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No.06「緑の古書」

(お題)

1「古書店」

2「遠慮」

3「二次元」




 古書店を営む祖父が急に体調を崩してしまい、入院を余儀なくされた。



 検査と治療の結果、命には別状ないものの、一週間は退院できないとのことだった。



 オレはその間に、祖父の古書店の店番を勤めることになり、忘れがたい体験をすることになる。





 祖父は古書店の二階をそのまま住まいとして使っており、一人で日常生活を送っていた。オレも店番をしている間はそこに寝泊まりしていたのだが、ある晩、閉めたハズの一階の売場から、ガタガタと物音がしていることに気が付いた。



 泥棒か? と思い、フライパン片手におそるおそる階段を降りると、そこには目を疑う光景があった。



「……何を……やってるんだ? 」



 そこには、売場の本棚から一冊一冊書簡を抜き取っては戻し、抜き取っては戻しを繰り返している少女の姿があったのだ。



「ひっ……ごめんなさい! 」



 少女はオレの声に驚き、目を丸くしてそういった。長い黒髪によく似合う花柄のワンピースを着た女の子だった。どう見ても小学生か中学生くらいにしか見えないほどに幼い印象を覚える顔立ちだった。



「きみ……こんなところで何してるの? ひょっとしてじいさんの知り合いか? 」



「え……と……違うんです。私……ちょっと捜し物を……」



「捜し物? 」



「はい。私、実を言うとこの古書店に捕らわれた精霊なんです」



「は? 」と思わず反射的に言葉が飛び出す。



 精霊? そんな非科学的なコトがあるものか。と、疑いの視線を突きつけると、「仕方ありませんね……」と女の子はススっ……と本棚の陰に隠れてしまう。



「おいおい! 逃げるなよ! 」



 オレは本棚の裏側に隠れた少女をつかまえようとした。しかし、その時……背後で誰かがオレの背中に触れる感触があった。



「捕まえた」



 信じられなかった。振り返ると、本棚の裏側に隠れたハズの少女が、いつの間にかオレの背後に立ち、鬼ごっこのように背中にタッチをしていたからだ。



 瞬間移動だ……こんなことは普通の人間にできるはずがない。



「信じてくれますか? 」



 こんな超常現象を見せつけられてしまっては信じざるを得ない。オレは少女が本の精霊なのだと認めることになった。



「私は元々、この古書店のどこかにある魔導書の姿をしていました……ですが、昨今町の霊障が不安定になったことが原因で、魂だけが飛び出してしまい、人間の形でこの店に捕らわれてしまったのです。」



「よくはわからんけど、地縛霊になった……ってことか?」



「そんなところです。それで夜な夜な本棚を漁り続け、私の本体……本だけに“本体”である魔導書を探しているのですが、どうにも見つからなくて……」



「なるほど……その魔導書だとかが見つかれば、キミは元の姿に戻れるということか」



 本の精霊はうなづいて肯定した。



「魔導書はただの書物ではありません。その1ページ1ページに都市や町が存在し、多くの精霊が生活を送っている“世界”そのものなんです……私はずっとそこに帰ることができないでいるんです」



 なるほど、二次元の世界……というワケか。ひとまず彼女の事情は理解した。こうなったらオレもとことんつきあってやることに決めた。



「一緒に探してやるよ。どんな本なのか教えてくれ」



 本の精霊はオレの言葉に対し、一瞬どんな反応をとればいいのか分からずにキョトンとしていた。そして数秒の間があいた後……



「いいんですか? 」と遠慮がちな伏せた視線をオレに向ける。



「まかせろ! 」



 夏のひまわりを彷彿させる笑顔で、本の精霊は飛び跳ねて喜んだ。そこまで嬉しい反応をしてくれると、ちょっと照れる。



「ありがとうございます! それではお願いします! 百科事典並の厚みがあって、緑色の表紙に英語で『secret』と書かれた本です! 」



「了解! 」



 かくして、オレと本の精霊による魔導書捜索が始まった。



 本棚に敷き詰められた書籍を一冊一冊チェックし続け、それらしい物を探し続けて2時間ほど経った頃……オレはこの古書店に備えられた、とあるカラクリを発見することになる。



「見ろ。この本棚、横にスライドさせて動かすことができるぞ! まるで襖の戸みたいに! 」



「ホントだ! すごいです! 」



 オレの祖父は店にとんだ忍者屋敷要素を詰め込んでいたらしい。壁際の本棚を滑らせると、その奥には“もう一つ”の本棚が隠されていたのだ。



「うわあ……」



 そこには、無数の怪しげな洋書がズラリと敷き詰められていて、しばし圧巻されていると、その中に緑色の背表紙があることに気が付いた。



「ありました! これです! 」



 本の精霊が探し求めていた魔導書が、ようやく見つかったのだ。



「これで本の世界へと帰ることができます……本当にありがとう……」



「いや……いいってことよ」



 今オレは情けないほどに顔がほころんでいるだろう。大げさかもしれないけど、一人の魂を救うことができたのだから。



「お兄ちゃん……この恩は一生忘れません」



 本の精霊は魔導書をギュッと抱きしめて、瞳をキラキラと潤わせた。おいおい……そこまで感謝されちゃったら、こっちまで泣けてきたよ。



「それじゃあお兄ちゃん……お礼をしてあげるよ」



「いいんだ。気にするな。キミの笑顔が見られただけで……」



「いえ、絶対受け取ってほしいの……お兄ちゃんには、少しの間だけ……」



「少しの間……? 」



 その時、オレは背後に感じ取った。何かがいる! 誰かがオレの後ろに経っている!? 



 とっさにオレは振り返ったが、その瞬間に頭が真っ白になり、意識が遠のいていった……



 そしてそのまま白い靄の中を延々とたゆたう感覚を味わっていると、突如鼓膜を揺るがす電子音が、オレの意識を現実へと引き戻した。



「ん……んん? 」



 電子音の正体は、店の電話のコール音だった。ピリリリ! とやかましく店内に鳴り響き続けている。



「あれ? 」



 オレは混濁した意識のなか、状況を確認する。



 店の壁掛け時計を見て、今が朝の10時であることがわかった、そして店の堅い床の上で寝ていたらしい、身体の節々が痛い……



 さらに周囲を見渡すと、昨晩発見した隠し本棚はそのまま開きっぱなしになっている。その中から一冊だけ書籍がすっぽり抜け落ちた空間ができていた。



 そのことから、昨晩体験した不思議な出来事が夢でなかったコトを再確認した。



「あの子……ちゃんと本の世界に帰れたんだな……」



 と感慨にふけっている場合ではない、今はとにかく耳障りな電話の着信音を止めることが先決だ! 



「はいもしもし! 」



 受話器を取ると、スピーカーからは親しみのある声が聞こえてきた。



「おう、オレだ! 店番ありがとうよ! 」



「じいちゃん!? もう身体は大丈夫なのか? 」



 入院中の祖父から電話だった。声から察するに、もう完全に体調を取り戻したようだった。



「もう平気だ。すぐにでもそっちに戻れちゃうぞ」



「はは、ムリすんなって」



「それで、ちょっとお前に頼みがあるんだが、いいか? 」



「頼み? 何のこと? ……あ、ひょっとして本の精霊のこと? 」



「ほんのせいれい……何をよくわからんことをいってるんだ? 」




 祖父はどうやら精霊のことは知らないようだった。となると、あの女の子はオレだけに姿を見せてくれたってことなのか? 霊感が強いって自覚は今までなかったんだけど? 



「まあいい、オレが頼みたいのはな、貯金通帳とハンコを病院に持ってきて欲しいってコトだけだ。入院費を払わなきゃならんからな」



「あ、そうなんだ。わかったよ。それ、どこにあるの? 」



「ああ。ちょっとわかりにくいところに隠しててな……売場の本棚、あるだろ? その中で壁際にあるヤツはな、横に引っ張ると引き戸みたいにスライドすることができてな……」



 ……なんだか話が怪しくなってきた……



「その奥にはもう一つ本棚が隠されててな、洋書がズラーっと並んでるんだが、その中に一冊、緑色の表紙のヤツがあってだな」



 ……おいおい……ちょっと待ってくれ。



「それ、実は本の形をした箱になっててな。その中に貯金通帳だとか年金手帳だとか、大事モンが全部詰めこまれてるから」



「……そ、そうなんだ……わかったよ……うん……探してみる」



「おう、頼んだぞ」



 通話はそれで終わり。オレはひとまずパニックに陥る寸前の心を落ち着かせる為、ひとまずテレビの電源を点けた。ちょうどニュース番組が放送されている。



『続きまして都内のニュースです、今年に入り、これで10件目となります。双子の窃盗犯による被害が後をたちません。警視庁の報告によりますと、犯人は背丈が150cmあるかないかの双子の女性二人組で、独居老人宅へと押し入り、言葉巧みに大金を盗み出すという手口を使っているそうです……』



 アナウンサーの言葉に、オレはようやく気が付いた……



 あの時……本の精霊……いや、窃盗犯の女は“二人”いたのだ。



 だから瞬間移動と見せかけたトリックを見せつけることもできたし、オレの背後にもう一人が忍び寄って薬品か何かで眠らせることもできた。



 彼女らは、常日頃からこの古書店に狙いをつけていて、祖父一人だけで生活を送っていることを確認し、さらに緑色の本にカムフラージュした箱の中に貴重品を隠していることもかぎつけていたのだ……



 あとは夜な夜な忍び込んでそれを盗めばいい。



 だけど、偶然にも祖父は入院……代わりにオレと出くわしたってことか……



 そしてマヌケにもまんまと丸め込まれてしまい、祖父の貯金通帳諸々を探す手伝いをしてしまったワケだ……



「はは……」オレは自嘲の乾いた笑いを漏らしつつ、自分やらかしてしまったミスで心臓がギュッと握りしめられてしまう感覚に苦しんだ。



 本の世界か……本当にあれば、そこに逃げたいよ……



『あ、すみません! 速報が入りました! 』



 意気消沈するオレの意識に、突然アナウンサーの焦りのこめられた声が割り込んできた。一体なんだ? 



『さきほどお伝えいたしました、双子の窃盗犯被害の件で速報です……! 今日未明、都内の公園で、犯人と思われる女性二人が意識を失って倒れているところを通行人に発見されたそうです! 繰り返します……双子の窃盗犯……』



 嘘だろ? 



 どうやらつい数時間前まで一緒に緑の本を探していた彼女達が、どうしてこんな目に……? 何か別の事件に巻き込まれたのか? いや、それよりも、祖父の通帳は大丈夫なのだろうか? 



 状況が飲み込めず、ただただ唾を飲み込むコトしかできなかったオレだったが、再び店内に鳴り響く電話のコール音で正気を取り戻す。



 受話器取ると、相手はさっきと同じ。祖父からだった。



「あ~、悪い悪い。さっき言った通帳の隠し場所だがな。やっぱり店の本棚に隠すのはよくないな~って思って二階のタンスの中に移動させてたのをすっかり忘れてたわ。いや、悪い悪い」



「え? それじゃあ……緑の本は? 」



「あれか? あれなあ、どうせ元々百均で買ったモンだし、ボロくなってたんで捨てちゃったわ。本棚にも無かっただろ? 」



「え……? 」



 ちょっと待って……それじゃあ、あの双子が持って行った緑の本って……



「お兄ちゃん」



 背後から聞こえる声……少女のあどけない声……



 受話器を下ろした後に、ゆっくりとオレはその声の方へと首を向ける。



「まさか……本当に……? 」



 そこには少女の姿なんてなかった。しかし代わりに、緑色の表紙の一冊の分厚い本がポツンと床に置かれている。



 震える手でそれを拾い上げ、歯を振るわせながらページをめくる……



 そこには双子の姉妹の挿し絵が描かれていた。



 そして二人とも、人間とは思えない苦悶の表情を浮かべていたのだった。




THE END


執筆時間【2時間20分】

最近筋トレするようになった。

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