有言者
白く光る三日月は、自分の体にぽかりと空いた穴に影を落としている。
冷たく光るその月明かりと共に、睦月は窓を背にして、美月に語りかけた。
「全てを説明しようか」
睦月のその言葉に、美月は固唾を呑んだ。
もはや湯気の出ていた料理達は完全にさめて、その旬を逃している。いまはそんなことよりも、この世界のことがもっと知りたいと、美月は貪欲に知識を求めはじめた。
「まずは神と有言者の関係についてに話したいが……
その前に、美月殿は有言者と会ったことがあることを自覚してもらおう」
「え? おれそんな人間と会ったことなんて……」
「なにを言う。美月殿は今、その者に挟まれているではないか」
「……挟まれてって」
ここで自分の周りの人物を見る。
右隣りには厳つい顔をした副隊長・留也に、左隣には優しい顔をした朗らかな青年のカイキだ。
二人とも美月二目線を合わせている姿を見て、美月はやっとこの場にいる人物がどういう人間か分かったようだ。
「この二人?!」
睦月はその言葉ににこりとほほ笑んでうなずく。そして次の話を続けた。
「先程も言ったが、我々は誕生した時から持っている生の言霊以外に、他の言霊をもつ人間を【有言者】と呼んでいる。有言者の人口も少なく、希少価値の高い人種だ。」
「そして有言者の持つ言霊とは、人によってさまざまだ。
たとえば……」
睦月はテーブルに置いてあった中身の入ったワイングラスをおもむろに掴むと、こちらに向かってなんの拍子もなく投げてきた。
「うわ!」
目を瞑り体を防御して構える。だが、なんの衝撃もなければ液体が被ったような感覚もない。
恐る恐る目を開けると、目の前には冷気に包まれた氷の壁ができていた。
「……司令官、投げるならせめて投げると言ってください」
そう言いながら、かばうように美月の肩を掴み、氷の壁に手を伸ばしているのは、美月の隣に座っていたカイキだった。
「おい、俺に少しかかった」
「きみは自分で自衛できるだろ」
留也が氷の壁を前に、何事もなかったように軍服に少量かかったワインをハンカチでふき取る。
その様子に、美月は口を大きく開けて目を見開き、ただただ自分たちを守るようにできたキラキラと光る氷の壁を瞳を揺らしながら見つめた。
「これが、有言者の持つ言霊のひとつ。
伊勢隊長の言霊は確か【氷望】だったな」
「ひょう、もう?」
美月がなんのことかと疑問の目でカイキを見ると、その視線に気づいたカイキは優しくにこりと笑い、席を立って美月の前に手を差し出した。
「僕の言霊は【氷望】
氷の言霊でね、空気中にある水を媒介にして氷を作るんだ」
そう言うとカイキは美月の手をそっと握り、手のひらを差し出させると、ある言葉を放った。
「氷結せよ、氷花」
一瞬の出来事だった。
白い水蒸気の煙が美月の手のひらに立ちこめたと思うと、現れたのは小さくけなげに咲く花のような、美しい氷の結晶であった。
「すげぇ……、なにもないところから氷がでてきた!」
手のひらにできた氷の花を撫でると、つややかでひんやりとした感触が指先を伝った。
それは手品などではなく、確かにここに存在するものなのだ。
「あんたも、こういうの持ってるの?」
キラキラと光る氷の花を手にしながら、美月は留也の方を見る。
腕組みをしている留也は眉をひそめ、口を真一文字に結び、口出しは一切しないといった様子である。
「覇雷副隊長のは特殊でね、いつかまた機会があれば説明しよう」
「ふーん?」
睦月の言う特殊、という言葉に少し引っかかったが、留也の頬を見るに美月は
(雷の模様が入ってるから、雷の言霊かな)と,想像を固くしていた。
「まぁ、有言者が超能力者みたいなもんだってのはわかったよ。
それで? なんで超能力使える力を授かったのに、神様を恨むんだよ」
「確かに神は我々に力を与えた。
しかしそれには力を使うための【反動】がある」
「反動? おれの頭の中を見ようとした人が、反動で倒れたとか言ってたけど……」
美月は監獄で出会った刑務官・暗慈を思い出す。
美月の記憶を見ようと言霊を使ったが、結果的に人間の容量を超えてしまい、大怪我を負っていた。
その時その場に居合わせた留也が、美月の方をその鋭い目で見やり、口を開いた。
「あれはリバウンドだ。無理な力の使い過ぎで体が耐えられなくなった。
それとは別で、【反動】ってのは言霊を持つうえで被る、障害みたいなものだ」
説明をしながら留也は、美月の隣にいるカイキを指さす。
「こいつだったら、雨の日は言霊が使えない。
それどころか言霊が雨を嫌い体の中で暴れ出して、勝手に周りの物を凍らせたり、有言者自身に目眩や高熱を引き起こす」
「えっ! そんなの理不尽じゃん!」
ただの超能力であると思っていたものが、とんだリスクを負わされることに、美月は驚きを隠せなかった。
「そう、理不尽な業を勝手に強いられたのだよ」
「……」
睦月もそのような反動を背負っているのだろう。
しかしその様子は微塵も見せることなく、凛とした佇まいのまま窓辺に立っている。
美月はそれが当り前のことだということすら知らなかったことに深く後悔した。
神として人間を見守っている立場のはずが、まさか人間に害をなしているということに。
「確かにそれは酷いことだと思う。申し訳ないとも……おれは思う。
でもそれだけで、神様全員を殺すほど恨むのは違うんじゃないか?」
「そうだな」
「……意外とあっさりしてんね」
「私は、【反動】については個人によって大小のリスクがあると思っている。
比較的に軽い反動、生きることに絶望させられるくらいの反動……」
「その【反動】を乗り越え、神に復讐する力を持つのは我々【有言者】しかいない」
「わかった。あんたらが神をなにがなんでも恨んでるってことは。
じゃあ復讐の本当の理由は何だよ」
「ふふふ、賢い子だ」
「神様をバカにすんなよっ!」
「それは失礼した。
美月殿、こちらを見ていただけるか」
「?」
「ここから見える風景に、我々が神を憎む理由が詰まっている」
そこに広がるのは、美月が探していた風景でもある、見上げるほど高い景色であった。
「……!! あれはもしかして……!!」
「美月殿もあそこから来たのだろう」
「半壊した、神々の塔から」




