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十六夜に落ちる  作者: 長文。
神殺しの軍
14/16

会食


「うおおぉ……!!」


 目の前に並べられたそれは、見たこともない輝きと食欲をくすぐる香りが立ちこめ、美月の脳細胞を活性化させるには十分だった。


 ここは睦月が司令官の席を持つ【零番隊】の塔の内部のはずだが、案内された会食の席であるその会場は、裾がたっぷりした白いテーブルクロスを敷いた長テーブルが主役を飾り、天井には絢爛とした照明、床には一度足を踏むたびに雲の上を歩いているような気分にさせてくれるカーペットが敷いてある。


 各々が席に着き、睦月がウェイターに目配せをするだけで、白い湯気をあげた料理達が次々と運ばれてくる。


「前菜のクロスティーニでございます」

 

 ウェイターの男性が美月の前にことりと、香ばしい匂いのするフランスパンに豊かな野菜の具材が乗った逸品を差し出した。


「くろす……なに?

うわぁ! めっちゃちっちゃいの出てきた!

でもうまそう!!」


美月は初めて見聞きする料理達に目を輝かせ、両手にナイフとフォークを持ち子供のようにわくわくと胸を高鳴らせている。


それを真向かいで見るのは、司令官の睦月だ。テーブルに両肘をついて手を組み、にこやかな笑顔で満足そうに美月を見つめている。その姿は、先程まで美月を監禁したものとは思えない、慈悲深く、母性のある笑みだった。


「かいしょくってすごいな―!!

メシが次々出てくる―!!」


美月は目に留まる料理に片っ端からフォークをさし、どんな豪華で繊細な料理もすべて胃の中にしまいこんでしまう。


「やかましい奴だな」


「まぁまぁ、僕たちだって初めてじゃない。こういう場所はさ」


同席する留也とカイキもまた、運ばれてくる料理に驚きつつ、司令官のいる以上、緊張を崩さずにはいられなかった。

その中で、マナ―なぞ関係なく豪快に肉にかぶりつく美月は、さすが何者にも物怖じしない神様と言えるだろう。


「緊張しなくてもいい。

作法も気にせず、ゆっくり食してくれ」


食の進まない二人に睦月が声をかける。しかし、当の睦月はと言うと、目の前の食事には一切手を出さない。それどころか、肉を骨までしゃぶりつくし口元に飯粒をつけ、楽しそうに食事にありつく美月を頬杖をついて眺めているだけだ。


「……あの、司令官。

失礼ですが、なぜこの場に私どもを呼んだのですか?

話をするのなら、美月くんだけでいいのでは……」


 カイキは手に持ったナイフとフォークを置くと、睦月の方に直り、一軍人がこの国一番の指導者と共に食事をするにはなにかあると話しかけた。


「そうだな、大事な事だから、先に言っておこう」


睦月は組んでいた手をそのままに、目を一度深くつぶり間を開けると、手元を崩し、その色気のある口元をゆっくりと開いた。




「明日、神への審判を下す」




「!!」


「へ? おれ?」


ほほをハムスターのようにパンパンにふくらました美月がのんびりとした口調で言う。


すると、隣に座る留也が胸にしまっていたのだろう書類を数枚を取り出すと、「失礼」と言いながら料理を端に寄せ、テーブルの上にその紙を広げた。


「それは?」


「ここに来る前、四番隊の迅伐医師に計測していただいた、身体調査書です」


どうやら監獄で美月が倒れ、医務室で寝かせている間に迅伐に調書を頼んでいたらしい。

留也は美月の顔写真が入った一枚の書類を睦月の前に差し出した。


「ほう。そういえば迅伐医師は、もともと【言霊医療技師】だったな」


「ねぇカイキさん、【言霊医療技師】ってなに?」


睦月の発した単語に食い付いた美月は、頭にはてなを浮かべつつ左隣に座るカイキに問いかけた。


「僕たちの体の中にある言霊を診てくれる、お医者さんのことだよ」


カイキがそっと美月に耳打ちすると、留也が咳払いをひとつし、話を続けた。


「医療技師による調査では、人間にある【生の言霊】が存在しているとの結果が出ました。

つまり、こいつは普通の人間……。神の本がなければ、神などと言う存在にはほど遠く、病にもかかることもあれば死ぬことさえもありえます。」


「なるほど」


「すでに神の本も奪取していることですし、一個人として述べさせていただきますと、これ以上調査に手間をかける必要もない。審問にかける必要はないと思います」


「ほぉ。要はいたいけな美月殿が非道な審問にかけられることを危惧しているのかな」


「えっ、それって……」


美月が両手を合わせて留也の方をキラキラとした瞳で見上げる。子猿だなんだと悪口を叩く堅物だと思っていたが、やはり中身は人間、命を尊ぶ優しさがあるのか、と。

その瞳の視線に気まずそうにする留也だが、やはり彼には彼なりの考えがあって、先行して美月の体の調査をしたのだろう。


「……これ以上戦闘部隊に、余計な汚点がつくのを避けたいだけです」


「女子供にも容赦しない、極悪非道の戦闘部隊か。

たしかに、表の評価としては最低だな」


くっくと口元を押さえて笑う睦月は、手元にある水の入ったワイングラスを手に取り、何の気もない目でくるくると回し始めた。


「しかし、審問は神が落ちてきたときに、必ず行う儀礼のようなものだ。」


「ですが.....神への審問の結果は、概ね決まっているものではないでしょうか」


カイキが審問の結果について話す。

本の墓場を美月は見たが、あの通り、本の持ち主である神はほとんどが悲惨な結末へと落ちていった。その中で美月だけが、神様よりも人間に近いとされたとしても、特別扱いされる所以はどこにもない。


「否定はできない」


睦月はゆったりとした動作でワイングラスの水に口をつけると、一口舐めるようにしただけでその場は終わってしまった。


「えっ、決まってるって、何が?」


美月がその場の空気に慌てたように一同を見やる。

カイキは気まずそうにうつむき、留也は口元に手をやり書類から目を離さない。そして睦月は美月の目を見ようとせずに頬杖をついてワイングラスの中身をくるくるとまわし渦を作り始めた。


 これまでの本の強奪や監禁、身体調査はすべて神である美月を葬るための準備に過ぎなかったのだ。

伝う冷や汗が頬を流れ、先程まで泉のように湧いてきた食欲にフタをされ、真っ青な顔でナイフとフォークをカシャンと落とした。


「.....うそぉ」


これが最後の晩餐というやつか、と美月は並んでいるキラキラした料理たちが、突然どす黒く、まるで毒でも入っているのではないかと思うほどに気落ちする見た目へと変わり、胃の中がまたも黒い塊がとぐろを巻き静かに暴れまわるのを感じた。


「まぁ、まだ美月殿にはわからないことが山ほどある。我々にどれほどの影響力があるのか.....どこから来てどこへ行くのか.....」


「ちょ、ちょっと待って!! おれは別に旅をしてただけで、この国をどうしようとか思ってないから!

本さえ返してくれれば、あとはどこにでも一人で行けるし!」


 美月はこのまま黙って殺されるわけにはいかないと、席を勢いよく立ちあがって椅子を後ろに蹴り、自分に害がないと弁明を始める。


「おや、監禁され頭の中をかき回されたのにまだ逃げられると思っているのかな」


「勝手に監禁されて勝手に記憶を見られたんだ。もう帰ったっていいだろ!!」


 美月はこれまでのことを口にしても、睦月の表情は張り付いたような笑顔でピクリともしない。

自分のしていることに間違いはないと、そう感じさせる表情をしているのだ。


 だがしかし、このままおいそれと不平な審問にかけられるなど、そんなことは絶対に回避したいみつきはどうすればよいかと冷や汗をかきながら黙りこくった。

 そんな思考錯誤する美月を見かねたカイキは、このやり取りに口をはさむ。


「僕たちも反対です。 神とは言え、こんな小さな少年を犠牲にするなんて……。

いくら戦闘部隊で血なまぐさい幾戦を敷いてきた私共でも、これは良心を咎めます……」


「カイキさぁん」


 やはりここに良心の塊がいるではないかと美月は目に涙をためる。

 思えば、ここに連れてこられた時から、カイキは美月の身を心配していた。それはきっと、美月が少年の姿をしているというそれだけの理由だと思うが、今の美月にはカイキが味方になるのに十分な理由だった。

 戦闘部隊と言う厳つい名前の部隊だが、それはすべて任務で得た称号が、湾曲して民衆に伝わっただけなのだと、美月は今までの噂話を頭の中で訂正するまでに至った。


「そうか。しかしそれは、君たちの私的理由に他ならない」


だが睦月はカイキの言葉を、冷徹無比に一蹴した。


「……そんなに神への審判てやつが大事なのかよ」


 相変わらず飄々とした表情から変わらない睦月に、歯を食いしばる美月は、まるで羊がオオカミに必死に抵抗している姿に思える。

 その有様がそろそろ不憫に思えてきたのか、睦月がおもむろに席を立ち、夜の暗闇を映す窓の方に足を運びつつ話し始めた。


「……大事というわけではない。古くからのしきたり……いわば復讐だな」


 睦月は窓の向こうから見える、夜空に白々と発光する寂しげな三日月を眺めた。


「この世界を作った神は、私たちに大きな【原罪】を残した」


 背中を向けていた睦月が振り返る。

先程までの飄々とした顔つきから、真剣なまなざしをこちらに向けて凛とした声を響かせる。


「それが【有言者(ユウゲンシャ)

言霊に使役され、言霊と生死を共にする者たちだ。」


「【有言者(ユウゲンシャ)】?

おれの持つ本は【創言者の本】で、名前が似てるけど、なにか違うのか?」


「……こんなことも知らずに、お前は本当に神様なのか?」


「しょうがないだろ! 軍になんて初めて入ったんだし!」


留也に呆れられてしまう美月だが、旅を続けている最中にその呼び名は聞いたことがなかった。

おそらく、軍かこの国の一定数しかいない者の呼び方なのだろうと考えた。


「そうだな。 一応すべて説明しておこうか」


睦月の姿を、白光とした月の明かりが照らす。これから始まる話は、いかに美月とかかわってくるのか、その重大さを三日月は素知らぬ顔でただ世界を照らしているだけだった。



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