神々の本
「【神の本】を渡してほしい」
組まれた指先からは怪しげな香りが漂う。
睦月はその金色の目を、まるで獲物を狙う鷹のごとく、冷たく突き刺さるように美月に狙いを定めた。
対して美月は腕組みをし、鼻から目いっぱい息を吸い込み肺に空気を充満させ、胸を張ると、
「イヤだね!!」
と、天井のシャンデリアがびりびりと揺れるほどの大声で反論した。
「やはり、即答か」
睦月は組んだ指をほどき、ため息まじりに呟く。
すると美月は、ソファから勢いよく立ちあがると、これまでの溜まりに溜まっていたうっぷんを晴らすかのように語気を強めて話し始めた。
「あたりまえだろ!
言っとくけど! おれはあんたらみたいな権力ある人間様が大嫌いなんだよ!!
調子のいい時だけ神頼みして、用がすんだら汚ねぇゴミ扱い!!
それに砂漠の街をあんたは見たことがあるか? 一見みんな豊かそうに暮らしてるけど、ちょっと角を曲がれば貧困に苦しんで、綺麗な水もろくに飲めない人がたくさんいる。 あいつらがなにしたって言うんだよ!!」
十六夜に落ちた神々の結末を知っている美月は、睦月に対して、諸悪の根源とまで言うくらいに憤っていた。
そして砂漠の街で出会った少女。美月は、少女の弟を救うことはできたが、スラムという貧しい暮らしからの救済はできていない。いや、やりたくても美月にはできなかったのだ。
「神だなんだ言う前に…もっとやることがあるだろ…!」
美月は固く拳を握りうつむく。その言葉の裏に張り付くとげは、自分に対しての戒めにも感じられる。
だがそれと同時に、神を殺して人類の発展という大仰な事をする前に、目の前の人間一人を救ってやれという言い分もあった。
「もう一回言っとく! おれは! あんたが大っ嫌いだ!!!!」
睦月のすました顔に、美月は指をさして宣言した。
「……」
「……ふふふ」
「はっはっは!!!!」
睦月は顔をあげ、軽くのけぞるほどに大きく口を開いて快活な笑いを見せた。
その姿は、先程までの冷たい視線とはうって変わり、広い部屋の中の緊張感を弾き飛ばした。
「な、なんだよ」
急に様子の変わった最高司令官に若干の不気味さを感じた美月は立ちあがった場所でたじろぐ。
「いや、失敬、失敬。あまりにも堂々とした主張だったのでね。
とても心に響いたよ」
「あんた……変わってるね」
美月は意表を突かれてしまったからか、先程の言い分のこともすっかり頭から飛んでしまい、ソファにだらけたように座り込む。
「そうかもしれないな。
美月殿の言うとおり、砂漠の街だけでなく、貧困にあえぐものはたくさんいる。
それに対応し、整備を行うのが我々の仕事だ」
くっくと笑いを抑えこんだ睦月は、改めて真剣に美月の方に向き直り、そしてまたも冷たい鷹の目をゆっくりと開き、目線を合わせる。
「――だが、それには神の本が必要になる」
その目にはなにが宿っているのか、金色の瞳は神と言う獲物を狙う。
「……神の持つ本は神にしか扱えない。
それに、貧困対策にこの本が直接必要になる理由がわからない」
美月は目の前に座り、こちらを見つめる金色の瞳に対抗する。
神の本と貧困の救済になにが関係あるのか。ただのデマカセで言うにしては重苦しい雰囲気だ。
「そうだな……それなら直接見てもらおう」
睦月はソファから立ちひらりとコートをひるがえすと、ソファのちょうど後ろにあるただ一面真っ白の壁の前に立った。
「美月殿、こちらに来ていただきたい」
「……」
美月が睦月の立つ壁際まで行くと、睦月は壁の下側にある木でできた壁、その一部分に掘られた曲線のデザイン部分を指でするりとなぞり、曲線の終わり部分を指で強く押した。
すると壁がスイッチが入ったかのようにガタガタとゆれ始める。
「これが我々、十隊衆が――」
「――【神殺し】と謳われる由縁だ」
壁は振動しながらゆっくりと横へ移動した。
その中にあった物は、美月にとって地獄の風景であった。
「隠し扉に……大量の本?!」
「もしかして、これ全部……!」
隠し扉の中に、よたよたと足を引きずるように、垂れる汗を無視しながら進んだ。
「そう、それらすべて我々先祖たちが
十六夜に落ちてきた神から、毟り取ってきた本だ」
隠し扉にあった物はすべて、世界の先端の者しか持てない【神の本】であった。
それらは背の高い本棚に無数と言っていいほどうず高く並び、天井と床との距離感がつかめなくなるほどその圧力に押しつぶされそうになる。
圧倒的な本の数を見て、美月はひざから崩れ落ちた。
「……そんな、これじゃまるで……」
「おれ達神の、墓場じゃないか……!」
美月は高く上げた拳を床に叩きつける。そして睦月の方には振り向かず、ゆっくりと落ち着いた口調で話し始める。
「あんた、これ使ってなにしてるんだ」
「……」
「言えよ!!!!」
なにも答えない睦月に、声を荒げる。
神殺しが神から本を奪ったのだ。奪われた神の結末は、【神殺し】という名がすべて物語っていた。
「【原生の言霊】の開放だ」
「【原生の言霊】……?」
十六夜に来た美月にとって、その言霊の名は初めて聞くものだった。
「君は本当に、なにも知らないんだな」
突如、またもガタガタと振動がすると、先程はゆっくりとあいた壁が今度は素早くスライドする。
「!? おい! なにすんだ!!」
美月は急いでしまりかかる壁に手をつくが、壁のしまる勢いは止まらない。
「本を調べさせてもらう。それまで、そこで待機していてくれ」
あと少しで閉じかかるところで、睦月が神の本をひらひらとさせる。
さきほど壁際に来た時に、美月の腰のホルダーから抜きとったのだろう。
「いつの間に!!」
空になった腰のホルダーを見つめる。
あまりの惨状に気を取られ、全く気付いていなかったらしい。
「くっそ! ふざけんなよ!! 返せ!!!!」
完全に閉まってしまった壁に拳をガツンガツンと叩きつけるが、壁はびくともせず、睦月がいる向こう側に美月の声は届かず暗い部屋に虚しく響くだけだ。
一人になった美月は、おずおずと後ろを振り返る。
後ろには、代々人間によって犠牲になった、おびただしい数の本たちが、まるで倒れ掛かってくるかのようにおどろおどろしく美月を見下ろしている。
「神の墓場でおねんねなんて……シャレになんねぇよバカ野郎!!」
本の墓場に閉じ込められてしまった美月は、ただただその恐怖と共にうなだれて佇むしかできなかった。




