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十六夜に落ちる  作者: 長文。
神殺しの軍
10/16

本の墓場


大きな扉の前で待機していた秘書官は、その後ろにまとめて結った髪を揺らしながら、扉から出てきた睦月に小走りで近づいた。


「司令官! 中で物音がしましたが……」


「なに、大丈夫だ」


司令官・睦月は目の線を柔らかくし爽やかに笑うと、美月から奪った【神の本】を取り出す。


「これを六番に送ってくれ」


秘書官に手渡した本はとても分厚く、もとは豪華な装飾だったのだろう。本の表紙や装飾はところどころ剥げている。そしてベルトで本を閉められるようなっており、ぴたっと閉じたそれは不思議な力のせいで普通の人間では開かないようになっている。


「これは……! もしかして、あの……」


「あぁ、そして彼は例の場所に送った」


睦月は秘書官に目配せをする。


「あ、あんな場所に……いえ、承知しました」


秘書官は気の毒そうな顔をしたあと、メガネを指で直す。


「そこの2人」


「はっ」


秘書官と同じく扉の前で待機していたカイキと留也が、睦月の言葉に敬礼で返す。


「少し頼み事がある。

なに、君らにしかできない頼み事だ」


睦月はその整った顔についた口角を上げると、2人の元に歩み、そっと耳打ちをした。




--------------




「んおおおおおおぉぉ」


「んぎぎぎぎぎぎ」


「ふぐおおおおぉ!!!」


睦月に閉じ込められてから小一時間。

美月は未だ入ってきた壁の隙間に指を挟み込んでは、こじ開けようと声を荒らげ、汗を流してその壁と格闘していた。


「だめかー!!!!」


しかし無情にも壁は不動のまま、たった数センチの隙間さえも作れずに美月の体力は尽きてしまい、そのまま床へと倒れ込んだ。


「くっそ! あのイケメン司令官!

なんて場所にこんないたいけな少年を閉じ込めるんだよ!」


閉じ込めた張本人に、悪態らしくない悪態をつく。


 そしてふと寝っ転がった周りを見ると、薄暗い部屋の中のせいで気づかなかったが、床にも神殺しの犠牲になった神の本が、ホコリとともに積み重なっている。


「ひょえぇ……」


上体を起こし部屋をぐるりと見回す。

本棚に詰め込まれた本とその上にも重ねられた本、そして仕舞いきれなかったものは床へと無造作に置きつぶされている。


「マジで本の墓場ぁ……

っていうかよくこんなに溜め込みましたね~……」


「なんか本独特のホコリくささっていうか、変な匂いするし……

本棚に入りきってねぇ本もあるじゃん。神様の本の扱い雑すぎない?」


神々が所有していた本だというのに、高く積み重ねられ、中には長い年月を経ているのだろう、ホコリに覆いかぶされているものもある。あまりのぞんざいすぎる神の本の扱いに美月は文句を付ける。



「……そういや、ほかの神様の本ってどんなだろう」



ふと美月は疑問に思った。

自分の本の中身は知っていても、十六夜で他の神に会ったことすらない美月にとっては、この膨大な量の神々の本は、美月の好奇心を大いにそそるものであった。


「どれ! こんな機会滅多にないし!

ひとつ読んでみっか!

なになに~ おっ、この本面白そうじゃん!」


ちょうど美月の目の前にあった、全体が青に近い緑に、蔦のような曲線を描いた表紙の本を手に取った。


「これは……植物図鑑か!」


「きっと草とか花とかの神様だな

じゃあこっちは~?

おっ! これは元素の本か! 難しいな~」


 美月は本棚や積み重なったところから次々と面白そうな本を見つけては、神様の文字であろう文章が書かれた本や、たくさんの挿し絵が描かれた本を、ぺらぺらとめくっては楽しそうに読んでいた。


「……やっぱりみんな、おれの本とは違うんだなぁ」


 たくさんの本を手に取った末に、睦月に盗られてしまった自分の本を思い出す。


 気が遠くなるほど昔の、美月が生まれたと同時に存在していた本。

常に隣にあり、共に生きてきた「自分」という証になるその本は、この薄暗い部屋の中にある本たちとは、形は同じでも、中身は全く違うものであると美月は初めて知った。


 そうして自分の本の安否を気にしている途中、美月は何気なく本棚の下に目線を落とした。


「ん……?」


「おいおい、この本はぁ?

もしやもしやぁ?」


美月は本棚の下をのぞき込むと、そこには背表紙にクピードの絵が描かれ、表紙には大胆にも淑女の白い裸体が描かれた本が見つかった。それはまさしく……


(エロ本!!!!)


雷に打たれたような衝撃を受けた美月は、その本を目にもとまらぬ速さで手に取り、息もあらあらにじっと見つめる。


「おっ……っほほお……んふふ……

いやぁ、見た目13歳だけどぉ、中身は神様だからねぇ」


この世界では一応、18歳以上は成人向けの本は禁止という法律があるのだが、見た目こそ幼いが美月は神様であり、その法律は人間にのみ適用されると勝手な自論を展開する。それだけこの本に魅力があるのだろう。


「これは致し方ないぃ、致し方ないでござるよぉ? だってそこに本があるのだから~」


これぞ美月にとって地獄に見つけた花。

緊張なのか高まる高揚感のせいなのか、震える指先で本の表紙をめくろうとする。


『ぎゃああああ!!!!』


「ぎゃああああ!!!!」


すると、唐突にも野太い悲鳴が部屋の中をかき鳴らした。

たまらず美月はその悲鳴と共に叫び、手に持っていたいやらしい本を落としてしまった。


「ごめんなさいすみませんー!!

ちょっとした神様の出来心なんですー!!」


混乱した美月は涙目になりながらも、壁際までシャカシャカと後ずさりをする。


「あれ……?」


「さっきの声、どっから聞こえたんだ……?」


『……ぁ……ぃ』


「天井? どっかから声が漏れてるのか……?」


美月は天井を見上げるが、特に何の変哲もない天井であり、小さな豆電球がゆらりゆらりと揺れているだけである。どこかのぞき穴でもあるのか?と美月が天井をしげしげと見つめると……


『あ゛あぁぁああっ!!!!』


「ぴゃあぁあああ!!!!」


またもどこからか悲鳴が聞こえ、美月が壁際にドンッとぶつかると、その衝撃のせいか美月の目の前の本棚から一冊の本が、その中身を広げたまま落ちてきた。


「ほ、本……?

まさか、この本が悲鳴上げてるのか?」


落ちてきた本に美月が恐る恐る近づく。


『ぐあああぁあっ!!!!』


「いやあー!! うるっっせぇ!!」


つんざくような痛々しい悲鳴が美月の鼓膜を震わせる。たまらず反射的に両手で耳をふさぎ、悲鳴を上げる本を勢いよく閉じた。


「なんだこの本!? どんな神様がこんな本持ってたんだよ!! つーかどうやって使うのこの本!!」


本を閉じたおかげか、悲鳴を上げるまで静まり返っていた部屋がさらにその沈黙の色を濃くした。


「まったく、人騒がせしやがって……!!」


美月は一安心すると緊張の糸をほぐし、今度はホコリたまった床ににべったりと倒れこむ。


「はぁ……

とにかく、真面目に出る方法探すか……」


倒れこんだまま頭だけを動かし、豆電球の明かりだけが揺れる部屋を眺める。


「壁はさっきも見たけど、内側からじゃ力づくでも開かないみたいだし、床をはがそうにも本棚が邪魔ではがせない……おまけに窓もなけりゃどっかに通気口があるようにも見えない……」


「あー……うーん……」


腕を組み小首をかしげながら考えた末に、美月が出した答えは……


「詰んだ!!!!」


まさかの諦めであった。


「あーー!! やだやだやだー!!

こんなトコで死にたくないーー!!

本と一緒に腐ってくなんて絶対にやだー!!!!」


なにやらここに連れてこられる前にも同じことを言っていたような気がすると美月は一瞬考えたが、今回ばかりは逃げようにも逃げるための出口がない。あるのは背の高い本棚にうずたかく積まれた本たちだけだ。


 あきらめもひとしおに、ここでどう生活していこうか、本は食べられるのかと現実逃避をし始めた美月がごろんと寝返りを打つと、目の前の壁にねずみ一匹が通れそうなくらいの穴が開いていることに気付いた。


「なんだこの穴……」


美月は興味深げに顔を近づける。そしてぺろりと指先を舐め、指を穴に近づけてみる。


「風が吹いてる……!!」


「もしかしたら、この壁の向こうに出口があるかもしれない!!」


この風穴を発見したことにより、美月の中で少しの希望が花咲いたように感じた。風を感じるということはこの壁の向こうに空間があり、そこで空気が循環しているということだ。どこにも出口がなく明かりも乏しいこの部屋で、この小さな小さな出口はほとんど奇跡であった。


「よっしゃー壊すぞー!! って言っても壊すものがないな……

本で殴るにしちゃ、威力がなさそうだし……」


美月はつい癖なのか自分の腰のホルダーに手をやる。しかしそこに自分の本はなく、ただその手は空を切るだけである。


「くっそー、なんであん時本盗られたことに気が付かなかったんだ!

あったらこんなとこ、とっくにでれてるのに……!」


「なにか、なにかないか……!!」


美月は悔しそうに眉間にしわを寄せ、そしてあたりを見回す。

暗い天井、揺れる豆電球、覆いかぶさってくるかのような大きな本棚に、うずたかく積まれた本たち。この風穴をさらに広げるのに使えるものは何かないか。眉間に寄せたしわをさらに深くしながら必死に脳を回転させる。


「!!

そうだ!! 穴が壊せないならなら……!!」


美月は目の前にあったものを手に取り、これで外に出るということに賭けてみることにした。

出れなければ本の肥やし、神殺しの軍の思うつぼだと、美月は小さくぽっかり空いた希望の穴をじっと見つめた。




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