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戦国異伝~悠久の将~  作者: 海土竜
天廻争乱
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鞆幕府

 備後の鞆で足利義昭は新たな幕府を発足させた。

 小早川隆景の水軍の本拠地であり、島の海賊衆を束ねるため瀬戸内の海を一望できる小高い丘に鞆城が建てられていたが、機能だけでなく美しい眺めと潮の香りが雅さを彩っていた。

 足利義昭もこの地を気に入り、ゆっくりと腰を落ち着けるかに思えたが、毛利輝元を要職に任命し幕府の体裁を整えると、各地の大名に号令を出す。

 最初の勅令は、織田信長の討伐。

 そして、毛利家を上洛させるために周辺の平定と後方の安全の確保に乗り出し、織田家の傘下に入った大友家の討伐を島津家に命じた。

 備後の鞆まで足利義昭を送り届けた宇喜多直家も、小早川隆景に協力する形で備中に残っている三村家の残党の討伐に加わっていた。


「直家殿、戻られたか!」


 直家の到着を知ると、直ぐに舳先に上った小早川隆景が大きく手を振ってから、渡し板も使わずに船を飛び移る。合戦で兵を率いてるとは思えない相変わらずの軽装だった。


「三村元親も自害し、残る城も上野隆徳の常山城のみだ」


「援軍など、無用であったかな」


「いやいや、宇喜多軍が加勢に来たとなれば、上野隆徳も降伏して城を明け渡すだろう。無駄な血を流さなくて済むってものだ」


 海に面した山頂にある城だが、これと言って特徴がある訳でもなく、こじんまりした曲輪が見えるが攻めあぐねるほどの城でもない。小早川隆景はそう言ったが、山道の入り口に布陣した兵だけで、落とすのに十分に見える。


「長い航海と連戦の後だから助かるが……」


「俺も船から見物しているだけだよ。城攻めを任せている乃美宗勝は、優秀な武将だ。楽できる内は、楽しておこう」


「備中が治まれば、東へ進まねばならないしな」


「織田信長か、……天下をどうしようというのだろうな」


「天下布武。その言葉通り、軍の編成と政治と経済の改革だけならば、天台宗を取り込み、寺院と一体化した城など作りはしまい」


「おい! 何だありゃ」


 突然、上げられた小早川隆景の叫ぶような声に、見上げていた雲から視線を引き戻すと、木々の間から目に見鮮やかな集団が姿を現せていた。


「数に任せてしか戦えぬ毛利家の腰抜け侍め! 武家に生まれた者として、度胸があるなら上野隆徳の妻・鶴姫と手合せいたせ!」


 派手な色彩の着物で馬にまたがり、美しい黒髪を靡かせ、手にした長刀も見事な飾りがついている。供回りも薙刀を構えた侍女たち。見事な美しさであるが、見事過ぎる。飾り物のような見事さだ。


「あれは、三村元親の妹だ。まさか、本当に戦おうというのか?」


 三十人ほどの娘が薙刀を構えて乃美宗勝の陣へと迫る。美しく揃った動きで振るわれる薙刀の刃が煌めき、舞を見ているかのようであった。相対する兵士たちも、どう対処していいのか分からず、ずるずると後退っていた。


「兵を退かせるか?」


「ここまで来て、城を落とさず帰る訳には、行かんのだが」


「しかし、……あれと戦わせるのは酷だぞ?」


「そうだな、俺も御免だ……」


 兵を下がらせ遠巻きに城を包囲しても、鶴姫は何度か突撃を繰り返し、慌てて逃げる毛利兵を追い立てては、城に引き返していた。

 埒が明かぬ。

 気の毒には思ったがいつまでも付き合っておられず、乃美宗勝の部隊を残し、直家は兵を退いた。

 突撃し、兵を追いかけるだけで、華美で動きやすいとは言えない格好の鶴姫や侍女たちに疲労が見え始めていた。

 放っておいても、時間の問題。

 そう考えたのは誤りであろうか?

 いや、やがて訪れる悲惨な結末から目を背けたのだ。

 誰の目にも同情を引く、悲壮感漂う娘たちから目を背けたのは誤りであろうか?

 いや、多くの兵や民の命を預かる大名が、同情や感傷だけで判断をするはずもない。

 だからこそ、浦上宗景の突然の布告に、動揺が走った。


「織田信長公より、備前・美作・播磨の守護職を任命された、浦上宗景である。常山城にて、年端も行かぬ娘を嬲り者にする毛利家の非道は許し難し! 心ある者は、毛利家を討ち、備中の三村家を助けよ!」


 備中の兵力は、毛利家の配下か宇喜多家の配下しかいない。この布告は宇喜多家に向けられたものだ。毛利家について織田家と戦うか、織田家について毛利家と戦うか。鞆幕府につくか、織田信長につくか、選ばなければならない。


「直家様、熟慮なさいませ」


 口を開こうとした直家にかけられた長船貞親の言葉が重かった。

 あれこれ、言い訳している場合ではない。そういう事だ。

 宇喜多忠家、春家、長船貞親、岡家利、その他の古参の家臣たち、城を取るごとに増えて行った家臣たちが固唾を飲んで見守っていた。

 彼らの命を預かり生末を決めるのが主君の役目。

 大局を見、家臣たちの子孫が、末代まで栄えるように、手にした小さな利益にこだわって不義を行なってはならない、目の前の正義に揺さぶられてはならない。


「天神山城を攻める!」


 直家が言葉はそれだけだった。

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