ドラゴンさんとダークエルフのお嫁さん
この世に生を受けてから早二千年――ドラゴンであるゴウルは上空を舞っていた。
青色の鱗に大きな身体。
特徴的なのは一本の蒼く鋭い角だ。
《ブルーホーン・ドラゴン》という種類であるゴウルは、この地上にて最強種であるドラゴンの一体である。
そんなゴウルがここ数年で考え始めた事は――嫁探しだった。
「最近海竜のロンホーも結婚したらしいしな……」
海竜のロンホーとは、文字通り海辺に暮らすドラゴンだった。
《シー・ドラゴン》という種族のドラゴンであり、海を統べる者とも呼ばれる。
その結婚相手は、なんと人間だった。
以前から関係のあった村の――《竜の巫女》と呼ばれていた少女と関係を持ったらしい。
寿命の違いなども考えると人間と結婚するのはどうかとも思うが、二人が愛し合っているのならばそれでいいのかもしれない。
ゴウルにはまだ分からない感覚であったが。
「俺も二千歳……そろそろいい歳だからな」
ドラゴンの平均寿命は五千年から七千年と言われる。
その長さで考えれば、すでに半分か三分の一度しかには迫る事になってしまう。
「でもなぁ……どうやって探せばいいのか……」
上空から見ていても、分かるのは獲物くらいなものだ。
同じドラゴンだと、どうしても縄張り意識や闘争心の方が上回ってしまう。
「うぅむ……」
ゴウルは悩む。
上空で旋回しながら、ふと再び下を見下ろした。
そこで一つの小さな村が見える。
(そういえば、ロンホーのやつが言ってたな……)
『最初は勝手に住まわせてもらったんだけど、気付いたら守り神扱いでさぁ、困ってたんだけど、慣れると悪くないもんよ』
そう、ロンホーも初めからその村と仲がよかったわけではない。
時間をかけて、今の関係性に至っているわけだ。
「俺にもできるか……いや、しかし、ドラゴンっていうだけでも結構怖がられるしな……」
ゴウルは考える。
そして、一つの結論を導きだした。
(そうだ。どうせビビられるなら、嫁を寄越せって要求してみるか)
誠意ある態度を示せばきっと何とかなる。
ゴウルはそう考えた。
くるりくるりと、上空を舞っていたゴウルは、思い立ったと同時に滑空していく。
目に入った村で試しに進言してみる事にした。
ドォン、という大きな音と突風を巻き起こしながら、ゴウルがその場で声を上げる。
「――若い娘を出せ! この俺のモノとなる若い娘だ!」
せっかくなら若い方がいいという欲と、嫁と表現する恥ずかしさから、そんなちょっと言い回しを変えてしまったゴウル。
そんなゴウルを怯えるように見上げていたのは、森の中で暮らしていたエルフ達だった。
***
「……」
「……」
スッとゴウルが手を動かすと、ビクリと目の前の少女は震えた。
(どうしてこうなった)
肩にかかるくらいの銀髪に褐色の肌。
先ほど見たエルフ達とは特徴の異なる少女は、《ダークエルフ》と呼ばれる種族だった。
布切れ一枚しか着ていない姿で、怯えたままにゴウルを見上げている。
広義的には見ればどちらもエルフではあるが、生活体型など色々な面で異なるらしい。
それくらいの事しかゴウルは知らない。
ただ、要求に応じて出されたのはダークエルフの少女だったのだ。
(人間――ではなくエルフか。しかし、雌の年齢は分かりにくいな)
そうは思いながらも、目の前の少女は確実に子供であると言えた。
おそらく十歳を過ぎたあたりだろうか、まだ親元を離れるには早すぎるくらいだ。
そんな風にゴウルが見ていると、少女がようやく口を開く。
「わ、わたし、はネア、と言います」
「ネアか」
「は、はい。ド、ドラゴン様の生け贄として、ここに来ました。だから、村の方にはどうか、手を出さないでください」
そう言い終えると、ネアは震えながら地面に手を付き、頭を下げた。
ゴウルは首をかしげる。
「ん、生け贄?」
「は、はい――え、違うんですか?」
「いや俺は生け贄など――」
言いかけたところで、自身の言葉を思い出す。
若い娘を出せ、などとドラゴンが言えば、間違いなく生け贄と勘違いされてしまうだろう。
(やべえ、緊張してて気付かなかった……)
「あ、あの……?」
「あー、あれだ。お前はまだ若いし、村の親御さんのところに戻ってだな――っていうか何歳だ」
「じゅ、十一歳です」
(マジか……)
「とりあえず、村に戻った方がいい。親も心配しているだろうし」
歳の差何と1989歳――エルフ族は長寿ではあるが、目の前の少女が本気で幼かった。
何とか軌道修正を計ろうとするゴウル。
だが、ネアはふるふると首を横にふった。
「……ここには親はいません」
「なに?」
「ダークエルフは、この村だとわたしだけです」
拾われた子だから――そう、ネアは続けた。
だから、ドラゴンが来たときの生け贄に真っ先に選ばれたのだと。
ゴウルは目を細める。
自分で言っといてなんだが、こんな小さな子を差し出すなどどうしたものなのか、と。
「お前はそれでよかったのか?」
「は、い。わたしみたいなのでも、一緒に暮らさせてくれました」
そう言って俯くネアの表情は暗い。
本心ではそう思っていない事がよくわかった。
(まさかこんな事になるとは……)
目の前の少女、ネアをそのまま村に返すのも気が引けてしまった。
なぜなら、ネアはすでに生け贄として選ばれてここにいる。
仮に助かったとして戻っても、エルフ達に受け入れられるか分からない。
ゴウルはネアに問いかける。
「ネア、よく聞け。俺はここに花嫁を探しに来た」
「え、花嫁って、お嫁さん……?」
きょとんとした表情で問い返すネアに、ゴウルは頷く、
そっとネアの前に、大きな腕を置いた。
「つまり、お前は俺の嫁として差し出された事になる。だが、お前にも選ぶ権利はある。この俺の嫁になるか、村に戻るか」
その選択は、ネアに委ねる事にした。
ネアはだんだんと状況を理解してきたのか、なぜだか頬を紅くして目を泳がせる。
「そ、そんな、お嫁さんなんて……わ、わたしまだ……」
「ならば、村に戻ればいい」
ゴウルがそう促すと、ネアはバッとゴウルの腕に抱きついた。
今度のネアの表情は、なぜか嬉しそうだった。
「ち、違うんです。わたし、誰かに必要とされたの、今日で二回目なんです」
「二回目?」
「一回目は、生け贄として。二回目は――お、お嫁さんとして……」
恥ずかしそうに俯くネアに、ゴウルの方が恥ずかしくなってくる。
(うわぁ、出会ってすぐにプロポーズしてるって事かこれ……)
そう考えている間に、ネアが決意を固めた表情でゴウルを見た。
「わ、わたしをお嫁さんにして、くださいっ」
ネアがそう言って、ゴウルの大きな手を強く掴む。
こうして、ゴウルはダークエルフの幼妻を手に入れる事になった。
***
《竜の魔導師》と呼ばれる男がいた。
大きな角のような飾りを頭につけ、細長い体型をしている男だ。
ドラゴンと互角の実力を持っているとして、男はそう呼ばれていた。
男の名はゴウル――今は人に近い姿で、辺境の地に住まう。
ゴウル自身ローブや包帯などで身を隠さなければ、その異様な身体が目に入ってしまう。
人型近い姿になれるとはいえ、その姿は人から見れば異形のものだ。
幸い魔導師というのは奇抜な格好の者も多く、ゴウルもその一人だと思われていた。
今では、近くの村で頼られる存在となっている。
そんなゴウルの傍にはいつも、ダークエルフのネアがいた。
「ゴウル様、そろそろお昼にしませんか?」
「ああ、そうしようか」
「あ、あと……家に帰ったら昨日の続きも……」
「ああ、それはまた今度だな……」
(夜の営みとか俺も詳しくないし……)
お互いに知識のない事をするのは難しい。
ゴウルは最近になってその事を学んだ。
そんなドラゴンとダークエルフは、今日も静かに穏やかな日々を過ごす。
こういうのが最近すごく書きたくなります。
連載候補の一つですね。




