備中縦断
闇の中をじっと見つめていると、規則正しい間隔で葉を揺らして何かが走り抜けた。
少しづつ位置を変えるように蛇行しながら近づいてくる。静かに息を殺して、それが茂みの隙間から飛び出してくるのを待ち受けて、刀の柄に手をかけた。
目の前の葉の茂った枝が揺れた瞬間、鞘から抜き放った刀を振り下ろす。
手応えはあった。
その奇怪な手応えに、切り捨てたはずの影を見返すと、そこには天高く立ち上る黒い炎が吹きあがっていた。
慌てて跳び退ろうとして、気づくと、柱にもたれ掛かったまま座っていた。
「夢か……」
額に手を当てると、その手の内に残る夢の感触がよみがえる。飛び出した黒い影を斬った感触は、油のようにドロッと流れまとわりつくような、泥のようにざらつくような、手の内側をざわつくように這い伝わり、刀を投げ出しそうになるほど不快だった。
(気を張っていたが、いつの間にか眠っていたか……)
気を落ち着けるように、そっと縁側に出て庭の植え込みを眺めると、少し肌寒さを感じる。深夜もとうに過ぎ、夜明け前の闇の濃くなる時間だった。
張り詰めたような静けさが遠くの物音を運んでくる。方向からして、昨晩くぐった正門の外辺りからだったが、供回りの者の姿も見当たらない。部屋から離れるのには少しためらったが、何かが起きているなら少しでも早く知っていたほうが良いと思い、足音を立てずに廊下を歩いて本堂側へと移動すると、内容が聞き分けられる程度に声が聞こえてきた。
「あっちだ、あっちへ行ったぞ」
「違う、そこから、右手だ」
「こっちか、何奴!」
押し殺した声は、神社の若い小坊主たちの者であろう。互いに合図しながら、何かを探している様子だった。追手を手引きしている可能性もあると、息をひそめて聞き耳を立てていたが、突然、大きな声が上がった。
「おおう、何しやがる!」
「捕まえたぞ!」
「ふん縛れ! こいつ変わった槍を持っているぞ!」
「止めやがれ、小僧ども、鉄砲に触るな!」
その声に聞き覚えがあった。廊下を回って門へ向かうと、思った通り、遠藤俊通・遠藤兄弟の弟だ。
「直家様!」
遠藤俊通に組み付いていた小坊主の声は悲鳴に近かった。直家の姿を見るや、直ぐに足元に膝をつく。
「直家様、何とかしてください……」
しがみつかれて、助けを求めている遠藤俊通の声に耳も貸さず、小坊主たちは我先に直家に報告しようとする。
「侵入しようとした刺客を捕らえました!」
「お騒がせして申し訳ありません。縛っておきますので、吟味は明日朝にでも……」
「こんな時間に、苦労をかけたな」
「いえ! 交代で起きて見回りをしていた甲斐がありました」
「それはありがたい。だがそれは、家の家臣の者だから、放してやってくれないか」
「はい!」
礼を言われて満足そうに顔を赤らめながら、遠藤俊通を直家の前に通す。俊通の方は、不満そうに小坊主から鉄砲を奪い返すと、のしのしと歩いてくる。
「まったく躾のなっていない、小坊主どもだ」
「見事、刺客を捕らえてくれたじゃないか」
「それは、ひどい……。それより、南の街道に居る松田兵は、街道で待ち構えている者の他に、山の茂みの中に身を潜めている連中もいて、かなりの数です。突破するのは、至難の業ですよ。しかし、あれだけ兵を配置していれば、動かすのは一苦労で、こっちを追っては来ないでしょう」
「なるほど、しかし、突破できないとなると戻るしかないか」
「そこなんですが、三村家の兵は、高田城から三星城を攻めようと動いているそうで、美作を東へ進むと鉢合わせしかねない。南へ進めば松田家の兵がいる。ならば、北から西に大きく回って、備中から備前に戻るのはどうでしょうか?」
「しかし、三村家の領地をそこまで堂々と通るのは……」
「かえって、その方が警戒も薄いもんです。俺たち兄弟は、備中の道にも詳しいですし、今も兄者が警戒の手薄な道を調べに行ってますんで、明るくなる頃には、報告できると思いますよ」
美作に戻るよりは安全に思えたが、敵地のど真ん中を突っ切るとなると、不安を覚えずにいられなかった。




