備中動乱 黒田職隆の策
「お待ちください、宇喜多殿」
浦上家の陣から出ると、待ち構えていたように呼び止めたのは小寺から黒田に改めた黒田家の元家長・黒田職隆であった。直家が初陣のおり、乙子城で出くわした以来であったが、少しも変わらぬ引き締まった体に鋭い眼光。息子に家督を譲っても、老け込んだ様子はない。隠居するとの噂話など、一目で吹き飛んでしまった。
「これは、黒田殿どうなさりましたか?」
「羽柴秀吉の要請を受けて、尼子再興軍を支援しに行かれるとか……」
芝居めいて声をひそめる。
「うむ、どうやらそうなるらしい」
「山名家から羽柴秀吉を引き離す口実にもなりますが……。いかがなものでしょうな」
毛利家を攻めるのは心苦しいが、羽柴秀吉を伯耆へ向かわせれば、戦わずして山名祐豊を助けることになると直家も考えてはいた。それを軽く見抜かれて、背中へ嫌な汗がつーっと垂れる心持を悟らせまいと、はぐらかすような疑問を返す。
「そう言うからには、何かあるのか?」
「羽柴秀吉は、毛利家との直接対決に向けて西へ進もうと考えております。しかし、西へ進めば進むほど、京にいる織田家の本隊との連絡に時間がかかる」
「遠征すれば、当然のことだな。誰でも分かりきっている事ではないのか?」
「まったくもって。そうなると、そろそろ腰を据えて軍を整えられる城が欲しくなる頃でしょう。そこで、私は、羽柴秀吉に姫路城へ入っていただこうと思っているのです」
「ほう、ここを羽柴秀吉の拠点に? それは、喜ばれるだろうな……」
虫に刺されたような痛みに顔をしかめた。正面切って敵対している勢力ではなくとも、大兵力を持つ大名が領地近くに城を構えるのは、歓迎できる話ではない。
「この姫路と京の間には、何がございますかな?」
「……もったいぶるな、何を企んでいる」
「三木の別所、摂津の池田、その他の豪族も征夷大将軍の勅命と言う事で、羽柴秀吉を通しはしたが、好き勝手に屋敷に上がり込み、兵糧や金を催促する横暴に、怒り心頭、誰も織田家の家臣となったつもりはございません。そこで、姫路城に足止めしている間に、私が東播磨の大名をまとめて、京との連絡を絶てば……後は、浦上家と宇喜多家で……」
良い策だ。羽柴秀吉を打ち倒せば、織田信長の西国侵攻の野望を挫ける。それに、肝心の合戦は人任せと言う事も、黒田家にとっては良い策だ。
「我らに、征夷大将軍に、弓を引けと言うのか?」
「羽柴秀吉の出兵、真に足利義昭様の意向でございましょうか?」
「そう言うからには、織田家が独断で出陣した証拠でもあるのか?」
「時機に、お見せできるかと思います……」
「…………京の本隊との連絡を、いつまで断てるか……、次第だな」
我ながら何とも歯切れの悪い返事であったが、不敵な笑みを浮かべて黒田職隆は去っていった。
ゆっくりと陣へ戻り、示された策の意味を考えると、部隊を編成するためとの理由で、宇喜多直家は浦上宗景の部隊から離れて備前へと戻った。
「どうなさるのです? 直家様」
軍の編成が終わり、新しい武器を揃えた兵士たちが整列し、出陣の準備があらかた整っても動こうとしない直家のもとに、長船貞親がやって来ていた。
「……そうだな、どうすべきか、か」
上の空のような返事をして、亀山城の練兵場を長椅子に腰を掛けて眺める直家の傍らには、何枚もの紙に描かれた岡山城――石山城を改築する計画の城、の見取り図が広げられていた。
毛利家と結んだ和睦が永劫の物ではない事は分かっている。だからこそ、備中と備前を治めるための城作りに取り掛かっている。しかし、和睦を反故にしてまで、月山富田城を攻めるのは筋が通らない。
だが、浦上宗景は尼子家の残党と共に月山富田城へ攻め込む。黒田職隆の策は、どれだけの成果を上げるか分からないが、少なくとも羽柴秀吉を姫路城へとどめておけるだろう。そうなると、伯耆では毛利家と浦上家が戦う事になる。その時どう動くか……。
「幕府と戦う事だけは避けたいものだが……」
遠くを見つめるように呟く直家のもとへ、伝令が走り込んできた。
「佐井田城に、三村元親が攻め込んできました!」
「よし!」
やっと届いた知らせに、宙を漂っていた視線が引き絞られると、弾みをつけて立ち上がった。




