木津川口の戦い 2
船団を縦に並べて先を急ぐ宇喜多直家の水軍百艘は北から大きく湾を回るように進んで木津川の河口を目指した。同じ頃、毛利水軍が将軍の要請を受けたとの知らせに、紀伊半島を大きく回って増援に駆け付けた九鬼義隆の水軍三百艘が、紀伊水道から北上し木津川の河口を目指していた。
南北から進んできた両軍がぶつかった木津川沖で、海戦の火蓋が切って落とされた。
既に数百の船が石山本願寺を包囲していたため、九鬼水軍の役目は、宇喜多水軍の足止めである。しかも、船の数は三倍。ならば当然、大きく両翼を広げて構え、飛び込んでくる相手を包囲する陣を敷きゆっくりと北上する。
数で劣る宇喜多水軍は、一刻も早く石山本願寺と合流せねばならない。真っすぐに、中央突破するか前に見えたが、最初の砲火が上がろうとした瞬間、宇喜多水軍の前軍が西に進路を変えた。九鬼水軍の左翼は北東に船首を向け包囲しようとしていたが、応戦の準備に取り掛からなければならない。
「進路を北に向けろ! 宇喜多全軍の進路をふさぐ、グエッ!」
甲板上で大声で指示を出していた武将の喉を刺し貫いた矢が塞いだ。
船は進行方向を変える時が、一番無防備、相手からすれば、止まっている的のようなものである。当然、海戦の経験のある九鬼水軍であれば、十分に承知していたが、誤算の一つは、木津川口沖の潮の流れがあった。紀伊水道から流れ込んだ海流が、大きく西に向きを変える場所。その流れに乗って西に向かった宇喜多水軍の進みは速く、九鬼水軍が進路を変えるのを邪魔していた。そのため予想よりも早く距離を詰められた。
そして、もう一つの誤算は、花房正幸の弓であった。
「足を止めてくれるとは有り難い、大将だけを狙い打て! 外して矢を無駄にするなよ!」
海戦に使う船には、数十人の射手と櫂手が乗り合わせているが、進行方向を決める指揮官がいなければ、櫂を漕いでも味方の船にぶつかる。大きな船を動かす海戦で、指揮系統の乱れは、致命的な混乱を生む。
「良し! 奴らによく見えるように長宗我部の旗を立てろ!」
直家が十河存保から借り受けたのは、兵でも武器でもなく、土佐の長宗我部家から奪った旗印であった。阿波の三好家と争っている長宗我部家が参戦したとなれば、その動揺は、織田全軍を揺るがすほどに広がる。混乱した左翼を鎮めるよりも、九鬼水軍の中央軍は西に船首を向け、土佐・長宗我部からの襲来に備えねばならなかった。
そこに、戸川通安の率いる宇喜多中軍が襲い掛かったのである。
「馬鹿な! 焙烙玉だと? いつの間に、ここまで近くに!」
西に船首を向けた所を背後から襲われ悲鳴が上がった。油の染み込ませた布と火薬を詰めた陶器椀を貼り合わせた物に火をつけて投げる焙烙玉は、木造の船をたちまち燃え上がらせるが、十分に距離を詰めなければ届かない欠点がある。九鬼義孝は宇喜多水軍との距離は十分に把握していた、つもりだった。
背の高い安宅舟が二艘ゆっくりと進んでいるため、そこに中軍と後軍がいると考えたが、安宅舟は二艘とも後軍に配され、中軍は足の速い小早舟だけで編成されていたのだ。
九鬼水軍の中央軍は、混乱を鎮めるため、そのまま西へ、沖の方へと速度を上げて進まねばならなかった。その動きにつられ、混乱した左翼の船も沖へと逃げだす。
そうなれば後は、包囲戦のために南北に長く伸びた九鬼水軍の右翼のみ。北の端から、宇喜多水軍の後軍が安宅舟からの斉射で押しつぶし、南からは、中央軍の後ろを抜け方向転換して来た宇喜多水軍の中軍が攻め立てた。
南北から挟まれた右翼部隊は、沖に逃げた九鬼水軍の主力を追いかけるべきか、木津川の石山本願寺を攻めている部隊に合流すべきか迷っている間に次々と炎に包まれた。当然、燃え出した船の乗組員は、味方を押しのけてでも陸に上がろうとして、木津川に殺到する。押しのけ合い、ぶつかり合い、木津川を守っていた船に燃え移り、さらに混乱が増した。
「川の上流へ押し込むぞ! 小舟を下ろせ!」
混乱を見逃す手はない。船に積んできた五人ほど乗れる小さな船を下ろして、混乱した川に入ると、ぶつかって向きを変えられない船の間を通って、炮烙玉を投げつける。煙が立ち上り見通しがきかなくなると燃えた船を盾に、岸に居る騎馬や足軽を鉄砲で撃つ。たちまち逃げ出そうとした兵が橋で押し合い、味方を川へ突き落とすまで混乱が広がった。
何処を攻めれば最も弱いか、熟知している。乙子城で訓練した宇喜多水軍にとって、川での水上戦こそ得意分野であった。




