備中動乱 児島の戦い
東に羽柴の兵、西に毛利、二つの大兵力に挟まれるのは、何時切られるか分からぬ吊り橋の上にいるようなものだ。それなのに、北へ兵を進めるなど正気ではない。
兵を動かさない言い訳が立つような策を講じなければならなかった。
毛利家とは和睦したが、臥牛山にある松山城には三村元親が兵を集め籠城している。攻めるのは難しく手出しが出来なかったため、植木秀長が病で倒れたとの流言を流していたのだった。もとより高齢で、戦の後は療養を必要としていると陰口を叩かれていた。そこにこの噂、疑う理由もなく食いついたのだ。
「おっと、攻め込まれて、喜んでいる様子を見せる訳にはいかんな」
貞親の視線に気づいて、緩んだ頬を引き締め直した。
「御もっともで」
「佐井田城には、岡家利が救援に向かう手筈になってある。植木家の兵は、城から眺めてれば決着がつくさ」
「一度敗れた備中衆は、同じ過ちを犯しはしないでしょう。少数の守備兵を攻め、援軍とぶつかるのを避けられれば、野戦で倒すのは難しいのではないでしょうか?」
「それだけ兵を動かす余裕があればな。後ろが気になっては、目の前の敵でさえ見えはしない」
「それでは、既に?」
「三村元親が城を開ければ、庄高資が行動に移る。帰る城を脅かされれば、合戦どころではない」
「備中衆の結束が、それほど簡単に崩せるのでしょうか?」
「流言も出陣も、三村家をよく思わない庄氏一族の働きがあってこそだ。戦に敗れ、弱みを見せれば、三村元親より植木長秀に味方するのは当然だろう」
「……しかし、内通者の言葉を信用しすぎるのも、どうかと思いますが」
貞親は、寝がえりという行為自体を肯定したくないのだろうか、戦の前に張り巡らす策を否定したがっている様子だった。
「まぁ、そう言うな。十分に警戒はしているさ」
いぶかしむ貞親をなだめるも、庄氏一族の三村家への反感の根深さは植木長秀を見れば一目瞭然で、読み通りの行動に出るとかなりの自信を持っていた。後は、どれだけ三村元親に打撃を与えられるかだった。
策は上々と知らせを待っていた直家は、まさか、自分の背後を脅かされるとは思ってもみなかったのだ。
「大変です、直家様! 村上武吉が毛利家の本太城を占拠し、そのまま北に進んで、旭川の河口を封鎖する構えです」
「まさか、三村家の味方をするために? ……村上は三村の傘下にあったが、三村家の佐井田城攻めに合わせての行動としても、本太城を攻めるなど毛利家を敵に回す気なのか?」
どちらかというと毛利家側の三村家を反旗を翻すように追い込むための行動とも考えられた。
「豊前の大友家と裏で取引しているとの噂がありましたが、主君を選ばず攻めかかるとは……海賊め……」
貞親が海賊という言葉を吐き捨てた。
「金さえ積めばどちらにも転がる連中だが、このままには、しておけんな。戸川通安を海から、陸路は私が兵を率いる」
沿岸の村を襲い略奪を繰り返す海賊には誰もが腹に据えかねていたが、直家が思い浮かべていたのは、浦上宗景の「毛利は大きくなり過ぎた」という言葉だった。
豊前の大友・村上海賊・備中の三村・それに、尼子再興勢力。
大名家から海賊まで、毛利家を取り囲む武力を持つ勢力が次々と敵対している。毛利家と三村家が分断されるのは好都合であったが、反毛利連合と戦う事になるかもしれない。
そこに都合よく現れたのが織田家の勢力だ。
偶然か、それとも裏で糸を引いているのか。




