本能寺。
急ぎ旅支度を整え、馬の背に鞍を載せていると、急ぎ駆け寄ってくる騎馬の姿があった。その者も急ぎの旅か、小さな荷物を背負い空馬を引き連れて居た。
「お待ちください! 京へ向かわれるんですって?」
誰かが追いかけて来るとは思ったが、一番意外な人物で、少し返答に戸惑った。
「ああ、久隆。妹は元気か」
妹の婿の伊賀久隆に、さり気なく答えながら、旅装束の荷物に視線を這わせば、全体が想像できない奇妙な形の武器の類がいくつか見え隠れしていた。合戦で使うまっとうな武具ではなく、暗器の類か?
「はい、私にはもったいない嫁でした」
「でした?……」
気になる言い回しが、ふと口に出てしまった。
「つい先程、城を出る時、茶を出してくれたので一息に飲んだのです。『美味しいでしょうか?』と聞くので『美味い』と答えると、『そうでしょう、毒を入れましたから』というのです。『どんな毒だ』と聞くと、『直ぐ効く猛毒です』と」
「――何を?」
叫び声にならないほどの驚きにも、おかしそうに声を潜めて答えた。
「ですから私は、毒を飲んで死んで城を出てきたのですよ。……直家様、織田信長に会いに行かれるんでしょ? それならば、私が適役ですよ」
手荷物を叩くと、じゃらりと音を立てる。
何をしようと知っている訳か、帰れない事も……。
「だからこそ、……秀家を頼む」
「忠家様がおります。それに、長船貞親様、岡家利様、戸川通安様、御三方がいれば宇喜多家は盤石ですよ。そこに、妹の婿などが顔を出すのは、余計ではありませぬか? 文殊の知恵も四人五人では回り切らぬ、ですよ」
小さなため息をついた。
名の出た者たちで話し合った結果、誰がついてくるか決めたのだろう。そう思うと、安心したような小さなため息が出た。
「……行くぞ」
そう答えて、馬にまたがったが、少しも行かない内に木陰から声を掛けられた。
「遅かったですね、直家様」
長い火縄銃と短筒を馬に積んだ、遠藤俊通だった。
「お前もか」
ここで待っていた意味も、言いたい事も分かっていた。
「当然でしょ? 床下でも、屋根裏でも、厠でも、どこでもついていきますよ」
「もう少し、言いようがあるだろう。どうも、格好がつかんな……」
その後は、三人の奇妙な取り合わせは、話も出来ないほど馬を飛ばして東へと向かった。
織田信長の待つ、京へ。本能寺へ。
天正十年六月二日、夕刻、宇喜多家の使者が到着した直後、本能寺は炎に包まれた。
尋常のものとは思えない勢いで燃え広がった業火は、どれだけ水を掛けようとも少しも衰えず、三日三晩燃え続け、全てを燃やし尽くした。
宇喜多家の三人、宇喜多直家、伊賀久隆、遠藤俊通の遺体も、織田信長の遺体も、業火で燃やし尽くされた灰の後からは何一つ見つからなかった。




