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No.07「苦い幸せ」

(お題)

1「カフェ」

2「チームワーク」

3「回廊」



 組織から逃げ続け、回廊のような路地裏をさまよい、私は疲労の限界を迎えて意識を失ったらしい。



 身よりのない子供達を保護という建前で集めては、非人道的な化学実験のモルモットにされ続けていた私たちは、いつの日か一致団結して組織から脱出することを決意した。



 チームワークでどうにか大人たちをやりくるめたが、逃走途中で20人はいたであろう仲間たちはじわじわと拘束され、傷つけられ、そのまま銃殺され……どうにか生き残ったのは私一人。



 今、ようやく意識を取り戻したものの、身体が石のように重く、指先一つ動かすことでさえ苦痛な状態。



 瞼を開くことも恐怖心でできず、肌の感触と洗い立てのシャツを思わせる匂いで、ベッドのような物に横たわっていることだけはかろうじて分かった。



 ここはどこだろう? 組織にまた戻されたのだろうか? 



 私は唯一外界と繋がっている聴覚と嗅覚だけで現状を把握することに努めた。



『ポチャン……ポチャン……』



 水の滴る音が聞こえる……



 それには聞き覚えがあった。組織の研究室でよく聞いた音だ。フラスコの中に調合された薬品の滴が落ちる音にそっくりだった……



 胸くそ悪く、思わず怖じ気付いてしまう音……その薬品を飲まされた仲間は、全身の汗がとまらなくなって死んでしまった。私もそれを飲まされてしまうのだろうか? 



 絶望感に包まれた次の瞬間には、何かが焦げたような匂いが鼻孔をつついてきた。



 思わず、組織で用済みとなった子供の死体が焼却炉で焼かれていたことを思い出してしまう。私は何度もその場所まで仲間の死体を運ばされていた……忘れたくても、忘れさせてくれない記憶……



 でも、今嗅ぎ取っている焦げた匂いは、人間の肉が焼かれた時のような脂っぽさは感じられず、どことなくフルーティーで何度も嗅ぎたくなるような心地よい香り立った。



 一体、私が寝ている横では何が起こっているのだろうか? 



 頭を巡らせても答えはでなかったが、そうこうしているうちに『ギィ……』と、木材がきしむ音と共に何者かが私に近寄ってくる気配を感じ取った。



 組織の人間か? それとももっと恐ろしい存在……? 



 私がベッドで震え続けていると、突然額に温かい感触の何かが乗せられ、心臓が止まりそうな緊張を覚えた。



「熱はないみたいだね」



 私の横で、誰かが呟いた。乗せられていたのは、その人間の手だった。皮膚はゴツゴツしたいるが、組織の人間に触れられた時には感じ取れなかった温もりがあった……



「どれ、起きられるかい? 」



 私はその人間に抱き起こされたらしい。優しく、ゆっくりと……こんな感触は、組織に捕らわれる以前、微かな記憶で覚えていた両親の温もり以来だった。



 とうとう気がゆるんでしまった私は、閉じ続けていた瞼をゆっくりと開き、視界を解禁する。



「おお、ようやく目を開いてくれたな。よかった」



 私の目に映ったもの、そこには初老の男性の笑顔。深いえくぼと白髪の混じった短髪が印象的だった。



「店の前でおまえさんが倒れててびっくりしたよ。まぁ安心しな、さっき医者に診てもらったが、とにかく疲れてが溜まってるだけだって言っててな。このまま休んでりゃきっと元気になる」



 そういって初老の男は、私の肩をポンと叩いた。どうやら私はこの人に命を救われたようだ。



 フッ……と安堵で全身が緩んだら、周囲の情景もよく見えてきた。



 さっきから気になっていた、ポタポタと垂れていた滴。その正体は化学実験で使われるようなフラスコと漏斗が組み合わさった装置のような物で、上部に取り付けられた球体のガラス容器の中に溜められた水が、細い管を通って下に流れ、少しずつ滴となって、茶色い粉が敷き詰められているビーカーのような部分に垂れ続けている。その音だった。



「ああ、あれが気になるかい? 」



 初老の男は、私の視線と表情で察したようだ。その謎の装置の説明をしてくれた。



「あれはウォータードリッパー。水出しコーヒーを作る道具だよ。ああやって少しずつ水を落としてコーヒーを淹れるんだ。5時間ぐらいかけてね」



 5時間も掛けてコーヒーを淹れるのか! と心の中で知的好奇心を満たされた興奮と共に、ここが古めかしい木造建築で飾られたカフェであることにようやく気が付いた。



 ベッドだと思いこんでいたのは、店内に備え付けられていた柔らかいソファで、私はそこに横たわっていた。



「良かったら飲んでみるかい? 病み上がりに飲ませるのはちょっとあれだが……なんだかさっきから興味津々みたいだからな」



 初老の男は、こんなにも人間って嬉しそうな顔ができるのか? と思うほどの笑顔で、私に水で出したコーヒーが注がれたグラスを手渡してくれた。



 道ばたで疲弊しきって倒れていた子供に、コーヒーを飲ませるだなんてちょっとどうかしてるとは思いつつも、組織に飲まされていた錠剤やカプセルなんかよりもずっとマシだと開き直り、私は一気にそのコーヒーを口の中に飲み込んだ。



「おお、ブラックでいけるのか! 若いのにすごいな。で、どうだ? うまいだろ? なんせオレが厳選した豆を自家焙煎した自慢の一品だからな! どうよ? 」





「…………苦い」





 それが……私が人生をやり直した、記念すべき日の第一声となった。





THE END


執筆時間【1時間19分】

水出しコーヒーうまいよ。

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