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戦国異伝~悠久の将~  作者: 海土竜
天廻争乱
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備中縦断 潜入

 朝になって遠藤兄弟の兄・遠藤秀清が戻ってくると、どの道を通るか検討し始めたが、偵察した結果、最も安全だと言われた道順に、非難の声を上げねばならなかった。


「何だと! それでは備中を端から端まで、縦断することになるじゃないか」


「ええ、ちょうど、三村家親の侵攻ルートを逆に進むことになりますね」


「通過する村の住人は、三村家親が合戦を始めていると知っているはずだ。いくらなんでも大胆過ぎる」


「だからこそ、ですよ。付近の住民は兵に駆り出され、残った者たちは、兵が行進していても不審には思いません」


「戦が始まっていると知っていれば、行進している兵がどこの兵か、見に来るような真似はしませんしね」


 遠藤兄弟は、交互に言葉を継いで話を進めた。


「それでも、砦や城には、残っている兵がいるだろう」


「そこは、うまく避けて通る道を選べば、問題ありません」


「万が一、見つかったところで、備中衆は攻める時は総力で攻めるので、門番くらいしか残ってないんですよね」


「しかし、これだけ距離があると、日数がかかるんじゃないか? 備前に戻っても、三村家親に三星城まで落とされてしまっては、元も子もない」


「日数は、戻るよりは早いんじゃないかと思いますよ。道は美作より通りやすく、馬だと急がなくても、ここから、この辺りまでは進めますし」


 地図の上に、するりと指を這わす。


「いっそ派手に通って、三村の兵を備中に呼び戻すってのはどうです?」


 楽観的な遠藤兄弟の見通しに歯噛みした。

 それが他に代え難い良い案であるかのように思えたが、問題は亀山城で出陣の準備を整えている長船貞親や忠家に連絡を取るのがさらに難しくなる。連絡がとれさえすれば、街道で待ち伏せている部隊を前後から挟み撃ちにして突破する事も出来るが、備中の奥に入ってしまえば単独で切り抜けねばならない。しかし、この場で立ち止まっているわけにはいかなかった。



「いやー、直家様も、大胆な事を考えますね」


 鉄笠を深く下ろして顔を隠していても、皮肉めいた笑みを浮かべる遠藤俊通の顔が目に浮かんだ。


「名を呼ぶな。それより、足軽の中で鉄砲は目だつんじゃないか?」


「俺たちのように阿波や堺から来た者は、鉄砲を持っている者も珍しくはないですよ。まぁ、俺のはちょいとばかし、違いますけどね……へへへ」


「あまり、無駄口はたたくなよ。ただでさえ……」


 向けられて視線に気づいて口をつぐんだが、周囲にいる足軽の隊長らしき男が直家を呼び止めた。


「おい、お前ら見ない顔だな、何処の者だ?」


「へぇ、後方の部隊の者ですが、ちょっと様子を見に来たんですよ」


「ふんっ。気楽なもんだな、と言っても、俺たちも命令もないまま、ここで足止めだからな……」


「なんで、こんなところで足止めされてるんですかね?」


「そりゃ、あれだ……、こっちに向かっていた敵の部隊が急に消えちまったとかで……いや、違ったかな? 松田元輝の兵が待ち構えててだな……」


「ほー、そーなんですかい。それじゃ、三星城へは?」


「まだ、どの部隊も向かっちゃいねーよ。やる事もなく足止めされたままじゃ、いくさって気分も抜けちまって、みんな気が緩んじまってる。早いとこ、家親様が進軍を決めてくれりゃいいんだが」


「そーですね、家親様は何をやってるんだか……」


「後方の部隊の方が、興善寺の辺りの事は、よく分かってるだろう?」


「分からんのは同じですよ。俺たちでは、参道の階段すら登れませんって」


「そうだろうな。……いつになったら、軍議が終わるのやら」


 腕を組んで不機嫌そうな隊長に頭を下げて、隊に戻ると別れを告げると、今度は呼び止められないように人目を避けて歩き出した。呼び止められて肝を冷やしたが、おかげで十分な情報が手に入った。


「やけに兵の数が多いと思ったら、進軍してなかったんですね……。数は居てもこれだけ気が緩んでいちゃ警戒もあったもんじゃありませんよね。神出鬼没、怒涛の進軍が役に立ったのかと……」


「お前こそ、気を緩めるなよ。家親が興善寺にいるのなら……」


「分かってますって、下手を打とうもんなら、対岸の兄者に撃たれかねませんし」


 直家は北へ進路を取るついでに、高田城へ忍び込み三浦貞勝の亡骸を奪い返そうとしていたのだった。

 城の周辺は両岸とも警戒が厳しく、船で渡れる状態ではなかったので、少し下流に下った辺りで川を渡り、足軽に変装して三村家の兵に紛れ込んだ。対岸に遠藤秀清を残して、脱出の手はずを整えると、高田城へと向かうだけだったが、三村家親が興善寺に入っているのなら、そこで首実検をしているかもしれない。


「寺の下までは行けても、本堂まで行くのは難しいですよ」


 楽観的な遠藤俊通でさえ否定的な返事をするくらい、誰にも見つからずに寺へ続く細い石畳の階段を上るのは難しかった。


「こっそり登れぬなら、堂々と上るだけだ」


「えっ……、強行突破するんですか?」


 足軽用の鉄笠をはずし直家が向かったのは、興善寺付近に貼られていた陣幕の一つ。三村家親のための上等な酒や食料が運び込まれて、一般の兵士たちの目が届かないように陣幕で仕切られていた場所であった。


「おい、ここは立ち入り禁止だぞ」


 幕をめくると直ぐに見張りの兵士に怒鳴られたが、逆に兵士を睨み返した。


「家親様が、酒を運べとの御達示だ。それと、それを持っていくぞ」


「はい、失礼いたしました」


 堂々とした態度と風格は、食料の見張り番が四の五の聞ける相手ではない。酒樽を肩に担ぎ寺へ向かうと、遠藤俊通が慌てて自分の分の酒樽を担いで後に従った。

 登り口には見張りが居たが、担いでいる荷物を見ると目的を問われる事もなく無言で見送られ、長く細い階段を上りきると、調理場のある方へ行く振りをして本堂の脇から裏手へと続く小道に入り、縁の下へともぐりこんだ。

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