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青筆のエリーと数々の話  作者: 八七川ヤナギ
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青筆のエリーと割り勘の話 3

「状況を確認しておくね」


 エレーナが石板に書かれた数式を指し示す。


「『□=△+△』って書いてあるけど、『しかっくー』はどういう数だったか覚えてる?」

「ちょっと待って、今思い出すから」


 アマーリエさんが、両手で握りこぶしを作ってこめかみをぐりぐりしている。


「…ああ、そうだ、2人で割り勘できる数だから、2の、ばい、すう? だったかしら」

「そうそう、合ってる」


 それでね、とエレーナはしたり顔をする。


「今からこの数式を『変形』していきます」

「…変形? 石の人みたいな?」


 石の人。川の上流や洞穴など、岩が沢山あるところで見られると言われている自然の遣いだ。わたしは伝聞でしかその存在を知らないが、アマーリエさんは実際に見たことがあるのだろうか。


「え、石の人って変形するの?」

「するわよ。私が見たのは、二足歩行してた三つの大岩が川を渡ろうとして、その場にあった二つの岩をくっつけて四足歩行になったところかな」

「…ふっしぎー、それ」

「何が起きてるのかはよく分かんなかったけど、まあ自然の遣いなんてそんなものよ」


 ほほ~、と首を傾げるエレーナ。


「ま、数式の『変形』は、見た目を変えて情報を引き出す、って感じかな」

「見た目を変える?」

「よく見ててね」


 石板に、エレーナの右下がり気味の文字がガリガリと連ねられていく。


『□=△+△

  =(1が△個)+(1が△個)

  = (1+1+......+1)

   +(1+1+......+1)

  =(2が△個)

  =2×△         』


「はいはい! 待った待った!」


 アマーリエさんが慌てて手を挙げる。


「急に増えすぎ! 分からない分からない!」

「大丈夫だって、今から説明するよ」


 エレーナがアマーリエさんに両方の掌を向けて宥めている。少し数式が長くなると、忌避感が増すのはわたしもとてもよく分かる。エレーナが、顎に手を当てつつ石板を眺めた後、アマーリエさんに視線で問いかける。


「まずは、どこから話そうかなあ」

「んじゃ、結局何が言いたいのか聞いていい?」


 結論が何か、から入るのか。良い道筋だと思う。


「この数式が言いたいのは、一番最初の『□』と、一番最後の『2×△』が等しい、ということです!」


 エレーナが石板の一部を手で隠した。見えている部分を読むと、


『□





  =2×△         』


となっている。


 エレーナが、アマーリエさんの顔を伺いつつ尋ねる。


「…伝わってる?」

「しかっくーと、2かけるさんかっくーが一緒、てことが言いたいこと、で良い?」

「良いです!」

「ふむ。じゃあ、『変形』って言ったのは何で?」

「『等しい』の記号が出てくる度に、式の見た目が変わってるでしょ?」


 エレーナが二重線の記号『=』を指し示す。


「出てくる度? …ああ、確かに何回も出てきてるけど」


 一つ目、二つ目、と『=』を指差しながらアマーリエさんが問う。


「でも最初のヤツ以外、左側が空いてるわよ?」


 ***


 私も何だかんだ数式術をかじっている者として、数式への「慣れ」が多少ある。それは、見たことの無い記号が出現したときも焦らないとか、長い数式を見たときにまず全体を見てみるとか。最初の頃は、足し算と掛け算の順序にも一つ一つ気を取られ、遅々として数式の「読解」が進まなかった。

 数式術には、学術そのものの内容と、それを取り巻く文化の側面があるのだと、いつの日かエレーナは言っていたと思う。その文化に触れ続けていると、数式への「慣れ」が出てくるのだろう。

 今は、『=』を繋いでいくという数式術の文化に慣れているエレーナと、この文化とは初対面のアマーリエさんとの間に壁のようなものが出現した、と言えなくもないか。


「アマーリエさんのその疑問にお答えしましょう」


 エレーナがフフンと芝居がかった様子で応じる。森で音楽隊を指揮するリスの表情に似ている。絵本でしか見たことは無いけれど。


「『等しい』の記号の左側に何も書いていないのは、あたしが楽をするためです!」


 演奏終了後のような満足げな表情でふんぞり返っている。アマーリエさんは当然納得していない。


「…は? どういうこと?」

「本当はこう書いた方が、数式術の規則としては正確なんだけど、あたしが普段の癖で省略しちゃったってこと」


 エレーナが二つ目の石板を左隣に並べ、書き加えていく。


『         □=△+△

        △+△=(1が△個)+(1が△個)

 (1が△個)+(1が△個)= (1+1+......+1)

            +(1+1+......+1)

   (1+1+......+1)

  +(1+1+......+1)=(2が△個)

       (2が△個)=2×△           』


「さっきと何が変わったと思う?」

「何ってそりゃ色々増えてるけど…。なんか同じのが斜めに並んでるわね」

「そうそう。こうすれば、見た目はともかく、左側は右側と『等しい』っていう使い方をされてるのは分かる?」

「まあ、それは」

「それで、アマーリエさんの言う通り、例えば二行目の左側は、一行目の右側と同じ」


 ここと、ここ、と言いながらエレーナが石板に指を振る。


「…まだ伝わってる?」

「…大丈夫。それで、この書き方なら、わたしの知ってる使い方でいいのよね。左右が一緒」

「そうそう」

「で、左下と右上が一緒」

「うんうん、ということは?」

「…ということは? …右上と右下が一緒?」

「いえーい!」


 エレーナが諸手を挙げて顔を輝かせる。


「そう! 右上と右下が一緒!」


 エレーナの指が右上、右下、左下、という動きをする。


「結局、右上と右下が一緒なら、左下は書かなくてもいいじゃん? 字面まで右上と一緒だし」

「…なるほど。もう一回元々のヤツを見せてもらっていい?」


 エレーナが左側の石板を離す。


『□=△+△

  =(1が△個)+(1が△個)

  = (1+1+......+1)

   +(1+1+......+1)

  =(2が△個)

  =2×△         』


 アマーリエさんが言葉をまとめるのを、エレーナが待っている。


「…ふむ。確かにこっちの方が書くのは楽。それで、右上のヤツを左下に持って来れば、意味も通る、ね」

「…納得?」

「納得、と言いたいところだけど、一つ良い?」

「何でも来い」

「二回書くのが面倒なら、ずっと横に続けてけばいいんじゃ?」


 少し貸して、と言ってアマーリエさんはエレーナから石板と白墨を受け取り、書き付けていく。


『□=△+△=(1が△個)+(1が△個)=(1』


「幅が足りなくなっちゃったわね」

「紙とか地面とかならもっと書けるんだけどね」

「うーん、じゃあ、こう?」


『□=△+△=(1が△個)+(1が△個)=(1

 +1+......+1)+(1+1+......+1)=2が

 △個)=2×△            』


「…訳分かんないわね」

「うーん。まあ、でも数式術の規則には違反してないし、私には何とか通じるけどね」

「あ、そうなの」

「でも、『等しい』の記号の場所が揃ってた方が見やすいよね」


『□=△+△

  =(1が△個)+(1が△個)

  = (1+1+......+1)

   +(1+1+......+1)

  =(2が△個)

  =2×△         』


「うーん、確かに!」


 どうやら、アマーリエさんが記法について納得したようだ。その隣で私は少し考えに耽っていた。


***


 確かに、エレーナの書き方が最もよく見かける形式で、エレーナの持っている教科書も同じだ。学校の職員が、原本を元にして安物の紙に手書きで写しているのだから、原本もそうだろう。

 アマーリエさんがこれ以上混乱しないようにしているのか、何も考えていないのかはちょっと分からないけれど、エレーナは普段、もっと自由に『等しい』の記号を使っている。エレーナの数式帳には、左右どころか上下、斜めを向いたり、びよーんと伸びた二重線の記号が頻繁に表れている。それは、「こことあそこが『等しい』」と言いたいのだが、その両者が左右に並んでいないからだ。


 そう考えると、どこを向いていようが、二重線でつながったところは一緒だと、知らず知らずのうちに私やエレーナは思い込んでいることになる。いつの間に? 慣れたからとも言えるかもしれないけれど、それにしたって自然に受け入れていた。


 この『=』という記号は、誰かが考えたものなのだろうか。それとも自然に使われ始めたのだろうか。ふと馬車の後ろを振り返れば、轍が二本、薄く続いている。発案者がいたとしたら、それは馬車に乗っている間に閃いたのかもしれない。それとも、延々と流れていくように思える川岸を眺めていたのだろうか。それなら波線を二重にするかもしれない。


 そういえば一重線は引き算で、二重線は『等しい』だ。三重線も何かで見た気がする。四重線はさすがに記憶にないが、そしたらわたしが発明者かも?


 でも四本も線を書くのは面倒だな、という感想に、「じゃあ、四つ目の『等しい』の説明ね」というエレーナの声が割って入ってきた。どうやら佳境に差し掛かったみたいだ。


数学史も、人間味があって面白いですよね。

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