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戦国異伝~悠久の将~  作者: 海土竜
天廻争乱
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毛利元就の遺言

 吉田郡山城に三人の騎馬武者が到着した。戦場から急ぎ駆け戻った様子であったが、伝令ではない。身に着けている鎧兜が一目で兵卒の物ではないと分かるからだ。

 慌ただしく城門が開けられ迎えられた三人は、宇喜多直家と弟の宇喜多忠家、それに長船貞親だった。門番に馬を預け兜を脱ぐと、急いで駆けてきた小姓に本丸御殿まで案内される。


「八兄い、やはり何人かは、兵を連れて来た方が良かったんじゃないか?」


 毛利家の兵士は恭しい態度だったが、居心地が悪そうに忠家が言った。


「三村の残党狩りに、松山城の抑え、海賊の警戒。無駄に連れまわせる兵など居らん」


「でも、何かあったら、どうするんだ?」


「戦をしに来たわけではないのだぞ? 選択肢の中に合戦が含まれるのなら、わざわざ出向いたりはしないさ」


「そうは言っても……」


「十人居ても、役には立たたず、百人居れば、警戒されて、千人居れば、城にも入れず。忠家様なら、どの相手の話を聞こうと思いますかな?」


「ふむー、一番、強そうな相手かな?……、一番、良さそうな槍を持っている相手からだ」


「……腕試しの相手ではないのですよ」


 奥の襖が開いて口をつぐんだが、現れたのは小姓が一人だった。


「お待たせしました。宇喜多直家様、どうぞ、こちらへ」


 謁見の広間で待っていた直家は、黙ったまま立ち上がり小姓の後へ続く。


「待ってくれ、八兄い、一人で行く気なのか?」


 慌てて立ち上がろうとする忠家に、


「宇喜多直家様、お一人を案内するように、仰せつかりました」


 と、視線を合わせぬまま小姓が答えた。


「待っていろ。込み入った話になるかもしれん……」


 そう、付け加えたが、直家も少なからず疑問に思っていた。広間より奥は、他家の者が踏み入ってはならない寝所などの生活空間がある。面識の無い者が、そこへ案内される事など有り得ない。

 きゅっと臓物が引き締まる思いで、小姓の後をついて廊下を歩く。庭に面した部屋の前で止まり、到着を告げると、障子の向こうから若い男の声で返事が返ってくる。


「……入れ」


 部屋の中央に布団が敷かれ老人が眠っていた。その脇に、こちらを見ようともしないで、老人の顔に厳しい視線を向けている二十歳そこそこの若者。その向かい側で笑顔を向けて直家を歓迎してくれているのは、小早川隆景だった。


「宇喜多直家でございます」


 布団で眠っている老人が、毛利元就であると察しがついた。失礼にならぬように、部屋の入り口で、頭を下げた。

 それに小早川隆景は小さな手招きで答え、座ったまま身を引いて、枕元へ来るように促す。しかし、覗き込むほど側によっても何の反応も無く、死んでいるかのように生気のない枯れた顔をして眠っていた。老人の顔から目を逸らそうとした時、不意に老人の目が見開かれ、異様にぎらついた瞳が辺りを見渡す。側に居る者の顔を一人づづ。そして、動くのかさえ疑問に思える枯れ木の皮の切れ目のような唇から、意外なほど活舌の良い言葉が漏れた。


「輝元、家臣の言葉をよく聞き、よく考えよ。痒いからと言って自分の腕を切り落とすものはおるまい。己と相反する意見こそ、熟考し取り入れよ。隆景、海路を抑え、物と人の流れを支配し、毛利を支えよ。……元春も来たか」


 誰一人動きもせず、聞き入っていた。その言葉の切れ目の端々に、木が軋む音が微かに聞こえ始め、驚きに身を引いたが、それは遠くから近づいてくる廊下を大股で歩く足音だったと、分かる。


「父上! 吉川元春、尼子勝久を破り、帰参いたしました」


 小早川隆景の上座に座る直家に敵意を隠さない視線を向けたが、何も言わずに、向かい側の下手へと腰を下ろした。


「ご苦労だった。陸の戦では元春、海の戦では隆景に敵う者なし。これからもお主らが、毛利の両川として輝元を支えよ。三人が揃って立つからこそ、毛利家が強大な力を振るえるのだ。一人かけてしまえば、残る二人も、いずれは消える」


 毛利元就の視線が一回りして、直家で止まった。


「宇喜多殿。兵力、財力、人材、毛利家には全て揃っておる。だが、それらすべてが揃って居ても勝てぬのが謀だ。それを、我が三人の息子に、ご教授いただきたい」


「お言葉ですが父上。小賢しい策など、力弱き者の卑劣な考えに過ぎません、敵をねじ伏せる力があれば、必要ありませぬ」


 毛利元就が目玉だけを動かし吉川元春を睨んだが、少しも怯んだ様子を見せない。


「大内や尼子から何も学ばなんだか。戦えば傷つく。傷をいやす術を知らなければ、やがて遥かに力弱き相手にも負けるのだ。黙っておれ」


「失礼した、宇喜多殿。相談したき事は、将軍・足利義昭より届いた、この書状についてだ」


 毛利元就の代わりに輝元が差し出した書状を受け取った。


「それによれば、織田信長に京を追われ、石山本願寺に逃げ込んだとある。力なき将軍を助けに京へ派兵し、織田家と戦うべきか。将軍など見捨てて、西の守りを固めるべきか」


「助けに行くべきです。実権がなくとも、征夷大将軍の名があったからこそ、織田信長が京へ入れたのです。征夷大将軍を味方につけられれば、織田陣営の大名も決断を迫られるかと」


「しかし、遠征となれば兵に負担もかかる。尼子家の残党に、羽柴秀吉の軍勢、東播磨の豪族。それらを倒して、石山本願寺を攻める織田軍の背後から挟み撃ちに出来ればよいが、農民の集まりでしかない石山本願寺がそれまで持つまい」


「水軍を使えば阻まれる事なく進め、間に合わす事が出来ます。それに石山本願寺周辺では、川を抑えるのが何より重要です」


「水軍か……。なるほど、阿波の三好も織田に一泡吹かしたいか」


「先に周辺の安全を確保する必要もありますが、備中の三村家の動きに合わせて、瀬戸内の海賊が獲物を探し求めております」


「……忌々しい海賊どもめ。……隆景、自慢の水軍は何をしている、島ごと焼き払ってしまえ!」


 吉川元春が腰を浮かして声を張ったが、直家は静かに答えた。


「農民の一揆、漁民の海賊。どちらも根絶やしになど出来ません」


「……元春…………」


 毛利元就の目玉が動き、ため息のように名を呼ばれると、不機嫌そうに座りなおした。


「内陸を安定させれば、大人しく漁に励みます。備中を平定するために、三村家を討伐する。……その為に、松山城に入られた、毛利元清殿でございますが……」


 毛利元就が苛立ちを含んだ息を吐いて、直家の言葉を遮った。


「知らんな、そんな奴は。……どこの馬の骨か分らん奴が、毛利を名のるなどもってのほか。見つけ次第、斬り伏せてくれよう」


 淡々と並べられる言葉からは、毛利元清の存在を誤魔化していると受け取れもしたが、伝わってくる感情の怒りに燃えるような激しさは本物だった。


「……では、その様に」


 そう発言した後は、畳についた自分の指の爪を見ていた。

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