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戦国異伝~悠久の将~  作者: 海土竜
天廻争乱
73/124

備中縦断 暗殺

 湿った土の臭いと床に使われている材木の乾いた粉が充満していた。吸い込まないように口を布で覆いながら灯りの漏れるほうへと進むと、大袈裟な高笑いをする男の声が聞こえてくる。それは近づくにつれて、口から水を吐き出そうとしてむせた蛙の鳴き声に聞こえてきた。


(酒樽を運んでも怪しまれぬくらい、酒宴の真っ盛りと言ったところか……)


 畳に耳を近づけて様子を窺っていると、支えの床板がきしみ始める。座席から部屋の中央に向かって、誰かが歩きだしたようだ。


「まったっく、こんな若造が城主などと、世も末じゃ。片腹痛いわ」


「欲をかいて、過分な物を手にするから、早死にするのだ」


「まさに、自業自得ですな」


 酒に酔った男たちの呂律の回り切らない声の合間に見下した笑いが聞こえてくる。それが誰に向けられてるのか考えるまでもなく、地面の土に力いっぱい爪を立てていた。


「短気は起こさないでくださいよ。……表の護衛も合わせると、十五、六は居ますよ」


「ああ、……分かっている」


 夜になって酔いつぶれた者たちが寝静まるまで待たねばならない。誰にも気づかれずに首を運び出して、船で対岸に戻る。そうでなければならない。


「城はたやすく落とせたが、山に逃げ込んだ家臣たちをどうやって狩り出すかだな」


「城主の首を吊るしておけば、出て来るであろう?」


「家臣にも見捨てられ、一人城に残ってるような頼りない城主の首では、酒樽に突っ込んで置く位しか役には立つまい」


「それは良い、折角だ、酒を飲ましてやろう。どうした、飲めぬか? こいつは下戸だったか?」


 激情に身を任せず、冷静に事を運ばなければならない。頭の中で何度も繰り返していたが、体中の力を抜けずに指先が震える。それでも、何とかこの場を離れようと這った体勢のまま後ろへ下がろうとしたが、隣にいたはずの遠藤俊通が短い鉄の筒を地面に刺して回っていた。

 

「俊通……、何をしている?」


「直家様、耐えるのも場合によりますよ。……やりましょうや」


 直家を諫めた言葉も忘れたかのように、遠藤俊通の目は静かに怒りの炎をともしていた。


「だが……」


「相手の数など、問題ではありませんよ。――一発で撃ち抜けば!」


 叫ぶと同時に床下から畳を跳ね上げ、火縄銃の引き金を引いた。至近距離で轟音が鳴り響き、悲鳴が上がった。至近距離では、一発目は撃てても、二発目を撃つまでに切り伏せられる。

 奇襲を手助けするために刀に手をかけ、駆け寄ろうとしたが、遠藤俊通は短い銃身の火縄銃の火縄を下ろす留め金を跳ね上げると、銃身を引き抜き、代わりに懐から出した鉄の筒に挿げ替える。

 銃の筒が差し代わり引き金が引かれると、火薬の炸裂音が上がった。

 予め火薬と弾を詰めた鉄の筒を用意し、銃身を挿げ替える事で、火縄銃の弱点である装填の時間を短縮して、次々と撃てるようにしていたのだ。


「直家様、今の内に!」


 畳の上に躍り出ると、中央に置かれた首桶に走り寄る。投げ掛けられた暴言にも、心静かに目をつぶって、堂々と威厳のある態度で聞き流していたような若い武者の首は、三浦貞勝の物に違いなかった。

 片手に刀を握ったまま首桶を抱えると、表の廊下に控えていた護衛を斬って、建物の外へ飛び出す。


「逃がすな! 斬れ!」


 背後で三村家親の叫び声が上がり、鞘から抜かれる刀の音がしたが、その瞬間、畳の下から銃弾が飛び出した。遠藤俊通が地面にさしていた替えの銃身に火が付いたのである。だが、それだけで床下にまだ兵が伏せられていると思わせるには十分だった。


「走ってください、直家様!」


 後ろを振り向く間もなく階段を駆け下り、さらに、散らばっていた兵が、何が起こったのかと集まってくる間を川岸へ向かって走り続けた。


「船に乗れ!」


 振り返って銃を構えている遠藤俊通に叫びながら、船を押して川へと漕ぎ出す。しかし、確かめるまでもなく、背後で事情を理解した兵士たちの声が上がっていた。

 逃れたとはいえ岸から矢を放たれれば、船の上では格好の的でる。船底に伏せて身を隠そうとした時、銃声が鳴った。後ろからではなく向かう対岸からだ。


「直家様、兄者の援軍です!」


 そう言うと、立ち上がって叫んだ。


「三村家親は、討ち取った! 貴様らは、国に帰れもせず、朽ち果てるのだ!」


「危ないぞ、俊通」


「ここまで来れば、三村兵の弾は届きませんよ!」


 川を渡る小舟の上で叫ぶ遠藤俊通を、対岸の兵士は茫然と見送っていた。



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