怪僧・本願寺顕如
天下人たるもの毎日薪を割っている訳にも行かず町に出て来てみたたものの、これは一体どういうことか。
東西南北、どこを見渡しても逢坂城の天守が見えないだと?
そんな事があってたまるか、俺はどんな田舎まで来てしまったのだ?
さては、奈良か!
山と樹海しかない奈良なら仕方がないが、生憎山もない。
町ではあるのだが、見たことあるような無いような?……。
「秀頼様ー! お待ちください」
千絵か、あの馬鹿、大声で人の名を呼ぶな徳川の兵に見つかったらどうする気だ!
「何の用だ? あまり大声を出すな」
「すいません、最近はお武家様を狙って刀を奪おうとするやからも居ますので、私もついて行きます」
「刀くらい関ケ原にいくらでも落ちているだろう? まぁ、俺のヨシミツは落ちてはいないがな!」
「関ケ原? ですか?」
関ケ原も知らんのか、三成の奴も浮かばれんな。
あいつがもっとしっかりしていれば、今頃城で安泰であったのに、逢坂城まで徳川に攻められたのも、大体は三成が悪い。天下分け目の戦いとか、総大将とか無理があったんだよな。
「まぁいい、それより近くに城はないのか? 適当な大名がいれば、当分の軍資金を用意させれるからな」
「城ですか? このまま町外れまで行けば見えてきますが……」
「そうか、天下は急げだ! 早速乗り込むぞ!」
「お待ちください、秀頼様ー!」
と、町外れの城まで来ては見たものの、
「これが城か? 信繁の作った砦でも、もうちょっとマシであったぞ?」
「はぁはぁ、待って下さい、秀頼様……」
「しかも、中にいる奴等はどこから寄せ集めた浪人衆だ? どれだけ金をケチれば、あそこまで酷い格好の連中が集まるんだ?」
見張りについている兵士も見すぼらしい着物を着ていたが、刀を差している者はまだましな方、鎌や鍬を担いでいる者までいる始末。
「ここは、一向一揆衆の城なのです」
「一向一揆だと? まだ絶滅していなかったのか!」
「誰が絶滅しただと!」
秀頼の声に気づいた一揆衆が門より駈け出してくる。手に持つ武器は不揃いであったが、逃がさぬように取り囲む動作は訓練されたかのように揃っていた。
「何処の武士か知らんが、身ぐるみはがさせてもらおうか」
「ほぅ、この天下人、豊臣秀頼に逆らおうというのか?」
「豊臣? 三好家の武士か?」
「豊臣家に決まっているだろう!」
こいつら人の話も聞けんのか。
今どき一向一揆に加わろうなど、絶滅危惧種保護活動のつもりかって奴らだから仕方あるまいか。
「まぁよい、貴様らにはもったいないが、名刀ヨシミツの切れ味試してみるか?」
抜き放った刀身に触れた風が薄く削がれて行くかのように、冷気がほとばしる!
たぶん気のせいだが。
しかし、名刀ヨシミツに気を取られている隙に、後ろから六三四が後頭部を……。
どこだ六三四?
まさか、まだ家で薪を割っているのか!
肝心な時に役に立たんとはっ!
おのれ、たかが一揆衆相手に、天下人が窮地に立たされるなど、あり得ん!
「よし、千絵やってしまえ、遠慮はいらんぞ?」
「えっ? 私がですか!」
ダメか! 千絵ではダメなのか!
千姫だったら、千本のファンネル、いや、かんざしが「下がれ下郎」の一言でかたずけるものを!
千絵でも行けるかもしれない、ダメもとでやって見るんだ!
「どうしたのですか?……騒々しい」
騒ぎを聞きつけ、城の奥から周りの物より頭一つ高い異様な人影が出て来る。
まさか、ボスか!
いや、あれは…………頭巾だ!
頭一つ高い訳ではない、頭巾の分頭が一つ分高いのだ!
何だあの頭は。
一体何が詰まっているのだ!
「何だ、あれはっ!」
「あのお方が、一向一揆衆を束ねる本願寺顕如様です」
坊主なのか!
それでは、僅かにあった、あの形の髪型が収まっているという可能性まで否定されてしまうではないか!
これはただ者ではない……。
幾たびも死線を潜り抜けた秀頼の直感が、手足の先から凍り付くような、流れ出る生気を止められぬような感覚で警告する!
それは、階段がもう一段あると思って踏み出したが、無かった時の感じだ!
「どこぞの武士かは知らんが、農民たちの生活のために死んでもらおうか!」
「お許しください、秀頼様はとても良い方なのです」
「天下人たるこの俺を知らんとは、即刻打ち首にしてくれよう!」
「お許しくださいって、……やる気満々だぞ?」
「秀頼様、ここは穏便に」
「問題ない、農民がいくら徒党を組んで武装したところで、第六天魔王織田信長に皆殺しにされたではないか!」
「織田だと! 確かに強敵ではあるが、我ら一揆衆の力は……」
「いや、無駄だな。何度、石山本願寺ごと丸焼きにされてしまえば気が済むのだ!」
「まさか、寺に火をかけると?……。いや、織田ならやりかねん」
「農民では武士には勝てん!」
「うぬぬ……、それでも、それでも、引く訳にはいかないのだ!」
「国を支える農民たちを犬死させるつもりか?」
「ならば、お主なら何ができるというのだ!」
「知れた事よ、国家安康、君臣豊楽のために、一揆衆の兵を俺に預けろ! 俺ならば、農民を全て武士にしてやれるぞ!」
「大局を見据えた広い視野に、卓越した先見の明……こやつ、ただ者ではない」
「天下人に不可能など無いのだ」
遂に秀頼は手足となる兵を手に入れた。
農民を屈強な精鋭に鍛え上げ、天下統一の戦に乗り出す!
「俺たちの戦いはこれからだ!」