますか?
沢山の貴族に神経毒を盛られて、他の国から乗取りをかけられていても。
あなたの子孫である複数の子供が第一王妃から毒を盛られる恐怖と戦いながらの生活を続けていても。
それでも見て見ぬふりをするのですか?」
それは退位を促す言葉だった。
この後、アラン殿下と、ミリアナ・キリス男爵令嬢が拘束された。
そしてその後、ベンジャミン殿下とスタン様と私は衛兵と共にソフィア・シラウディ公爵令嬢を探した。
ソフィア様が本物かどうか見分けるために私も帯同した。
ソフィア様は、キリス男爵が保有する倉庫の地下に閉じ込められていた。
フィルとアニアが指揮する焦茶色の旅団の情報網から割り出して向かった。
ソフィア様は無事ベンジャミン殿下によって救出された。
フィルとアニアが小さくなっていた理由は不明だが、アラン殿下率いる暗殺組織から、毒を盛られて意識がない間に、小さくなって私とスタン様の元にいたのではないかと思う。
でもその事は4人の秘密だ。
ソフィア様の偽物を演じていたキルティ・セドリック男爵令嬢は、実はシラウディ公爵の私生児で、もともと顔や雰囲気が似ていてメイクでそっくりにしていたらしい。
そりゃ腹違いの姉妹だからそうか…。
…シラウディ公爵家は公爵様が養子に入ったおうちだから、しばらくお家騒動で揉めるだろう…。
そして気がつけば季節は夏になろうとしていた。
スタン様…ケイルスタイ王子は、あの騒動以降、見た目を隠す事なく堂々としており、毎日、私を迎えに来て一緒に通学している。
「アラン派の残党に狙われた時に守るため」
と言っているけど。
今日もお迎えの馬車に乗ると
「おはようココ。今日も可愛いね。」
と蕩けるような顔で私を見てから、私のオレンジ色の髪の毛にキスを落とす。
「オレンジ色の部分に触れていいのは私だけだよ?
毎日、ココの可愛い顔が見たいけど、誰の目にも触れさせたくない!
また以前のように前髪を鼻まで垂らして、眼鏡をかけて生活していいんだよ?」
と言ってくる!私が顔を隠さなくなった事が気に食わないのかな?
アラン殿下と、そのお母様の第一王妃は今、幽閉されている。
証拠は私が記憶の宝石をつけて参加した2回の夜会にバッチリ映っていた。
その時の映像には協力している貴族がバッチリ映っていた。
後で粛清の対象になるだろう。
今回の件は、第一王妃の故郷、ワイズマン帝国は今回の事を知らぬ存ぜぬと言っている。
帝国の血を引く娘と孫を見限ったのだ。
それは、ベンジャミン殿下の後ろ盾が、タリキタス帝国のマーシャント王弟殿下だからだろう。
どこの国もタリキタス帝国と張り合うのは無理だ。
今日は、国王陛下の退位の発表と、ベンジャミン殿下の立太子。そして、ベンジャミン殿下とソフィア・シラウディ公爵令嬢の婚約発表の舞踏会だ。
迎えの馬車から降りてきたのスタン様ではなくフィル… 外務省の大臣フィリップ・カーチス公爵だったのでお父様もお母様も腰を抜かしそうになった。
「マドモアゼル・ココ。さあ行きましょうか?」
と私の手を取ると、指先にキスをした。
私はグフフと笑ってしまった。
「ええ、フィル。よろしくね」
私は軽口で返事をして馬車に乗った。
馬車には青いドレスに真っ赤な口紅をつけたアニアがいた。
「アニア!私が毎日見ていたアニアとフィルそのものだわ!」
スタン様はちょっとむくれている。
馬車の中は4人だった。
ドナチー様の部屋で4人でいた日々が懐かしい。
あの私のポケットで寝こけていたフィルが等身大で横にいるのは変な気分だった。
舞踏会の入り口で同じ馬車からフィル、アニア、スタン、そして私が降りてきて皆びっくりしていた。
会場ではドナチー様と奥様であるプラット公爵夫人とも仲良く談笑をした。
と、ここで私に近づいてくる人物がいた。
かつての婚約者、フランク・シード伯爵令息だ。
スタン様は警戒して私の腰を引き寄せた。
…そんな人いたね。もう幸せすぎて忘れてた…。
「コレット嬢。久しぶり。3年ぶり、いや4年ぶりかな。
間違えるくらい綺麗になったね。そんなに綺麗になるなら手を離さなければ良かった。
もう一度、友達からやり直せないかな?
私と君の友人のジュリーをお茶会に呼んだりしてさ」
申し訳ない態度は微塵も見せずに、友達になって当たり前と言う態度で来たのは、スタン様の警戒心をさらに大きくしたし、心配した様子のフィルもこちらに近づいてきた。
「シード伯爵令息。私が貴方と友達だった事は一度もないし、これから友達になることもありません。
それに私の名前を気安く呼ばないでほしいです。
ジュリー嬢?そういえばそんな方、いたかもしれませんが、もう顔も思い出せませんし、交友関係は同じ学院の方と築きたいと思っていますので」
私はそれだけ言うと、もう視界の中にすら入れなかった。
私とスタン様の周りには、同じ学院の方が集まってきていた。
髪の毛を上げてメガネをやめ素顔を晒した私は、銀の薔薇姫と呼ばれており、ソフィア様が深紅の薔薇姫と呼ばれている。
私は銀髪、ソフィア様は目の色からそう呼ばれていた。
そう!姫と呼ばれるくらい外見は変わったのだ。
…中身は変わらないけど…。
そんな私の変貌ぶりもすごいかも知れないけど、フランク・シード伯爵令息を盗った親友だと思っていたジュリー・クラウド子爵令嬢が、月日が経つにつれてエラが張った顔になり、骨格が骨太の男性的ながっちりした骨格になって、ドレスが似合わない体型になっていた事にはびっくりした。
デビュタントで見た時は一瞬だったからそこまでわからなかったけど…。
ジュリー・クラウド嬢は…外見で勝負できないから中身で勝負しないといけないわけだけど、中身も友達の婚約者を盗った令嬢だから、男性からも女性からも嫌煙されているらしい。
これは焦茶色の旅団情報。
全ての発表が終わって、壇上を見ると、ソフィア様とベンジャミン皇太子が見つめ合って笑っていた。
あの救出劇で出会った二人は、お互いに一目惚れをしたらしい。
ダンスが始まった。
ファーストダンスはフィルと踊った。フィルは私のダンスの先生だから。アニアはスタン様と踊っている。
「マドモアゼル・ココ。私の後任は貴女とスタンしかいないと思っています。長い時間かけてこれからも貴方達を外交官に育てますから覚悟してくださいね。
そして、これからも私たちを『フィル、アニア』とお呼びください」
というと、ウインクをした。
そのウインクを見たご婦人達が色気に圧倒されて倒れそうになっている。
その後で、むくれたスタン様とダンスをした。
「コレット嬢。フィルに何かされなかったか?
あいつは事あるごとに、コレット嬢とずっといた事を言うんだ!」
私は笑いながら
「大丈夫。フィルはおとぼけオジ様だから」
と言って、その後3曲も踊った。
疲れて二人でバルコニーに出た。
風が爽やかに感じる。
自然と私はスタン様にもたれかかった。
「コレット嬢、これからも貴女を支えられるように努力するので私とずっといてくれますか?」
「ええ!もちろん!スタン様の足を引っ張らないように努力するからよろしくお願いします」
スタン様は、私の腰を引いて、向き合う姿勢になると、唇にキスをした。
目を開けるとまた幸せそうに笑うスタン様と目が合い、今度は頬に、そして首筋にキスをされた。
「好きだよ」
そう耳元で呟くスタン様と結婚するのは、外交官見習いとしてフィルとアニアとスタン様と私で同盟国を3年間も外遊してからになる事をこの時はまだ知らない。
長いお話にもかかわらず最後までお読みいただきありがとうございます!
フィルの年齢は30代前半くらいで書いていまして、アニアは20代後半の設定です。
10代の少女からしたら、20代以降は立派なオジサンだという認識で書いております。
スタンとアニアは血の繋がった叔母と甥。
甥を励ます叔母と叔父が常に側にいる…ウザい生活ですよね。
フィルは外交官としてすごく優秀という設定で、どこまでが本気でどこまでがノリなのかわからない人物像です。
あとがきが説明臭くなってしまってすいません。