No.05「ハートマーク」
お題なし。
「ちょっと気になることがあってよ」
調理師は同僚に聞いた。寝起きのような低血圧なトーンだった。
「どうしました? 」
同僚はジャガイモの皮を剥きながら調理師に返事をする。ドイツ料理店に勤める彼らにとっては日常的な光景だった。
「昨日、ウチの猫ちゃん達のゴハンの缶詰の蓋を開けてた時よ、偶然気が付いたのよ。わかるか? 最近の若い奴はあんまり使わなくなったけど、缶切りってヤツを使ってキコキコやってさ」
「それぐらい分かりますって。ゆとり世代だからってバカにしないでください」
同僚はジャガイモの皮剥きの手を止めて語気を強める。切らずにつなげたまま器用に剥かれた皮が振り子のように揺れた。
「いや、悪い。で、その缶切りをよく見たらよ、今まで気が付かなかったけど、刃の部分に穴が空いてたんだよ、それも『ハート型』の」
「ハート? 」
「おう、ハートマーク。お前が愛する彼女に送るラインメッセージで絶対最後に点けるヤツ」
「ちょっ……! それは言わないでくださいよ! 」
動揺した同僚は、思わずジャガイモの皮を切り落としてしまう。最長記録への挑戦はまた次の機会だ。
「で! そのハート型の穴がなんなんですか? 」
同僚はヤケクソ気味な口調で調理師を煽った。
「そうツンツンすんな。それでな、そのハート型、何か意味があるのかと思ってよ。ちょっくら調べてみたんだよ」
「で、何かわかりましたか? 」
「ああ。なんちゃら知恵袋ってヤツに載ってたんだがよ、なんとそのハートマークにはよ……」
「ハートマークには? 」
「特に意味は無いらしい。ただのデザインだってさ」
同僚は反応を示さず。黙って皮を剥き続けた。
「おい、何とかいえよ」
「むしろなんて言い返せばいいんですか? 結局なんの意味も無かったってことじゃないですか」
「まぁ、そうだけどよ。ただそれだけの話さ」
調理師は駄話で中断していた作業を再開し、同僚と共にジャガイモの皮を剥き始めた。
「あのよ」
「なんですか? もう缶切りの話は終わったでしょ? 」
「まぁ、なんだ……多分その缶切り作ってたメーカーさ、刃の部分に穴を開けるってなった時、色々と考えたんだと思うのよ。その結果ハートマークだろ……」
「はぁ……? 」
「きっとお前みたいなヤツが、デザイン案の資料に彼女宛の手紙を混ぜちゃって会議に提出して、ハートマークが採用されちゃったんじゃないか? って思ったりして……」
「やめてください! って! 」
思わず顔を真っ赤に染めながら叫び、調理師の冗談話を中断させようとする同僚。
「おいお前ら! くっちゃべってねえで手を動かせや! 」
そんな二人を見かねたシェフは、厨房中に響きわたる大声で怒鳴ってお灸を据えた。
「サーセン、シェフ! 」「す、すみません! 」
揃って平謝りする調理師と同僚。シェフはため息をついて呟いた。
「まったく……だから付き合ってるモン同士が同じ厨房にいるとめんどくせえんだよな……」
「へへ……」
調理師は照れ笑いをしながら同僚にこっそりウィンクを投げつける。
それを受けた同僚は迷惑そうな顔をしつつも、頭の中では調理師と共に帰宅する時を今か今かと待ちわびているのであった。
THE END
執筆時間【30分】
Tシャツにシュッシュすると涼しくなるスプレーを室内で使ってる。