脱出の先に
「やめろ!!」
暗闇の監獄に入ってきたのは、その威嚇するような長身を逆光によってさらに引き立たせた、頬に雷の入れ墨のようなものを入れた金髪の青年。覇雷留也だった。
「あ、あんたは! おれのこと子猿って言った人!!
なんでこの場所に……?!」
「話は後だ。
暗慈、いいからその汚い子猿をこちらに寄越せ!」
「きたないぃ!?」
美月は留也に反論しようも、留也の目は黒髪の男性を真剣な目で見ている。
対する黒髪の男性は、未だ止まらないまぶたから流れる血を抑えながら、睨み付けるように留也の方を向いていた。
「覇雷か......邪魔をするな……
こんなガキにこれほどの記憶量はありえない.....!」
暗慈、と呼ばれた男性は美月の方を見やる。
その目は怪し気に鈍く光り、狂気的な笑みを浮かべていた。
「こいつは神だ!!
俺達が忌み嫌い侮蔑してきた世界の異端者!!
その神の縷々たる記憶を俺が見ずに誰が見れるか!!
さぁ、その埃かぶった記憶を呼び覚ませ!!」
暗慈は美月に詰め寄り、再度目の力を使おうと美月の肩を逃がさないようにつかむが、それを留也が引き剥がし、美月をかばうように立ちはだかった。
「神の記憶なんて人間の許容量を軽く超える!
そんなことしたらお前が壊れるぞ、暗慈!!」
滴る血を抑えながら、暗慈は留也にカツカツと詰め寄る。
「神を擁護する気か、覇雷」
「その体で抵抗できると思うなよ、暗慈」
対立する二人を見て、美月は留也の背中から顔を出し、自分が主体の争いを慌てた手ぶりをしながら止めようとした。
「ちょっと! やめてくれよ二人とも!
こんなところで言い争わないでくれ……よ?」
「子猿?」
留也が後ろを振り向く。美月がふらふらと頭を横に揺らしていると思うと、そのままガクンと膝から崩れ落ちた。
「目が……回るぅ?」
美月がそう言い残すと、ガツンと固い石畳でできた地面に頭から倒れこみ、美月は自分の名前を呼ぶ声を消えゆく意識の中で聴きながら、そのまま意識を失ってしまった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
その場所は白い壁に白いベッドが数台置かれ、薬品のにおいがほのかに香る。
部屋にある窓から吹き抜ける風と柔らかい日差しによって、清潔感が保たれた部屋、救護室だ。
デスクの前のイスに座る、白衣を着た救護室の管理人【迅伐】は、火のついていないたばこを口にくわえながら、無精ひげをなぞり、眼鏡を指先でついっと上げる仕草をすると、口を開いた。
「言霊の反動だな」
手にはカルテなのか、白い書類の束を持っている。
そのままイスから立つと、ベッドのカーテンを開け、ベッドから体を半分だけ起こし、頭に包帯を巻いて真っ青な顔で洗面器を抱えた美月に近づく。
「そこに寝てる黒い兄ちゃんがもつ、目の言霊にやられたんだな。
そいつは人の頭ん中に無理やり入り込むから、相手に大きな負担をかけちまう
ま、気持ち悪いとか程度で済んでよかったな!! はっはっは!!」
美月の隣に寝る、目に包帯を巻かれ横たわっている暗慈をちらりと一瞥してから
「頑丈な坊主だ!」
と、大口を開けてガハハと笑った。
「全然よくねぇよぉ……うっ……オエエェ!」
「……吐くか喋るかどっちかにしろ、子猿」
美月のベッドの横には留也がイスを置いて座っていた。
監獄で美月が倒れた後、同じくして暗慈も倒れてしまい、急いで救護班である四番隊に連絡をし、地面に突っ伏している二人をそのガタイの良い体で抱えて救護室に連れてきたのだ。
「それで? お二人はなぁんでこんな大怪我を背負ってきたんだ?
とくにそこの坊主、どう見ても軍の人間じゃないだろ。
迷子だかなんだか知らんが、部外者は立ち入り禁止だぞ」
迅伐は口にくわえていた火のついていないタバコを離すと、美月にこれまで起きてきたことの経緯を説明させようとした。
「おれだって好きでここに来たわけじゃねぇし......
つーか司令官って人に閉じ込められて、死に物狂いで脱出しようとしたら、そこのおっかねぇ黒い人に記憶を......ウッ......オエエエェ」
美月が説明したいこと。
それは、元々この【神殺しの軍】に来たのも自分の意思というよりは無理矢理に馬車に詰め込まれ、軍の最高司令官に会わされたと思えば本を奪われた挙句、本の墓場に閉じ込められてしまい、脱出するのに壁を壊せば刑務官に頭の中をほじくられたという、なかなか普通の見た目の少年にしては濃すぎる内容だ。
説明もきれぎれに、底の深い洗面器に顔を突っ込む美月は、もう吐きたくても吐くものがない空っぽの胃を絞り出していた。
「おいおい、司令官ってこんな小さな子供を監禁する趣味があったのか?」
「おっさん。気持ちはわかるが、こいつは俺達が連れてきた。そいつが神の本を持ってたからな」
留也は美月の丸くなった背中を見つつ、未だ普通の少年だと思っている迅伐に、美月の正体を暴かした。
「神の本ってことは……
おいおい、本当にこんなちっこいのが神様なのか?!」
迅伐は眼鏡を指で直しながら美月を見やる。
真っ蒼な顔をし目はうつろに、ぜえぜえと浅く呼吸するこの少年が神様というのかと、迅伐は眼鏡の奥の目を見開き、しげしげと言った感じで眺めていた。
「うぉえ.....あんまり大きな声出さないで.....
頭に響ぐぅ.....」
「あぁ、すまんすまん」
また洗面器に顔を突っ込む美月の背中を迅伐がさすりながら、思いついたように留也の方を見やる。
「神様ってことは、神殺しの軍としては別に助けなくてよかったんじゃないのか、留也」
そういうと、留也はバツが悪そうに目を迅伐からそらし、組んでいた足をかえてぽつりとつぶやいた。
「……うちの隊長がうるさいから来てやっただけだ」
「まったく、素直じゃねぇのなぁ」
わははとまた迅伐が笑う。留也はどうやらこの決して狭くない軍の中を捜し回って、美月を見つけ出したらしい。
「でもそれって……おれが脱出できてないと意味ないよね」
「それは……」
洗面器から顔をあげた美月が留也に問いかける。
確かにいくら探したとしても、美月があの本の墓場から逃げ出せない限り、探す側の労力は無駄となってしまう。
なにか確信でもあったのかと問いかけようとしたその時、救護室のドアがキィと鳴いて開き、美月にとって忌々しい人物が姿を現した。




