三つの婚礼 2
伊賀久隆と宇喜多直家の妹の婚礼は、地理的に両家の中間地点、龍ノ口城の麓にある税所元常が建てた川床の屋敷で執り行われることになった。
亀山城を出た婚礼の行列は、街道を繋げてしまうのかというほど長く。護衛の兵士を一列に並べれば、実際、それくらいは居たであろう。豪華な飾りを手に、街道の脇にひれ伏して見送る住民たちに、餅や銭を配りながらゆっくりと進んでいた。
「やはり、人数が多すぎたんじゃないか?」
「いや、これくらいは居たほうが……、いざという時のために、俺の騎兵も連れてきたかったんだが……」
隣に馬を並べた忠家は、精鋭の騎兵隊を置いてくるように言われたのが、まだ不満そうであった。
「屋敷の外で、待機させられる兵たちの身にもなって見ろ。騎兵だと木陰で休めもしないんだから」
「俺の兵は、そんな軟弱な鍛え方はしていないぞ?」
「ただでさえ、岡家利の率いる兵が、龍ノ口城へ詰めているんだ。これ以上、兵を集めてどうする」
「うーん、そうか? ……そうか、屋敷の中だと、どこに配置するかだが……」
何やら納得がいったのか、いかないのか、分からないように頷いていたが、思い立ったように顔を上げた。
「そうだ、八兄い、本当に鎖帷子は着なくていいのか?」
「お前、またそんな物着ているのか……。俺まで、宴席で、そんな物着てたら、宇喜多家の良からぬ噂が広まってしまうだろう……」
「そうか? これは良い物だよ。背中から斬られても平気だし、正面から襲ってくる刀の刃ってのは、こう腕を絡めると……」
何かよく分からぬ動作で腕を回し始めたが、目の前に想像した相手と忠家が何をやっているのか知りたくもなかった。
「そもそも、お前しか着てないからな」
「うむ、貞親先生にも勧めたんだが、居合斬りの邪魔になるから、いらんと言われたしな」
「そうだろう……? 居合斬り?」
「うん? 床に座って、刀抜くやつだよ。出発前に居合斬り用の刀を選ぶのに、えらく悩んでいたよ。一太刀目で跳ね上げた膳を斬り、返す刀で薙ぎ払うってね。屋内で立ち回る短めの太刀も用意して、そりゃ、大荷物になっていたしな」
長船貞親まで、心配してくれているのは分かるが、いったい何を心配しているのやら。妹の結婚式が無事終わる事を願うばかりであった。
税所元常は豪勢な川遊びに興じていたようで、あちこちに大金を使って立てさせた建物は、地方領主の持ち物とは思えないほど立派な造りであり、大きな門の前に、先に付いた兵士から隊列を組んで並び始めていた。
重厚な門は守りを固めるためではなく、威厳を示すためだけに造られたように、柱や細部の彫刻は立派でも、大き過ぎる屋根飾りは、押せば簡単に崩れ落ちそうで、合戦では役に立ちそうもない。
門から続く塀が川まで延び、その先が船着き場となっていたが、白い布で豪華に飾り付けた屋形船が一艘と、他に船が数艘泊まっているのが入り口からでもわかった。
後ろからゆっくりついてくる輿を眺めつつ、先に門をくぐると、端正な顔立ちの堂々とした若い武士に出迎えられた。
「直家兄上様。ご壮健の事、お喜び申し上げます。忠家兄上様。お初にお目にかかります。若輩にて至らぬ身ではありますが、今後ともご指導お願いいたします」
(……兄上? 何者だ?)
そう考えたのは忠家も同じらしく、近づいてくると周囲に聞こえぬよう小声で耳打ちして来た。
「……これが伊賀久隆なのか? 聞いていたのと随分違うぞ?」
忠家の疑問はもっともであったが、直家の方が驚いていた。
戦場で会った時の伊賀久隆は、泥にまみれ四つ足で地面の上を走る獣のような姿で、そもそも、死体が動き出したのかとさえ思ったのだ。相手の年齢でさえ碌に判別できていなかった事を思い出していた。
「……どうも、そうらしい」
しかし、伊賀久隆の本来の姿に納得がいかないのは、長船貞親であったらしい。
気合を入れて辺りを見回していた貞親は、目の前で挨拶する伊賀久隆を取り合いもせず、伊賀久隆を探し回っていた。
目の前の若者が伊賀久隆であると、何とか納得させた後も、それが油断させるための策略であると言わんばかりに、座敷で自分の両横に刀を並べて、いつでも抜ける準備をしていた。
(居合斬り用は、どの刀だろう? ……あの刀は、内側から使うのか?)
などと考えずにはいられなかったが、皆それぞれ別の意味でも、良い緊張感を保ったまま式は執り行われていた。
おかげで、直家の結婚式のように酒を飲み過ぎて大騒ぎするような者もおらず、格式の高い結婚式となった。
短い酒宴の後、屋形船に乗って対岸へと渡る妹を見送ると、晴れの舞台を飾れた喜びが段々と込み上げて、目頭が熱くなっていた。




