備中縦断 待ち伏せ
本隊に合流すると、兵を急がせて進軍し始める。追手が来る前に、備中を抜けなければならなかった。
抜け道を駆使して人目を避けていたが、無駄に使える時間もないため、回り道して避ける事の出来ない関所が二つあった。
一つ目の関所では、三村の軍勢に潜入した時に手に入れた旗が役に立った。
先行させた少数の兵に三村家の家紋の入った旗を持たせ、三村家親の帰還を伝えると、守備兵たちは疑いもなく門を開いた。
しかし、既に知らせが届いていたのか、二つ目の関所は堅く門が閉じられていた。
直家はまず、兵を半分に分けて関所に攻めかかった。門を閉ざして守りに徹している関所は簡単に攻め落とせない。そこで、残りの兵を使って先に攻めていた部隊を後方から攻撃させた。関所を攻めていた部隊は後方へと転進し戦い始めるが、守備兵からすれば、味方の増援と挟み撃ちにする絶好の機会である。そして、門を開けて打って出ようとしたところに、全軍を突入させたのだった。
兵を蹴散らして、関所を抜け街道を南へ進む。道は次第に緩やかな下りが多くなり、山から海に面した平野部へと続いていく。
「ここまで来れば、もう少しだ」
「やっと、城に戻れますね」
「皆、走り通しだ。あそこに見える神社で休ませよう」
「神社とはいえ、まだここは備前と備中の境です。追手が来る可能性を考えれば、もう少し先へ進んで、旭川を渡ってしまった方がよろしいのでは?」
「ほんの半時ばかりだ。それくらいなら、平気だろう」
少しばかり強引に兵に休憩を取らせたのは、城に戻る前に三浦貞勝の首を弔ってもらいたかったのだ。美作の境を守った城主ならば、備前の境の神社に弔われるのも良いであろう。
だが、そのわずかな時間が事態を急変させることもある。
「直家様! 敵です! 備前へ向かう街道を封鎖しています」
「まさか! どこから来た兵だと言うんだ!」
三村家に属する備中に残っている兵は把握している。先回りされる筈がないとの油断が、さらに驚きを大きくさせていた。
「あれは、松田元輝の家臣、伊賀久隆の兵です!」
「なっ!……」
息が詰まるほどの驚きも、考えてみれば当然のことだ。妹を娶り義兄弟となったといっても、松田元輝の家臣である。その中でも戦にたけた彼がこれまで鳴りを潜めていた方が不思議だった。だがそれも、相手の油断を待つ策であったのかもしれない。
「全員騎乗!」
少しも怯んだ様子を見せずに、正面から突撃する構えを取ったが、馬に騎乗すれば布陣する伊賀久隆の兵は目の前まで迫っており、街道から両脇に広がった兵の数は、数倍は居るかに思える。
(今さら引き返しても、逃がさない策は用意しているだろう。そうなれば、包囲に兵を割いた分薄くなった中央を突破するのにかけるしかないが、問題は、そこにどんな罠が仕掛けられているかだ……。)
考えても取れる行動は他になかった。備前に入りさえすれば逃げ切れる。そのためには、いつ突撃するかだったが、直家が動くよりも早く敵軍が動いた。
しかし、街道に敷かれた布陣より走り出してきたのは、一騎だけであった。
「直家様! 久隆がお迎えに上がりました!」
隊列より離れ、ただ一人近づいてくる騎馬は、間違いなく伊賀久隆であった。
「直家様、このまま進まれては危険です。石山城の金光宗高は、三村家に寝返り、備前侵攻の準備をしております。このまま街道を進めば、必ずや金光の兵とかち合う事に」
「金光宗高が三村についただと?」
「はい、石山城付近の旭川の渡しはもちろん、そこから南の渡しを警戒しているとの事で、こちらから玉柏の渡しへご案内いたします」
備中との間に遮るものもない石山城では、守るには多大な兵を要する。三村家の侵攻にさらされれば、簡単に降伏するに違いなかった。しかし、それを知らせてきたのが伊賀久隆であると言う事が、警戒心を掻き立てさせる。言葉に出さなくとも静かに張り詰めた空気を察してか、遠藤俊通が話に割り込んだ。
「その話、誰から聞いた? いや、我らが備中に……、この街道を通ると、なぜ知っていた?」
「お疑いはごもっとも! 金光宗高については、以前より内通しているのではと噂されておりまして、密偵を放ってたところ、この度の三村家親の美作侵攻に合わせて備前を攻めるようにとの書状を持った使者を捕まえた次第でございます。高田城が攻められれば、必ずや直家様が救援を出さると思い、兵を準備していたのですが、松田元輝が防備のために街道を塞いで何者も通さぬとしましたので、これには何か裏があると思い、探索の範囲を広げておったのです。そこで、運よく直家様一行を見つけられましたので……」
筋は通っている。
「ふーん、なるほどな。……しかし、おぬしの主君は、松田元輝ではないのか? 今の話ようだと、おかしい気もするがな……」
「確かに、松田家の配下ではございますが、最近の松田元輝は、城主としての職務も顧みず、城内に作った道場で念仏を唱え、念仏を唱えぬものは厳罰に処す、念仏で領地を統治するなどと言い出す始末で……」
「それで、どうしようと……」
軽く手を上げて、遠藤俊通の話を遮った。
「いや、悪かった。疑った訳ではない」
「いえ、とんでもございません」
深々と頭を下げる伊賀久隆の姿を見ても、遠藤俊通はまだ不満顔をしていた。
「どーですかね。私は疑いたいですがね」
「私を捕らえるなら、ここで戦った方が手っ取り早いだろう。わざわざ、おびき寄せる必要もあるまい」




