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十六夜に落ちる  作者: 長文。
神様の本
3/16

逃走

カラになった料理皿が塔のように積み重なっている。

栗毛色の髪の少年はたぬきのようにポンっとお腹を叩くと満足げに呟いた。


「さてー」


「腹ごしらえもすんだし!ちょっとその言霊ってやつ

 見てこようかなー!」


客達にもらった料理をたらふく平らげ、元気もやる気も満タンなのだろう。

先程の話の出た巨大な言霊とやらを見に行こうと、荷物をまとめはじめた。


「なんだ、もう行くのかい?」


客の一人が気づいたように話しかける。


「気をつけろよ

さっき言った通り、軍の連中が来てるんだ

邪魔しようもんならとっつかまっちまうからなぁ」


この街の住民は、どうやら軍の人間にあまりいい思いを抱いていないらしい。


「そうそう、特に戦闘部隊の連中には気をつけろよ!

あいつら噂では女子供構わずとっ捕まえては、ひでぇ拷問するらしいからな」


険しい顔をして片手に酒を持ちながら中年の男が忠告をする。

この国の軍は部隊が十に分かれており、その中で一番野蛮で危険なのが一番隊という戦闘部隊らしい。


「おれらの仲間も、あいつらに喧嘩吹っ掛けて捕まったっきり帰ってこねぇ……

きっと今頃……」


中年の男性は熱くなった目頭をぐっと抑える。

戦闘部隊はその名の通り戦いをする部隊である。

その仕事は警備、警護に加え暴動の鎮圧も行う。


男性の仲間がなにを起こしたのか不明ではあるが、丸くなって泣くのをこらえる様子を見るに、戦闘部隊は容赦の無い仕事をするようだ。


「ひょえ……

き、気をつけます……」


すっかり縮み上がってしまった少年だが、長々とここにいるわけには行かない。

女主人に「ごちそうさま!」とにこやかに伝える。


「そういえば神様? 本当の名前はなんていうんだ」


ここで客の男がニヤニヤと笑いながら、先ほどの自称神様についてあげあしをとってくる。

しかし、少年はあげあしとりを気にせずくるっと振り向くと、本当の名前を口にした。


美月(みつき)!!」


まとめあげた荷物をもち、美月は大衆食堂を後にした。

残された客たちは口をポカンと開けて呟く。


「神様(満月)の異名だ……」



―――――――――――――――――――――――――――――――――



大衆食堂を出て言霊に向かおうとしたのは、衝撃を食らう数秒前のこと。

美月は誰かとも知らない大声に呼び掛けられた。


「おい!」


その大声と共に美月は肩に大きな衝撃をうけ、跳ね飛ばされては地面にドシンと尻もちをついてしまった。


「いってぇ! なんだお前……」


手をついて起き上がると美月は身軽になったような不思議な違和感を感じる。


ない。腰のホルダーにぶら下げていた本がなくなっている。


「おれの本!!」


気づいた時には叫んでいた。

数メートル先では、埃くさそうな麻布にフードを目深にかぶった奴がこちらを向いてはひらひらと本を振って美月をあおっている。


「どろぼ」

「食い逃げぇー!!!」


泥棒!と叫ぼうとすると食い気味で食堂から恰幅のいい女主人が出てきて、美月より大きな声で吠えた。


「え?」


「あんた!ぼさっと立ってないでさっさと追いかけて!!」


「はっ、はい!!」


女主人に激を飛ばされ思わず敬語になりつつ、美月は弾けるようにその場から走り食い逃げと泥棒を働いた主を追いかけた。


その主もまた美月が追いかけてくるのを確認するかのように走って逃げ、美月は先程食事を終えたばかりの満タンな胃を腹に担ぎながら走った。

後ろでは女主人が「食い逃げよー!」とフライパンをカンカン鳴らして周りに警告しているが、それもどんどん遠くなっていく。


美月と食い逃げ兼泥棒は家々の隙間、路地裏をくぐり抜けては、街の者が普段足を運ばないような奥地にどんどんと入り込んで行く。食い逃げ兼泥棒とは絶妙な距離で追いかけっこをしていた。


「はっ……はっ……」


しかしそれも長くはない。人には体力があり、家々の隙間を縫って木箱を乗り越えたりフェンスをよじ登ったりパルクールの真似事をしていれば相当の体力を使うものだ。


「待て待て待てーーい!!!」


美月は胃に入っている物のことを忘れ追いかけ続けたが、ふと周りを見ると今までとは景観違うことに気づいた。


「なんだここ……スラム……?」


あたりは家々、というには粗末すぎる、屋根替わりに木の棒を地面に刺しそこに布を張っただけの吹きさらしの家が建ち並ぶ。そしてそこに寝転がる者、赤子を抱いている者、どこから持ってきたのか怪しい食べ物や貴金属を売る者もいる。


その光景を美月は大衆食堂の建ててあった街並みと比べる。

ここはスラムだ、やばいところに来てしまったのではないかと全身が恐怖心と好奇心にぞわぞわと浸食されていった。


だがある角を曲がると、食い逃げ兼泥棒はゆっくりと足を止め美月の方を向いて立ち止まった。


「追いついたぞ食い逃げ泥棒!!」


追いついたが正確な言葉なのか、ハァハァと息を切らし早めく鼓動と食べ物を突っ込んだばかりの胃を押さえてヘロヘロの汗だくになりながら美月は手を伸ばす。


「もう逃げられないぞ!」


頼むからもう逃げるなよと意味を持たせた言葉を投げながら美月はジリジリと近づく。

すると食い逃げ兼泥棒は被っていたフード付きの麻布をガシッと掴み、思い切りよく投げ飛ばした。


麻布を外したその姿は、砂漠の日照りが焼き付いたかのような、褐色の肌をした少女だった。


「女の子ぉ?!」


美月は勝手に男だと思っていたばかりに、声を出して驚いてしまった。

少女が、あのような活発な動きをし盗みや食い逃げを働いたのかと。


驚きを隠せない美月を尻目に、少女は口を開いた。


「あんた、神様なんだろ

私の弟を助けてくれ!!!」


砂漠の日照りは、美月と少女に容赦なく降り注いでいた。




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