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戦国異伝~悠久の将~  作者: 海土竜
天廻争乱
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奇襲

 敷き詰められた盾の壁と花房正幸の長弓の威力によって、戦は小康状態を保っていたが、強くなった雨が兜や盾に跳ね返って、矢でも降って来たかのような音を立てている。

 兵士たちは音がする度に慌てて周囲を見渡し、何もない事に安堵するが、雨に打たれて奪われる体温と共に神経をすり減らしていた。


「八兄い、これ以上は持たないぞ。このままでは雨が上がっても、体が強張って満足に戦えまい」


 じっと耐えるのにしびれを切らした忠家は陣の中を歩き回ったり、槍を振って体を温めたりしていたが、ついには直家の所へ出陣の催促に来ていた。

 しかし、当の直家は空を見上げるばかりで気の抜けた返事をしていた。


「……今は、待つが肝心。……戦の用兵とは、動かぬ時は根を張ったかのように耐え忍び、動かす時には堰を切った川の流れのように動くのだ。……だが、……この雨、吉凶どちらと出るか……」


「きっきょう? そう言えば、貞親先生が居ないんだけど、どこに行ったんだ?」


 首を伸ばしてあたりを見回しながら言った。

 忠家は長船貞親を武芸の師と仰いで、暇があれば槍や剣の稽古をつけてもらっていたのだが、いくら待つのにしびれを切らしたとて、合戦さなかに手合わせしてもらおうというわけでもあるまい。


「うむ、乙子城へと戻した。……そろそろ知らせが来ても良い頃だが」


 雨が強くなり足音も聞こえなくなり始めてから随分たつ。

 忠家をいさめはしたが、直家も自分が、兵を動かさず耐えているのか、動かせずに居るのか分からなくなっていた。

 今なら背後から忍び寄っても気づかれない雨音も風に流され、段々と弱まっていくかに見える。

 雨が上がれば、再び戦の火ぶたが切られるのも時間の問題だった。

 疲労と緊張で宇喜多家の兵が静まり返っていた時、対峙する浮田家の兵の間から鬨の声が上がり、遠目でも分かるほど、布陣を崩して兵士たちが動き始めた。


「八兄い、奴らが来るぞ! 迎え撃つぞ!」


「待て、まだ出るな! よく見てみろ!」


 浮田の兵士たちの動きは、進軍するというよりは慌てて道を開けるかのように街道の左右へと移動している。鬨の声もよく聞いてみれば、不揃いにざわついているだけのようだった。


「混乱しているのか?……やや、あれは、長船貞親先生!」


 僅か数十の騎馬兵が、五千の兵に道を開けさせて、急ぐでもなく馬を進めて堂々と街道を進んでくる。

 先頭に馬を進める長船貞親の姿に味方の兵士たちも驚き戸惑っていたが、左右に続く騎馬が冨川正利と三浦貞勝であったことには直家も驚きを隠せなかった。


「浮田国定は、長船貞親が討ち取った!」


 長船貞親は槍の穂先にかけられた首を掲げて、勝鬨を上げた。槍を向けられると、浮田の兵は慌てて後ずさって、街道から転がり落ちる。


「砥石城は落ちた、兵士は投降しろ!」


 直家も大声を上げて彼らを出迎え、兵士たちに声を張り上げて繰り返させる。

 城主が討たれてしまえば、兵士たちに戦う理由もない。相手が憎い仇や悪辣な支配者であるならともかく、乙子城で領民と農耕に、励み苦楽を共にしている宇喜多直家の話は、近隣の土地へも伝わっている。砥石城に集められた兵士たちが旗を捨てるのに時間はかからなかった。


「直家様、浮田国定の首、ご覧ください!」


 陣の前まで来た長船貞親が槍を高く掲げた。


「よく大役を果たしてくれた。貞親、礼を言うぞ。貞勝殿まで、危険な役回りを……」


「とんでもございません。役目をいただいて、礼を言うのは私の方です」


 膝をついて頭を下げる三浦貞勝に後ろめたいような気持ちで、置き所のない視線を長船貞親に向けると、敵将の首を討ち取った猛将がばつが悪そうに頭を掻いていた。


「すいません、城に戻るように言ったのですが……」


「何かい? 八兄い、貞親先生に、砥石城へ奇襲をかけさせていたのか? 正利や貞勝まで、使って山の獣道を通っていったのか? ……俺も、行かせてくれれば、良かったのに」


 納得いかないかのような忠家の言葉に、


「直家様、この度は、私と貞勝の道案内があったからこそです! 手柄の報告もせずに、城へ戻れなどあんまりですよ」


 少年のはきはきした声が継がれた。


「確かに、正利の言う通りではあるのですが」


「貞親先生、甘やかしてはいけません。正利たちが普段から山で遊びまわっていたのが、たまたま役に立っただけですよ」


「そうか? 雨のおかげもあったが、容易く本丸に入り込めたのは……」


「俺なら、正面からでも入ってやりますよ!」


「正面からでは、奇襲にならぬだろう」


「お前の格好は目立つからな。嫌でも目を引くが、……その代わり陣をうろついていれば、遠目では武将を動かし奇襲を企んでいるようには見えぬから、ちょうど良かったんだ」


「……そんな理由なのかよ」


 忠家は本当に残念そうに肩を落としていた。

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