策
――中山信正が討ち死にした。
その知らせを直家が知ったのは、激戦を制し街道を取り戻して、亀山城へ戻った後であった。
「直家様、父が……、父上が……」
「……大丈夫です。この城は落とさせはしません」
そう答えるのが精いっぱいだった。
泣きながら胸に縋りつかれても、合戦を終えて帰って来たばかりの恰好では、父を失った彼女に触れるのをはばかられた。
「……申し訳ございません」
人目もはばからず抱き着いて来たのを恥じたかのように袖で顔を隠す。
「心配なさらずとも、私がおりますので……」
「本当ですか? 私のそばにいてくれるのですか?」
「ええ、もちろん」
合戦で肉親を失ったのは何も彼女だけではないし、似た境遇に同情しただけでもない、中山信正の死は今後の備前の在り方に何よりも大きな意味を持つ。
塗り替わるであろう勢力図を考えると、肩に添えていた手に思わず力が入った。
「あぁ、すいません……」
「……いえ」
「今日はもう、部屋に入って休まれた方がよろしいでしょう」
「はい、わかりました、直家様」
中山信正の娘を見送りながらも、考えるのは合戦の事。
今すぐにでも攻めねばならない。
しかし、どこから……。
四方を敵に囲まれて一歩も動けない王のような絶望的な気分で屋敷の前に立ち尽くしていたが、岡家利の普段と変わらぬ呼びかけに、現実に引き戻された。
「直家様、風呂の支度が出来ておりますよ」
「ん? 風呂か、そうだな……。いや、今はゆっくりしている場合ではない」
「そうですね。早すぎるのも問題はあるでしょうが、今は出来るだけ早い方がよろしいかと。しかし、直家様も隅に置けませんな」
「えっ、何の話だ?」
「ですから、喪中の問題もありますが、今の時勢では出来るだけ早めに発表して、城主のあるべき姿を示すべきかと」
城主としての姿? 攻める城を知らしめるのか? そうではない、かたき討ちのための……? ではなくて、中山信正の娘に代わって仇を討つという……。違うな、仇を討つのだが、それは龍ノ口城を落としてからで……。
「無論お分かりでしょうが、婚礼の話ですよ?」
「婚礼? 誰の?……」
「直家様と、中山信正殿のご息女とですよ」
「いつ、そんな事が決まったのだ!」
「今しがた、ご自分で言ってたじゃないですか。自覚もなく、「側にいます」何て言ったのですか? いやはや、何と嘆かわしい。しかし、もう後には引けませんよ?ご息女に何と言うつもりですか?……」
「いや、そんな事をしている場合では……」
だが考えてみれば、中山信正の娘と結婚し亀山城に本拠地を構えれば、備前だけでなく、備中・美作・播磨の周辺国を相手にした場合でも、守るにも攻めるにも大きな利がある。
街道と川と要害の地、どれか一つでも十分すぎる地の利と言えた。
しかし、それも尼子家の侵攻を阻めれば、という条件付きではある。
そして、どの敵と戦うにしても、亀山城を起点として攻撃せねばならなかった。
「まずは、目の前の敵を倒さねば……」
直家の歯切れの悪い言葉に、岡家利はずるそうな笑いを浮かべた。
「ご安心ください。龍ノ口城ならば、もうじき片が付きます」
「本当か?」
「はい、合戦は忠家殿にお任せして、直家様は風呂に入られよ」
「えっ、それはどういう……」
直家の思惑とは違う、岡利家の策が済し崩しに進められていたのだった。




