砂漠の言霊
砂壁でできた家々が建ち並ぶ街中に、大きな広場がある。そこに老若男女問わずとした群衆が、立て看板や「反対」の文字が色濃く刻まれた布を持ち、周りをフェンスで囲まれたとある場所に押し寄せていた。
「占領反対!!占領反対!!」
「神の土地への冒涜だ!!」
「私たちの土地を奪わないで!」
数百人と言ったところか……、 と窓から見える人々を眺めているその金髪の青年は、緑色を基準にした詰襟の軍服を着ている。そして頬に刺青のような雷のマークを頬に刻んでいるが、その顔は年齢に相応しくないくらいに凛とした冷たさを感じさせる。
窓から青年が目を外すと、ドアの方からコンコンとノックをする音が聞こえた。
「入れ」
「失礼致します。
先程、六番に回した言霊の調査結果が出ました。」
入ってきたのは同じ軍の伝達部隊の人間だった。
調査書という書類が入った分厚い封筒に両手を添え、丁寧に手渡される。
「御苦労さま」
金髪の青年は書類を受け取り、すぐに中身を机に並べ目を通した。
「……変異体、生命活動アリ
【虚言】として間違いないってことか」
書類の一枚を手に取り、調査書の文字を興味深げに読み上げる。
「はい。
......本隊に伝達いたしますか?」
「いや、いい。
詳細含めて俺から伝えておく。
もう下がっていいぞ」
「はい」
青年は伝達係の背中を見送ると、また窓の外を見つめた。
活気づく人々の群れを見てはその眉をひそめ、苦々しそうに呟いた。
「外はデモ隊の群れだって言うのに……
面倒なことになったな」
青年は耳に手を当てる。青年の耳には小型通信機が装着されており、電源を付けると、外にいる通信相手の方を遠く見つめた。
「カイキ、聴こえるか」
ザザッと通信の波である雑音が耳に入るが、しばらくすると音の背景にデモ隊であろう湧き立つ声と、はっきりとした一人の声が聞き取れるようになった
『あー、留也?
ごめん、今ちょっと――』
――――――――――――――――――――――――――
「――子供たちに捕まってて……」
金髪の青年がいた屋内とは違い、外は炎天下と言っていいくらいに空気が熱を帯びている。
巨大な言霊を守る形ではられた、金属のフェンスもまた、少し近づくだけでちりちりと熱い。
通信時にカイキと呼ばれた銀髪の青年は、1人フェンスの前の扉を守るように立っていたが、今では子供ふたり......美月とスラム街の少女が加わった3人になってしまった。
「なぁ! お兄さん!!
入れてくれよ! 大事な用事があるんだ!!」
美月は銀髪の青年にこの道を開けるよう、食ってかかっていた。
スラム街から少女の手を引いて、この砂漠の街の中心部であり、巨大な言霊によって封鎖されている広場にまでやってきた。
するとどうだろう、やってきたはいいが、広場ではデモ隊が抗議の活動をし、メインの言霊は軍の人間達が背の高いフェンスで囲み、さらに周りを軍の人間が要所要所で警備する形で防御していた。
美月たちはどこか入れるところがないかとフェンス周りを散策していると、この銀髪の青年が立っている後にフェンスの入口があった。
強行突破しようと考えたが、どうも優しそう(御しやすそう)に見えたので、中に入れてもらおうと美月は話しかけてみた。
だが、思った通りに事は運ばない。
「うーん、ごめんね。
さっきも言った通り、ここは危険だから封鎖してるんだよ。
そっちのお嬢さんもいいかい?」
銀髪の青年は柔らかい物腰で、少女に目線を合わせるよう少し屈みながら話しかけた。
「早く入れろ! 軍の犬め!!」
少女は軍の人間が嫌いなのだろうか、中に入れてくれと懇願せず、ただの悪口を吐いてしまった。
困った顔をする銀髪の青年に通信が入った。
『お前嫌われてるな』
「僕、何もしてないんだけど……」
通信相手の金髪の青年にもその様子は聞こえていたらしい。苦笑いする銀髪の青年は眉尻を下げ、真ん中に分けた髪の間では汗をかいている。
『まぁいい、そのまま聴いてくれ。
その言霊だが……』
通信が途中で途絶えた。
それは電波のせいではなく、デモ隊の方に動きがあったからだ。
「おい! あれを見ろ!!」
デモ隊の一人が指さす方向に、フェンスの向こうに見えた巨大な言霊が、いまにも破裂しそうな勢いでみちみちとドーム状に膨らんでいくのが見えた。
「なんだ、ありゃあ!」
群衆はみるみるうちに膨張する言霊を見て、キャーキャーと悲鳴を上げ騒然としている。
その様子を見つめる銀髪の少年は、一つの考えに行きついた。
「まさか…… 虚言?!」
『どうもそうらしい』
通信相手の金髪の青年もまた、この惨事を見ているようだ。
だが、どうも他人事のようにぼんやりとした軽口を叩いている。
「早く言ってよ!」
銀髪の青年が耳に装着している通信機に向かって怒りながら、美月たちの方を振り向く。
「君たちも、早く逃げ―……」
しかし、さっきまで嵐のように話しかけていた人物たちは、目の前から姿を消していた。
どこに言ったのかとあたりをきょろきょろと見回し、まさかと思いフェンスのある後ろをバッと振り向いた。
「えっ」
そこにはちょうど軽々とフェンスをよじ登る、美月と少女の姿があった。
青年は急いでフェンスの扉を開き、乗り越えた二人を追いかける。
「待ちなさい!! そこは危険だ!!」
「危険ってのは百も承知よ!」
美月は追いつかれまいと少女と足を前へと動かし続け、変化し続ける巨大なドーム状の言霊に向かっていいく。
「……なぁ! さっきあいつが言ってた、【虚言】ってなんだ?」
少女は走りながら、先ほどの銀髪の青年が言っていた【虚言】というものの正体を、目の前で走り続ける美月に問うた。
「……文字喰いさ」
「文字喰い?」
「さっき、この世界の生き物はみんな、【魂の言霊】を持ってるって言ったろ。
その言霊を喰らって成長するのが虚言なんだ」
「こいつがここまでデカくなったってことは、今まで並じゃない数の【魂の言霊】を喰ってきたんだ。
喰われた生き物は、世界で生きるための均衡がとれなくなって……いずれは……」
美月はそこで口をつぐむ。それは少女とその弟にとって残酷な意味であることが分かる。
走り続ける少女は前を見ると、巨大な言霊のてっぺんから殻を割るかのように、乱雑にひび割れ始めているのが見えた。
「それじゃあ私の弟も、こいつに喰われて……?!」
弟はただ、外に出て興味本位でこの言霊に触れたのだろう。遊びに出かけて帰ってきた時の衰弱し、真っ青になったあの顔つきが少女の頭の中で駆け巡った。
「どうして……!!」
少女は悔しそうに拳を固く握る。
なぜ弟があんな目に遭わねばならなかったのか、弟のそばにいてやればこんなことにはならなかったのでは.....と自分で自分を責めやる。
美月と少女がもう少しで到着するところで、虚言はついにドーム状の硬い殻を破り、殻の破片を周囲に撒き散らしながら卵のようにずるんと飛び出してきた。
その姿はウツボカズラに似た、大きな口に溶解液をダラダラと垂らし、数本の蔓を長い手足のようにバタバタとせわしなく動かす、巨大な妖怪そのものであった。
「やばい!」
美月はその姿を見て一足遅かったかと、ホルダーにしまっていた神の本を急いで取り出し、さらに加速して虚言に向かっていった。
「待って!」
置いていかれた少女にスキを見たのか、虚言の蔓が大きく振りかぶってきた。反射的に少女は手を前に出し目をつぶる。
(弟.....!ごめん.....!!)
「氷結せよ! 【氷護】」
バキィッと硬いものがぶち当たるような衝撃音が耳に響く。
恐る恐る目を開けると、息が白くなるほどの冷気が身を包み込み、少女の目の前には氷の壁ができていた。
「大丈夫かい!」
呆然とする少女に、フェンスの前で警備をしていた銀髪の青年が駆け寄る。この氷の壁を青年が創り出し、少女をとっさに虚言から守ってくれたようだ。
「あ、あぁ」
ぶっきらぼうに返事をする少女を見て、銀髪の青年は少女の身に怪我がないことに安堵した。そして辺りを見回すともう1人の少年がいないことに気づいた。
「あの子は!?」
銀髪の青年は虚言の方を見やる。口を大きく、ガパァッと開き、蔓を縦横無尽に振り続ける虚言に向かって走る美月の姿を捉えた。
助けに行かねばと、腰に帯刀する刀に手をやる銀髪の青年を少女は手を広げて制した。
「あいつなら、大丈夫さ」
――――――――――――――――――――――――――
美月は神の本を開きつつ、自分の身の丈より数十倍大きな虚言に向かって、一直線に駆けて行った。
蔓の動きは虚言の根元に近づけば近づくほど動きが鈍く緩やかになり、美月もそれがわかっていたのか、鈍く動く蔓を器用に避ける。
そして、本体である口を大きく開けた瞬間に、キラリと光る球体の核があるのを確認した。
「見つけた…!!
あれが核の部分か!」
美月は蔓を次々と足場にして、虚言の口の中に向かって高く飛び跳ねる。
「本よ!」
手のひらで神々しく光りだした本は、ページを風に煽られる様にめくられていき、そしてひとつのページでピタリと止まった。
その姿を見つめていた少女は隣にいる銀髪の青年、もしくは自分自身に語りかけるように呟いた。
「あいつは――」
「――神様だからな」
神の本はさらに光を強め、虚言の核に近づいた美月に呼応し始める。
「違えし器に、在るべき器を授けん!!!」
「うおおおおぉぉぉぉ!!!!」
止まった1枚のページに、太陽の化身のような美しい植物の姿が描かれている。
この化身の名は――
「言霊! 【向日葵】!」
美月は本を虚言の核に一気に叩きつけると、目に焼き付くような閃光が瞬いた。




