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十六夜に落ちる  作者: 長文。
神殺しの軍
13/16

嵐の如く


 救護室のドアを鳴らしたのは、美月にとってはもはや天敵でしかない人物だった。


「やぁ、意外と早く出れたな」


 右手をすっと上げて軽い挨拶をするその人物は、今の美月の胃痛の原因となっている軍の最高司令官・睦月だった。


「おええぇ!! イケメン美女司令官! おぐぇぇっ」


「なんだ、取り込み中だったか」


 未だに胃液と格闘する美月と驚愕する留也と迅伐をよそに、ツカツカと睦月は踵鳴らしながら近づき、呆然と立つ迅伐の両手に収まったカルテを片手ですらりと引き抜いた。


「ふむ、言霊の反動か。

神と言えど、言霊の技を受けないわけではないのだな」


「司令官殿……! なぜこんな場所に!」


「なぜ? それは見ての通り、神様へのお見舞いだ」


 救護室にいる司令官に頭が追いつかない留也と迅伐はただ美月のベッドの横に立ちつくしていたが、それを緩和させたのは睦月が指をパチンと鳴らした後だった。


「大丈夫だったかい! 美月くん!!」


 ドタドタと救護室の中に入り込んできたのは、銀髪の髪に青い瞳をもった青年、一番隊隊長のカイキだ。そしてなぜか手には果物かごと花かごを持っている。お見舞いのつもりで睦月に持たされたのだろうか。


「カイキさん!? なんで司令官と一緒なの!」


「いや、いろいろあってね……。でもよかった。元気みたいだね!

はい、司令官と僕からお見舞い!」


 そういって美月に果物かごと花かごを渡すカイキ。彼もまた、美月の身を案じていた一人だが、閉じ込められ危うく命を落としそうになる手前の人間に対して笑顔を向けるあたり、少し気が抜けているように見えなくもない。


「ありがとう! でも人の話聞いて!」


「司令官からね、美月くんは絶対に外に出られるから、軍の中を捜しまわれって言われてね。

留也から発見したって連絡が来たときは安心したよ」


 ホッと胸をなでおろす仕草をするカイキは、美月の頭をわしゃわしゃとかき回した。


「絶対出れる……?! 嘘つけぇ!

あんなとこ誰も脱出できるような場所なかったぞ!」


 あの豆電球の光のみが照らす、薄暗く埃っぽい部屋にはどう足掻いてもドアのようなものはなかった。

そして脱出できたのも、建物の老朽化のせいでできた小さな穴を奇跡的に見つけられたからである。

絶対出れるという言葉には不備がありすぎる。


「まぁ、あそこで死ねばそれだけだと思うしかない」


 そう言った睦月を美月はバッと振り返ってみるが、その目には冗談というものは一切ふくまれていないようだった。


(もしかして、これまでの神はあそこで閉じ込められて……)


 美月はぶるっと寒気に体を震わすと、気を紛らわすためか、抱え込んでいた果物かごの中にあるバナナを手に取る。

どうやら睦月の登場によって気持ち悪さが飛んでいったらしい。先程まで体の中の胃酸と格闘し、洗面器に敗北のあかしを残していたが、今ではバナナの皮をむいて口の中に一口でほおばり、むしゃむしゃと食べ始める。


「本当に猿だな」


「もう好きに言ってくれ」


 自覚があるのか、留也の一言にはガン無視を決め込むことにしたらしい。

美月は口の中に入っているバナナを飲みこむと、目の前でなぜかにこやかにこちらを見ながら立つ司令官・睦月に、眉間にしわを寄せ怒りの表情を浮かべながら向き直り、右手をバッと差し出した。


「おれの本! 返してくれよ!!」


「うむ、それは無理だ」


 あまりの即答ぶりに潔さすら感じる一同は、睦月に視線を集中させた。

すると睦月は美月の抱える果物かごの中からリンゴを一つ手に取って、その紅を瞳に写した。


「美月殿の持つ本は、どうやら他の神の持つ本とは性質が違うようでね。

既存の調査方法ではまだ解明できていないのだ」


「……それっていつ終わるの」


「月は欠けるが、やがて満ちる。あせらずとも、ゆっくりいこう」


 睦月はリンゴをぽんぽんとお手玉のように片手でもてあそんでいる。冗談なのか本気なのか分らないそのいい方は美月の堪忍袋の緒に火をつけた。


「そんなに待てねぇよ!!

おれは今すぐにでもこんな危ないとこ出て、大事なもの探しにいかなきゃいけないんだ!!」


「ほぉ、大事な物、か」


 睦月はリンゴを投げる手を止めると、口角をあげ美月に詰め寄った。



「それは、()()()()よりも大事なものか?」



 金色の目はもうリンゴの紅を見ていないはずだが、なぜか赤く狂気的に光り輝いているように見える。

美月はその目に一瞬たじろいだが、すぐに真剣な、まっすぐな緑の目で見つめ返す。



()()()()に、関係あるんだ」



 そう言うと美月はベッドから布団をはいで、床に足を着き、睦月を見上げる。

立ちあがったその背は小さいが、目の前の司令官に物怖じしないほどの豪胆さと、神としてなのか気迫に満ちていた。


「……やはり君はおもしろい」


 今までいろんな豪胆者や計算高い者と対峙してきた司令官だが、まさかこんな小さな少年の姿をした神と対峙する日が来たのかと思うと、睦月はいっけん冷静な顔をしつつも、ざわざわと高揚する気持ちが湧き立つのを感じた。


 リンゴを果物かごに戻すと、今度は柔らかな目に戻り、美月に話しかける。


「だが、いくら神の願いと言えど、解析中の本を渡すわけにはいかない。

なに、本の解析を急がせるように手配はしておくさ」


「……あんたなぁ」


 美月はいまだくすぶる怒りをどこにぶつければいいかわからず拳を握っていると、図らずも場を考えずに自由奔放な腹の虫がぐぐぐーっと鳴きだしてしまった。


 その緊張感の欠片の無さに、一同は一瞬沈黙し、美月は徐徐に顔を赤らめていった。


「わっはっは!! お前さんの胃は忙しい奴だなぁ!」


「う、うるせっ!」


「そういえばもう夕飯の時間だね。

小さい子はご飯を食べないと、大きくなれないよ」


「子供扱いすんなっての!」


 美月の腹の虫のおかげか、硬直したままだった空気は穏やかになり、迅伐とカイキが口々にしゃべり始めた。


「そうか、確かにあの部屋に閉じ込めてから丸一日は優に過ぎているな」


 睦月は腕を組んで思い出したように呟き、口元に指先を持っていく。


「え、おれそんなにあそこにいたの……?」


「確かに、俺達に連れてこられた時間と逆算すると、お前は一日中閉じ込められてたことになるな」


「まじかよ! 本読んでて気づかなかったわ!」


「閉じ込められてたのに、本読んでたのか……?」


「いやぁ、魅惑の本がたくさんありましてね……」


 こっちは必死に探しまわっていたというのに、中では有意義に本を読んでいたのかと留也は怒りを通り越してあきれた表情になる。

このやり取りもにぎやかな音になり、救護室の中は柔らかな雰囲気になった。


「ふむ、さすがに客人に対してなにも出さずに帰らせるわけにはいかないな。

ここは会食と行こうか」


「か、かいしょく……? ってか客人って思ってもないこと言うなよ」


「サプライズと言うやつだ」


「ほんっとおれ、この軍の人嫌い」


 突然の申し出に驚く美月だが、腹の虫は正直だ。こうして話している間も活発に動き回り、食べ物を欲している。

美月はこれ以上、閉じ込められたりなどと言う仕打ちはもうないだろうと判断し、睦月の誘いにのることにした。


「伊勢隊長、覇雷副隊長も同行したまえ」


「はっ……え! わ、私たちもですか?」


「あぁ、積もる話もあるからな。

それに、こんなかわいい神を連れてきた褒美をとらせねばなるまい」


「はあ…… ありがとうございます」


カイキと留也は敬礼をし、なんとも不思議な心持ちで快諾したが、司令官と会食はかえって褒美と言わず仕事の延長にも感じられた。


「あのー、俺は?」


迅伐が自分を指さし、おじさんらしくもなく頭をこてんと横にたおす。


「暗慈刑務官の予後観察を頼むぞ」


「はーい」


迅伐はむなしくも会食には出席できないようだ。とぼとぼと白衣の後ろ先を揺らしながらデスクに戻っていった。


「では行こうか、会食に」


 救護室のドアに一人颯爽と向かっていく司令官の後ろで、美月とカイキ、留也の男三人は、今後の事態にどう取り組んでいこうかと顔を見合わせた。



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