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十六夜に落ちる  作者: 長文。
神様の本
2/16

神の業

 砂漠の街、サワロ


どこか懐かしさを感じる街並みに、もくもくと美味しそうな香りを立てる大衆食堂が1つ。


食堂のカウンター席では余程腹が減っていたのか、大皿にもった料理をかぶりつくように食べ、噎せるように水を流し込む少年がいた。


一通り食べ終えたのか、積み重なった皿の隣に空のコップを置くと、その柔らかそうな短い栗毛色の髪が揺れた。


少年の目の前には曲線を優雅に描いたレトロなラジオが置かれ、そこからは教会の賛美歌がラジオの古さからくるノイズと共に流れ続けている。


栗毛色の髪の少年は不思議そうに首をかしげながら店主であろう恰幅のいい女主人に話しかける。


「さっきからずっと変な曲ばっかり。

ここの街ってなんかやってんの?」


「まぁ、知らないのかい坊ちゃん」


女主人はフライパンを揺らしながら器用にこちらを振り向く。


「ここは最近軍の圧政があってから、反政府派が教会の賛美歌をずっと流してるんだよ。」


「軍の圧政?」


軍の圧政。

この国には軍隊があり、各地に不祥事や事件があると部隊が駆けつけ、警備や法の整備を行うことがある。


少々危ない匂いがするなと思うと、後ろの席から酒の香りを漂わせた中年の男が、ビールジョッキを掲げつつ声をかけてきた。


「なんでもでっかい【言霊(コトダマ)】が現れたんだってさ!

研究の材料になるから、軍のお偉い方が全部横取りしたいんだとよぉ!」


言霊とは、言葉によって作られたこの世界において、当然のごとくありふれたものである。


言霊は言葉に宿り、言葉は物質に宿る。


その為、言霊は時として武器となり凶器となり、そして物体とも幽体とも言えぬ不思議な存在。

いわば謎の物質、ダークマターである。


それがいかに巨大であると、大きな身振り手振りでビールジョッキの中身を揺らしながら、中年の男は語った。


だがしかし、

「はぁー、大変なこったねー」


少年は残った料理をひょいっと口に運ぶ。

少年はダークマターよりも、目の前に残った料理に未だ釘付けのようだった。


「いいねぇ、子供は気楽で。」


女主人はやれやれと言った感じで笑う。


「子供じゃないですー!

心は大人です~!」


いーっと歯を食いしばるようにして意地を張って見せるが、料理皿とジュースの瓶を脇に並べているようでは説得力がない。


「って言うかあんたそんなに食べて、実は文無しだったりしないだろうね。


ここ最近食い逃げがはやってるんだよ

ちょうどあんたに背格好が似た……」


相手が子供であることを今更思い出したのか、女主人が詰め寄る。

あまりの食いっぷりに初めはよしよしと感心していたが、最近の犯罪の手口と比較したらしい。


持ち金は無いと言われ、逃げようとするならばいくら子供でもタダで帰す訳にはいかないと、鬼のような表情を見せる。


「ばっっか、ちゃんとあるよ!ほら!」


少年は慌ててポケットから硬貨が入った袋を取り出す。

ジャラジャラと音を立てる分に、そこそこの金は持っているようだ。


女主人は指を硬貨にのせ、ついっついっと弾いて数え始める。


「ひいふうみい...ちょいとあんた、1枚足りないよ!」


どうやら勘定とあっていなかったらしい。

どうするんだ、女主人は怒らせると怖いぞと店の客中が少年をみる。


「嘘!仕方ないなー」


少年は危機を感じた顔をすると、荷物の中から1冊の古ぼけた本を取り出した。

ペラペラとめくり、白紙の部分を見つけたと思うと、そこを勢いよくビリッと音を立てて破いた。


「お?坊主、なんだそりゃ」


「魔法の紙、まぁ見ててよ」


なにか始まるのかと興味津々に客が集まってくる。

少年はそれを気にせず、白紙の前に手を置くと呪文を唱えた。


「……器に宿りし魂よ、今授けん……」


「言霊「硬貨」!」


白紙がボンッという音と共に白い光と煙に包まれたと思うと、チャリンと音を立てた。


硬貨1枚が、目の前でくるくると転がっている。


「おぉ!」


「こりゃ驚いた!!」


「手品かなんかか?」


客が口々に驚きの歓声をあげる。

白い紙が急に光ると硬貨に早変わりしたのだ。なにかタネがあるのではないかとこぞって探す。


「坊主、一体何もんなんだ?」


客のひとりが問いかけた。

すると少年はにこっと笑い、


「おれ?おれはただのー……



神様だよ!」




あたりが静まり返った。


神様とは何なのか、言わずともわかる。


この世界の創成者であり人々の信仰対象かつ絶対的存在である。


この国には言い伝えがあった。

この世界、十六夜を作った神様は時折人間の姿をして降りてきては、世界を冒険しつつ破滅から救い人々を導くのだと……


先程の力は本当に神様の力なのだろうか。

しかしそう考える間もなく、その静寂は一瞬にして笑い声と笑顔で弾け飛んでしまった。


「坊主!!面白いこと言うなぁ!!」


客は少年、もとい自称神様の背中を笑いながらバンバンと叩く。


「ほんとだってば!」


少年はムスッとしながら言い返すが、見た目年齢13歳、栗毛色のくせっ毛髪にどこかの学校の制服のような格好をしている子供が、そんなことを言ってもまったくもって説得力はない。

むしろ早めの中二病なのではないかと客達は大口を開けて笑う。


「わかったわかった、神様!

それで?その硬貨は本物なのかい?」


少年は硬貨をつまみ老齢の客に「確認してみてよ」と渡した。


「どれどれ……この紋様と刻み文字……」


どこから取り出したのか、虫眼鏡を覗いて細かな紋様から本物と比較してみている。


「うーむ、確かに本物だ……」


本当か、胡散臭いぞと客達が硬貨を回し見するが、誰一人本物と違うところなど見つけられなかった。


「本当は隠し持ってたんだろう」


客のひとりが少年が手品をやったとつつくが、当の本人は


「違うよーだ」


と、口をとんがらせて拗ねているようだ。


「まぁ金さえ貰えればいいよ。

食い逃げと疑って悪かったねぇ。

こっちも生活がかかってるもんだからさ」


女主人はその1つの硬貨を勘定に入れると、これまでのことを謝ってきた。


「 まぁ別に気にしてないけどさ……

 っていうかおれ、ずっと飯食べたことなかったから……むしろありがたいっていうか……」


ずっと食べていなかったではなく、食べたことがない。少年はもう何も残っていない料理皿の上でパスタを巻き取るようにフォークをくるくる回していた。


「食べたことがない?」


さすがに疑問に思ったのか客が聞いてくる。


「あぁ、いや!ま、まともに食ってなかった……?

って言うかまぁそんな感じ…あはは」


少年はやってしまったという顔をし、慌てて訂正をしようとするが時は既に遅い。


「なに……おまえさんまさか……」

「なんだお前……こんな小さいのに」

「大変だったなぁ」

「ほら、一杯食え!これもこれも!」


客達は少年が不憫な身元の出身だと思い、元気づけようと各々頼んだ料理を少年の元に並べていく。


「いや、違……こ、こんな食えねぇよぉ~うへへ~」


そういう訳で言ったのではないと喉にまで出かけたが、周りに並べられた料理の誘惑に負けてしまった少年はデレデレと笑う。


しかし、その状況に混ざらないでこちらをじっと見続けるひとつの影がある。


「…………」


少年、自称神様はその視線に気づきもせず、また食欲の渦へと飛び込んでいくのであった。

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